星の少女ーLast Night:2ー
「・・・」
夜の空に目を向ける。
星が一つ、また一つと空を流れては消えていく。
現象としてみればそれは宇宙空間を漂う小さな天体が地球に向かい落ち、そして燃え尽きているだけのこと。
名もなき塵が一つ消えてなくなっているだけのことだが、何故それに目が奪われるのだろうか。
光るものに意識が向いているだけという本能的な理由ではないのではないか。
人の心の奥底にある、名もない感情が宙に描かれる現象に心を奪われているのではないのだろうか。
「綺麗だね」
そんなことをぼんやりと考えていると背後から声がかけられた。
「栞里」
一歩、自分に近づいてくるその足を声で諫める。
「栞里はもう帰った方がいい」
「・・・何でかな?」
「栞里がここにいる必要はない」
「そんなことはないと思うけど」
「・・・多分、来ると思う」
「そう」
――つぅ、と空にまた一つ星が流れる。
振り返ることもせずに背後に向かってしゃべり続ける自分に声はあくまでも優しい声で答える。
それはよく知っている彼女の声であった。
ひょっとしたら覚悟や決意なんてものは最初から彼女にはなかったのかもしれない、とその声を聞いてふと思った。
これまで一緒にいたから、いつも通りに一緒にいるよ、とそんなことをこの人なら言ってきそうだと、そんなことを思ってしまった。
だからこそ
「栞里を死なせたくはない」
はっきりとそう言わなければならない。
彼女の心は既に決まっているとわかっていながらもそれを否定するようにそう言わなければならない。
それは自分が死ぬことよりも――嫌なことだったから。
「私は埜亜を一人では死なせたくないよ」
それでも
彼女は静かにそう返してきた。
空にまた一つ星が流れる。
それがとても哀しくて
「栞里!」
振り返らないと決めていたのに、思わず彼女の方を見てしまった。
「え・・・」
思わず声が漏れる。
それはそこに立つ彼女は相変わらずの笑顔であったため、――ではない。
その微笑みはいつもの彼女のものであり、何となくそんな顔をしているのだろうとわかってはいた。
だからそれに驚いたわけではない。
思わず声が漏れたのは。
彼女の後ろ、河原へと下る土手の上に見えたから。
あの日も木々に囲まれた道の中、こんな風に少し遠くに立っていた。
あの日もこんな風に星空の下にいた。
流れる星を背にしながら、力も使えないあの少年がそこに立っていた。
*
空に細い光の筋が現れては消えていく。
予報通り、流星群がやってきたのだろう。
これまでであれば意識することもなかった空の現象。
今日はこうしてそれに目を奪われてはいるものの、それは決して綺麗だから、などといった感情ではない。
しかしかといって恐怖とも違う、名状しがたい感情で僕はそれを見ていた。
小さく古びた街灯が一つ、夜の公園を照らしていた。
あの日、埜亜と出会った公園のベンチに僕は一人座っていた。
ここに来ればあの少女に会えると思っていた。
というよりも思いつくところと言えばここかあの研究所しかない。
ほんの少し、根拠もないものに望みを託しながら一人ここに来てみたがそこには誰もいなかった。
苗間に連絡はできなかった。
仮に電話がつながったとしても今どこにいるかなどは聞けないと思った。
しかしここにいても仕方がない。
今からだが研究所に行こうか、と座りながら思考を巡らせていると、
「何をしている」
声が背後、僕の頭上から落ちてきた。
正直なところ驚かなかったわけではないが、しかしどこかで現れるような気もしていた。
まるでこの男のことを待っていたような気もしてなんだか少し嫌な気持ちになってしまったが、
「よかったよ、お前に会えて」
今は素直にそう返す。
恐らくこの男ならば知っていると思ったからだ。
「何をしている」
「埜亜に会いに行きたい」
「何の為に」
「理由がいるか?」
「貴様に榛名埜亜の力を止められるとは思えん」
低く静かに告げるその声に込められたものが怒りなのか呆れた感情なのかはわからないが、しかし今は関係がない。
「止められるかは関係ない。僕は僕にできることをやるだけだ」
それが僕が出すことができたただ一つの結論。
そこに意味や成果があるかなんてことはわからない。
ただ、やれることがまだあるのなら、それをやらなければならない。
「――だ」
「え?」
なのでその予想外の言葉に思わず振り返ってしまった。
ベンチの裏には申し訳程度に公園に緑をもたらすための木が植えられていた。
そしてその陰に溶けるように黒い男がそこに立っていた。
「そこに榛名埜亜がいる」
呆けた僕に向けて男はそう言った。
やはり先ほど短く告げられたのはやはり埜亜の居場所だったのだ。
それはここからもそう遠くない河原の名前だった。
しかしそのことよりも僕はこの男が予想外にあっさりとそれを口にしたことに驚いてしまったのだ。
「できることなどありはしないだろうが、見極めてやろう」
男はじっと僕を見つめたままそう告げた。
それは別に僕に何かを託しているわけでもなく、ただその言葉の通りに僕の何かを見極めようとしているようであった。
「なあ、何でお前は埜亜を殺そうとするんだ」
だから、それは純粋な疑問だった。
埜亜の力が危険なものであり、それによって多くの人の命が危険に晒されているとして、何故この男が埜亜を殺さなければならないのか。
この男の目的だけは聞いておかなければならないと思ったのだ。
「それが正しさだ」
そんな僕の思いを知ってか知らずか、実に短く男はそう答えた。
この男らしいともいえる簡潔さであり、思わず笑ってしまいそうになる。
「そうか」
それを聞いて僕は立ち上がった。
「それじゃあ僕は僕の正しさを試させてもらうよ」
この男がそうするように僕は僕の正しさの為に動いてやろう。
歩き出す僕に男はもう何も言ってくることはなかった。




