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特殊能力―無力―

 どこか遠くで何かが割れたような、そんな破裂音が聞こえた気がした。


 ちらりと窓の外に目をやるがいつも通りの緑が広がるだけで特に何も見えない。

 気のせいだったのだろうと視線をデスクに戻す。

 あれこれとデータの記された書類が積み重なっていて気が滅入る。


 書類に目を通すことが嫌なのではない。

 こんなものはもう何度も読み返した。


 どこかに何か見落としがないかとそう思っていたがこの紙の山はただ機械的に事実を羅列しているだけである。

 流石は世界的な研究施設によるものというべきか、その内容には反論するような余地はなく、そしてそのデータの正確性が読み取れてしまう自分自身が嫌になる。


「・・・」


 ソファーで眠っている少女に目を移す。

 朝日に輝く金の髪が寝息に合わせて静かに上下をしている。

 昨日も夜遅くまで星を見ていたのだろうその寝顔を見るとつい笑みが浮かんでしまう。

 こうしていると――いや、こうしていなくても至って普通の少女だ。


 どんな力を持っていたとしてもそれは間違いない、


 結局これまで自分はこの少女に何ができたのだろう。

 そしてこれから何ができるのだろう。


 こんなことを言うと少女は強く否定してくるだろうから黙っているが一人のときにはそんなことを考えてしまう。


 データが示す結果について、少女は受け入れているのだろうし、自分もそのつもりだ。

 だからこそ、あの少年と話をしたいと思った。


 約束の時間にはまだかなりある。

 少し仕事を進めようとコーヒーに口をつけた。



  *



「それが・・・僕の力だっていうのか?」

「仮説だ。だがいずれにしろ死に直面した際にその身は生き延びた。それは貴様自身が知っていることだろう」


 僕の絞り出すような問いに男はそう答えた


 その言葉には思い当たることがありすぎる。

 銃で撃たれたこと、首や頭を絞められたこと、

 そしてあの日――墜ちてきた星から生き延びたことも全ては僕の力によるものだというのか。


「こうして私が貴様に話をしたことの意味がわかるか」

「・・・」

「あの日、地上に星が墜ちたことを観測した。そしてそこから榛名埜亜が生存したこと、その傍に貴様がいたということもすぐにわかった。それ以降、貴様も監視対象となったのだ」

 じっと僕を見下ろすD4.

「当初は貴様が榛名埜亜に対し何らかの対策となるかとも思っていたが、現実は違ったようだな」

 その目には何も感情なんてない。

「それはただ生存に特化した力。これから何が起こるとしても貴様にできることなどない。故に私の邪魔をするな」

 それは注意や警告というよりも命令であった。

 またしても、もう関わるなと、そんなことを言われてしまった。


 情けないような、泣きたくなるような気持ちが湧いてくるが今はそんなことを気にしてはいられない。

「なんで埜亜が死ななきゃいけないんだ」

 邪魔をするなと言われても、この男が埜亜を殺すというのならそれを見過ごすことはできない。


「あの力が制御できていない以上多くの人間が危険に晒される。これは榛名埜亜の命とその他の命の天秤の話だ。それを見極めるため私はあれを監視していた」

 「そのために埜亜が死ねばいいってことか!?」

 「あれが世界に危険をもたらすというのならばその前に消す。それだけだ」

 男は一方的にそう告げるとその言葉の意味を理解しようと呆然と立ち尽くしている僕の隣をゆっくりと通り過ぎた。


「待て!」

 慌てて振り返る。

 しかし既にそこには男の姿はなかった。

 ただ背の高いフェンスとコンクリートの道がどこまでも続いているだけだ。


「まだあれの処分命令は下っていない。だがそう遠い未来の話ではなかろう」

 どこへと消えたのか、姿の見えない男の声が背後から聞こえてくる。

 今はまだ、しかしいつか必ずその時は来ると、声はそう告げた。


空間転移(テレポート)とも異なるその力、生存圏(シェルター)とでも呼称しておけ。その力を意図して使うことはないだろうが識別の名称は必要だろう」

 「何だって?」

 その言葉には何の意図があったのだろう。

 しかし男はそれ以上何も言うことはなく、その気配も感じることはできなかった。

 消えたのか、それとも今もどこかから僕を見ているのか、それはわからないがもう姿を見せることはないだろうということはわかった。


「・・・」

 途端に周囲は沈黙に包まれる。

 僕はフェンスに背中を預けるとそのままずるずると地面に座り込む。

 こんな姿、誰かに見られたら声でもかけられそうだが幸いにも周辺には人の気配はない。


 ぼんやりと空を眺める。

 座ってしまうと身体に力が入らない。

 緊張からの解放のため、というのもあるのだろうが、ただただ力が抜けていくようだ。


 男に会って、僕の力について話を聞こうと思っていた。

 それは僕自身が自分のことを知りたいと思っていたというのもあるが、心のどこかではそこに何か糸口があるのではないかという淡い希望があったのだ。


 あの日、あの公園で僕たちは生き延びた。

 それが僕の力によるものであるのならば、僕にはできることがあるのではないかと思っていた。


 榛名埜亜を救う力が僕の中に眠っていると――そう思っていたのだ。


「あぁ」

 溜息でも哀愁でもない、よくわからない声が漏れてしまう。

 しかしそんな力はなかったのだ。


 いつかの苗間との会話を思い出す。

 僕の中にもきっとあると言ってくれた力。

 何てことはない、僕という箱の中に入っていたものは僕一人のためだけのものだったのだ。


 埜亜の力がどんなに危険なものであろうとも、埜亜にどんな脅威が迫っていようとも、

 僕の力では誰かを守ることなんてできないらしい。


 空を見上げる。

 天気予報の通り雲一つない嫌になるほどの青空が広がっている。

 せっかくなら雨粒でも落ちて来てくれれば格好がつくのかもしれないが、それも望めない。

 

 結局僕の思った通りには事は運びはしないのだ。

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