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星の少女ーLast Night:3ー

「真喜屋君?」


 埜亜につられるようにして後ろを振り向いた苗間と目が合う。

 当然といえば当然だがその表情には驚きがあり、彼女のそういう顔を見るのは初めてなような気がした。


 しかし、今はそれについて気にしている時ではない。


「どうしてここに?」

 転げ落ちないように気を付けながら土手を下ると目線が苗間と合う。

 そう尋ねてきた声には驚きと、ほんの少しの不満がこめられていたような気がする。

「埜亜に会いに来ました」

 だが、その目から逃げるようなことはしない。

 そもそもここに来てしまった以上今更何かをごまかすようなことをする必要もない。


「・・・何のために?」

「会いたかったからです」

 それが僕に言える唯一のこと。

 まるでごねる子供のようだが事実なので仕方がない。


「どういうことかわかってるのかな?」

 怒りや心配も通り過ぎて呆れたというような苗間に僕はただ頷きだけを返すとその横を通り過ぎる。


「ちょっと!」

 声をかけられるがそれには振り向かずそのまま埜亜の前に立つ。


 流れる星を背に、榛名埜亜は僕を見つめていた。


「・・・」

 目と目が合う。

 こうして直接会うのはいつかの苗間の部屋以来。

 そしてこうして夜に会うのはあの日の公園以来。


 しかし変わることなく夜風に揺れる金の髪は明るく輝き、星の少女はいつものままだった。


「えっと・・・久しぶり」

「・・・」

 とりあえずそう声をかけてみたもの埜亜は何も答えることなくじっと僕を見つめたままだ。


「星、綺麗だね」

「何をしに来たの?」

 少しその沈黙が嫌になり何か話題はないかと切り出した僕の言葉を無視して埜亜はそう問いかけてきた。

 そこには困惑というよりも――明確な怒りの感情があった。


 無論その理由はわかる。

 あの日もう関わるなと別れを告げたはずなのに。

 彼女からすればせっかく僕の身を案じていたその本人がわざわざ危険なところにやってきたというのではたまらないだろう。


 しかし、それでもここで退くことはできない。


「僕が何とかするよ」

 僕がここに来た理由。

 それしか言えないがそれだけははっきりと伝えた。

 それはともすれば何とも無責任極まりない言葉ではあり大いに怒りを買っても仕方がないと思っていたが、埜亜はただ静かに何かを考えているようだった。


「私を助けるということ?」

「違う、助けたいってことだよ」

「・・・よくわからない」

「僕がそうしたいってだけなんだよ」

少し困惑したような様子の埜亜にしかし僕もうまく説明することはできない。


 それが何だか少しもどかしいような気もしたが、今はこうして埜亜と向き合うことしかできない。


 ふっ――、と視界の端に流れ星が見えた。

 それは否応なしにあの日のことを思い出させる。


 あの夜の公園のこと。

 とてつもないことが起きたらしいが、その中で僕は埜亜を救えたと思っていた。

 しかし、本当にそうだったのだろうか。

 あれが僕の力によるものだったとしたら。

 あれはただ僕が僕の為に生き延びただけのことだったのではないか。


 今までの人生において()()()()()ということを意識したことはなんてない。

 それは当たり前にあるものだとしか思っていなかった。


 そこに僕の力がどれほど影響しているかなんてことも今更わかりはしない。

 だがどうやら僕の力は生き残るための力のようであり、ひょっとするとこれまでの人生の中で知らぬうちに命の危険からも逃れてきたのかもしれない。


 それが罪だとは思わない。

 しかし、向き合わなければいけないことだと思う。


 何も考えることなく自分を守り続けてきたというのならば。

 真喜屋葦人はここで何かの為に自らの命を賭けるということに向き合わなければならないのだ。


 空を流れる星が1つ、2つと見える。


「僕の力が埜亜を助けることができるなら、そうしたいだけなんだ」

「葦人も死んでしまうかもしれないよ」

「うん、そうかもね」

 覚悟は決めていたつもりだが、そうはっきりと言われるとやはり”それ”を意識してしまう。

 しかしそれを悟られるのは何だか恥ずかしく、なるべく平静を装ってそう頷く。


「葦人は良い人だね」

 そんな僕の心を知ってか知らずか、――埜亜は微笑んだ。

 それは呆れている風でも、仕方ないなという風でもない、素直な笑顔だった。


「よろしく頼むよ」

 夜風に髪をなびかせながら僕と向き合いながら埜亜はそう言ってきた。


「大丈夫。私は【いつか世界を滅ぼすもの】なんだから。きっと君は正しいよ」

「え?」

 それは一体どういう意味なのだろうかと僕が考えようとしていると、埜亜はその手を僕へと差し伸べてきた。

 一緒に踊りませんか、とでも言うかのようにその姿にはどこか優雅さもあった。

 なんてことはない仕草ではあるが、彼女が僕へとそうしてくれたことにどういう意味があるかはよくわかる。


「こんな私を助けようとしてくれるのだから、葦人のその気持ちはきっと正しいものなんだよ」


 その言葉に――救われた気がした。

 

 心のどこかでは気づいていた。

 これは僕がただ、僕の力でも何かをできるのだと確かめたいだけの独りよがりの正義なのだと。

 それでも、彼女がそう言って僕を信じてくれたことで真喜屋葦人は救われた。

 

 もう立ち止まる理由なんてものは全てなくなった。

 差し出された手を握り返す。

 

 あの日、あの公園でそうしたように2人で空を見上げる。


 光の粒が無数に煌めいている。

 1つ1つは小さく見えるのに暗い空をこれだけ照らしているその存在感に一瞬目が奪われる。


 そんなことをふと考えているとその中の小さな光が1つひと際輝くのが見えた。 

 流れては消えていく他の光とは異なり、それは消えることなく少しずつ、少しずつ大きく見えてくる。

 それはかつても一度見た光景。

 

 どくん、と心臓が一度大きく脈を打つ。

 思わず握る手に少し力が入るが、(かえ)って離れることがなくていい。


 僕たちはお互いに何も言うことなく空を見上げ続ける。


 星が墜ちてきた――

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