特殊能力―解析―
D4と自らを名乗った男はそれ以上は何も言わなかった。
僕の言葉を待っているわけでもない。
ただ、伝えるべきことは伝えたというだけなのだろう。
僕はと言えば、何を言えばいいのだろう。
監視者という意味不明の単語はこの男の肩書か何かか。
D4とはどう考えても本名ではない。
しかしそんなことよりもこの男は――
「埜亜を・・・殺す?」
自ら口にすることでそれが現実味を帯びたようでひどく嫌な気分になった。
「必要とあればそうするだけだ」
そんな僕の感情など気にもせず、当たり前のことであるかのようにD4はそう返してきた。
「何でなんだよ。あの子が何で!」
その言葉にカッと頭に血が上りそう叫んでしまった。
男の言葉が嘘とは考えられなかった。
頭が冷静な状態ではないのは確かだが、今の僕にそんなことを言う必要がない。
何よりこの男がそういうのであれば本当にそうしてしまうのだろう、という強い意志のようなものがあった。
「あれは危険な存在だ。いつの日にか世界を滅ぼすものである」
しかしD4は僕の問いに明確な答えなど返しはしない。
禅問答のような無意味なやり取りに僕の中にあった恐怖や疑問、怒りのようなものは段々と冷めてきた。
その代わりに、何か冷たい感情が湧きあがってきた。
それが敵意というものなのかはわからないが、今はそれに従うことにした。
「・・・そんなことさせるかよ」
一歩男に近づく。
脅しになるような威圧感など僕にはないだろうが、そうせざるを得なかった。
こいつが埜亜を殺そうとしているというのなら、僕はそれを止めなければならない。
「そうか」
視線が交差する。
D4もまた一歩僕に近づく。
2人の距離は少しづつ近くなりもう互いに手が届く距離となった。
過去の襲撃の際の記憶が蘇るが後ろに引こうとは思わない。
僕にできることなど、はっきりいってありはしないがこのままこいつを見逃していいわけがない。
「それで、貴様に何ができると」
じっと僕を見下ろすD4。
その目には僕はどう映っているのだろうか。
己の道を阻む障害なのか、それともそんな価値もない小さな存在なのだろうか。
「止めてやる。お前は僕を殺せないんだろ?」
それは精いっぱいの挑発であったが嘘ではない。
過去に2度この男に襲撃をされた。
頭や首を絞められた痛みはあったが怪我をすることはなかった。
そして一度は弾丸ですら僕は傷一つ付かなかった。
その理由はわからないが、この男自身が僕を傷つけることはできない、と言っていたのを覚えている。
それが事実であれば僕の存在は何らかの抑止力になるのではないかと考えていた。
「なるほど」
そんな僕の思惑に男は何かを察したように
「貴様の力で榛名埜亜を殺さんとする私を打倒するというわけか」
馬鹿にしている風でもないが淡々とそう言われると少し気まずい思いがする。
「ああ、そうしてやるよ」
それでもここは虚勢を張るしかない。
こんなことでこの男が逃げるとは思えないが、それでもこれが僕にできる唯一のことだ。
「仕方がない」
「え?」
そんな僕の言葉を受けて、D4は静かにそう返した。
それがどういう意味なのか、などということを考えていると
「理解させるしかあるまい」
その手にはいつの間にか黒い鉄の塊が握られていた。
それはいつかの日にも僕に向けられた凶器である。
「っ!」
驚くことも悲鳴を上げる間もなく、
凶弾が僕を貫く――
――その瞬間は訪れなかった。
「・・・」
どこか間の抜けた空気が流れるのはまるであの日と同じだった。
まっすぐに僕に向けられたままの銃口からは確かに弾丸が打ち出されたはずだ。
しかし、今回もまたそれは僕を貫くことなくどこかへと消えていった。
「わかったか?」
困惑する僕にD4は静かにそう尋ねてきた。
今、自身の身に何が起きたのか、そう問われているのだろうがしかし僕にはやはり何が起きたのかなどわからなかった。
僕は身動き一つとっていないというのにまるで弾丸が逸れたか、消えたとしか思えない。
「弾丸は確かに貴様に向かって放たれた。いや、正確には貴様に命中した」
そんな僕の考えを否定するように全てを見ていた男はそう語り始めた。
「しかし弾丸は貴様には当たらなかった――貴様が消えたからだ」
「僕が、消えた・・・?」
男の言葉に僕はますます困惑してしまう。
消えた。
それは一体どういう意味なのだろう。
僕が空間転移者だとでもいうのならそれはとんだ勘違いだ。
僕の力がそんなものではないことは既にわかっている。
では今目の前で事の一部始終を見ていたはずのこの男の見間違いなのだろうか。
それもあり得ないと思った。
この男は間違いなく、ある程度の確信をもって僕の力を理解している。
となればやはりこいつの言う通り僕は空間を飛び越え弾丸を避けたというのだろうか。
自分でも意識することなく過去に何度もその力を使ってきたと、そういうのだろうか。
「単純な空間転移ではない」
僕の思考はまたしても男の一言で否定された。
「どういうことだよ、はっきり言えよ」
疑問と、自身のことを知りたいという欲求が高まりそう聞いてしまった。
しかしD4はそんな僕の興奮などどうでもいいかのように淡々と言葉を続ける。
「弾丸が当たる前に消えたのではない、当たった後に消えたのでもない。当たった瞬間、いや、“弾丸が当たったこと”によって貴様の体は消えたのだ」
「は・・・」
その言葉の意味は僕にはよくわからなかった。
しかし僕の理解などD4には関係がない。
「以前もそうだった。貴様の頭、首を絞め潰そうとした時、銃撃をした時、その瞬間に貴様の体は消えた」
過去に3度、この男から逃れたことを思い出す。
あと少しで殺されるとそう思った瞬間に僕は何故かその手から逃れ、こうして生き延びることが出来たのだ。
それが、一体――
「奇妙な力だ。自身に迫る“死の危険”に対し、肉体が自動的に空間を飛び越え、その危機を逃れる、そうした力であると私は仮説した」
それが、この石の男D4が僕に対して出した結論だった。
「わかるか。確かに私には貴様は殺せぬかもしれない。しかし、貴様は”逃げるもの”であり貴様の存在など私の行動の阻害にはなりはしないのだ」
蔑むわけでもなく、憐れむわけでもなく、ただ事実として男はそう告げた。
心臓が締め付けられるような痛みがあった。
“死”から逃れる
それが真喜屋葦人に与えられた力だというのなら、僕の身の安全は常に保障されている。
傷つくこともなく、危険な目に合うこともない。
つまり――僕には自身の死を顧みずに何かと戦うことなどできはしない、
そう言われたような気がして僕は何も言えなくなった。




