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特殊能力―仮説―

 世界を照らしていた夕焼けのスポットライトは少しずつ薄くなり代わりに夜の帳が下りる。

 青い空が朱くなり雲たちが舞台を降りた後には砂粒のように小さな光が現れる。

 こうして今日も繰り返される空の転換を窓越しに眺める。


「どうかしたかい?」

 ぼんやりとそんな空を眺める少女に女は声をかける。

 なんでもないよ、と少女は返す。


「ただ今日は星が綺麗に見える気がしたんだ」

 まだ一番星も見えない空に目を向けて少女はそう言った。

 朱い夕陽に照らされてその金の髪は一層に眩しく見える。


「見に行くかい?」

 女はコーヒーを一口飲むと少女の背中にそう尋ねる。

 しかし少女は振り返ることもせず首を横に振った。

 その背中には悲しさといったものはない。

 きっと少女はそういったことを全て受け入れているのだろう。

 ただ少し、ほんの少しだけ夕日に溶ける寂しさのようなものが見えた。


   彼は元気にしているかな?


 そう話題を振ってみようかとも思ったが、それはきっと少女に余計な感情を抱かせてしまう気がしたのでやめておいた。

 先ほどより少しうす暗くなった空に小さな星が一つ輝いて見えた。



   *



 パンッと乾いた音が響く。

 癇癪玉か風船が割れたような音。

 こんな住宅街で拳銃など大騒ぎになるだろうと思っていたがその音は日常の生活音に掻き消えるようなごく目立たないものだった。

 思ったよりもそれは小さな音だったがひょっとするとそういう加工でもされていたのだろうか、などと身動きもできずにそんなどうでもいいことを考えていた。


 拳銃で撃たれた、と頭が理解したのは銃声から数秒遅れてのことだった。


 そしてさらに遅れてさっと血の気が引き、激痛が――

 僕の体に走ることはなかった。


「えっ・・・」

 尻もちをついたまま体を見回す。

 まだ敵は目の前にいるというのに何とも呑気な行動だったが本能的にそうしてしまった。


 しかし体のどこにも負傷した様子はない。

 制服にも穴は開いていないし血も流れていない。


 一体何が、と思っていると僕のすぐ脇の地面に小さな穴が開いているのが目に入った。

 それが地面の破損などではなく弾丸によるものだということは直ぐに理解できた。


(外した・・・のか?)

 この状況、身動きもできず座り込む僕という的に対して当てることもできない程に腕が悪い、なんて間抜けな落ちはないだろう。

 となれば今のは威嚇なのか。

 しかし抵抗する敵に対しての威嚇射撃というならわかるが、元より僕には威嚇されて委縮するほど反抗する力などない。


「やはり、当たらぬか」

 そんな僕の混乱を他所に男は静かにそう言った。

 それは、僕を撃つ意志はあったが最初からそれはできないとわかっていた、という口ぶりだった。


「何で・・・」

「自分の身に何が起こったかは分かっていないようだな」

 まるで医者が熱を測るためだけに体温計を使うように、試したいことは終わったとばかりに男は懐に拳銃をしまう。

 その無機質な殺意は片付けられたが男の視線は常に僕に向けられ、その威圧感に晒されたままだ。


「なるほど、仮説ではあるが奇妙な力だ。脅威にはなりえぬが」

「力?何のことだよ一体」

 僕の力、などと言われたが何のことかわからない。

 しかし一人で納得しているような男の態度には段々と恐怖よりも文句を言ってやりたい気持ちが湧いてきて、それは立ち上がるための力に変換された。

 掴みかかって取っ組み合いとはできないが大声でもあげてやろうかとしていたところ、近づいてきた男に胸倉をぐっと掴まれ反撃の機会は早々に失われてしまった。


「この程度は可能か。しかしこれが限界だな」

 しかしその手も今度は直ぐに離された。


 少し突き飛ばされるように解放されるが今度は倒れなかった。

 男を正面にとらえる。

 こうして正面から対峙するのは初めてだが、やはり男は見上げる程大きく風貌からしてもその辺の一般人ではない。

 だいたい一般人が拳銃など持っていないだろうしそれを気安く他人に向けたりはしないだろう。


「お前、何なんだよ」

 一目散に逃げようとも思ったが、ようやく襲撃者を目の前にすることができ、不思議と心には闘争心のようなものが湧いてきた。

 じっと睨んでいるつもりだが男はまるで意に介さないように僕と目を合わせる。

 暗い瞳には悪意や狂気、敵意といったものはない。

 ただ対象を逃さず監視しようとする鋭さだけがあった。

 その視線に目をそらしそうになるが何とか踏みとどまる。


「貴様の問いには答える必要がない」

 さんざん人を襲い、あれこれ訳の分からないことを聞いてきておきながらこちらの問いには答えないという。

 確かにここで律義に自己紹介をされても困るがその態度には益々腹が立ってきた。


「僕の力が何だっていうんだ」

 先ほども投げた問い。

 この男は僕の力について何かを知っているような口ぶりだった。

 弾丸が当たらなかったこともまるで僕の力によるもののような言い方であった。

 

 しかし、それはあり得ない。

 発射された弾丸を逸らすだの、それを避けるだの、そんな力は僕にはありはしない。


「貴様自身が知らぬのならばそういうことなのだろう。仮説の域を出んが、しかし知ったところで意味のないことだ」

 回答にならないことを言われるがそれは嘘やごまかしといったものではなく、ただ淡々と自身の理解したことを述べているだけのようでもあった。

 そうしてそれだけを告げると男はくるりと身を翻し、そのまま歩き始めた。


「っ、待てよ!」

 その背中に向かい叫ぶ。

 まるでこちらの用事は終わったので帰るというかのようなその態度には肩の力が抜けてしまいそうになった。


「追ってくるなら好きにしろ。いずれにせよ今の私では貴様を負傷させることもできん」

 振り返りもせずに男はそう告げた。

 聞きようによってはまるで敗北宣言のようでもあったがそれを誇れるような気にはなれない。

 僕に怪我を負わせることはできないと、そうは言っているがそれでも僕が男に勝つことはできない、それは本能で理解できた。


 追いかけることもできず、ゆっくりと男が夜の闇に溶けていくのを見届ける。

 その時初めて辺りが既に夕暮れから夜になっていることに気が付く。


 男が去っていった方角の空に、小さな星が一つ輝いていた。

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