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夕日と殺意

「・・・」


 少年は店から出たのを気配で悟る。

 追いかけてきたわけではない。

 女は人ごみに紛れ歩きながら、後ろを振り向くこともせずに背後の少年の動きがわかっていた。


「けど哀れね」

 それは周囲で話す人の声や街の音に掻き消えるような小さな小さな声。

 女自身にとっても誰に向けたわけでもないただの独白であった。


「逃すまいと外堀が埋められているように貴方は出会ってしまう。貴方にも逃げるつもりなんてないでしょうに。今回の件に私はもう関わらないけれど、貴方はきっと最後を見届けることになるわ」

 悲しむでもなく、心配するでもなく、呟く女には感情はない。

 小さな声が風に溶けて消える頃、女の姿も雑踏に紛れ込みもう見えなくなっていた。


   *


 結局本屋には数十分しかおらず外の様子は大して変わるわけもなくまだ人通りは多かった。

 クレープらしきものを食べ歩いている女子グループや何かのゲームについて大声でしゃべっている子供たち、買い物帰りの主婦などが溢れていた。

 その隙間を縫うように僕は少し早足に歩く。


 恐怖でも、不安でもない、何とも気味の悪い感情がありこの場を離れたかったのだ。

 それはもちろん先ほどの女性に由来するものだ。


 あれは何者だったのだろうか。


 突然現れ何事かを告げられた。

 正直なところおかしな奴に絡まれたと思ってしまってもよかったのだろうが、そうは割り切れなかった。

 忠告のようでもあり、予言のようでもあった言葉はそれほどに僕の心に印象を残していた。


(望む、望むまいと・・・)


 その言葉が気になった。

 僕のことを知っているような口ぶりであることもさることながら、何となくあの女性の言っていることが僕自身にもわかるようなに気がしたのだ。

 ここ数週間で起きたことは僕にとってはあまりにも印象的な出来事であったが、そういうことが起こるように僕が動いたことと言えば精々2度目に研究所に行ったということぐらいだ。

 あとは何というか流れに乗るままに自然とそうなっていたような気がする。


 それを運命などと言うのかもしれないがあまりそういう考え方は好きではなかった。

 しかしあの女性の言葉を借りるなら、僕はそうした運命に巻き込まれているということなのだろうか。

 

 もし本当にそんなものがあり、その大きな力に僕が巻き込まれているとでもいうのなら最早の意志など無力である。


 そんなことを考えているうちにあの公園のところまで着いていた。


 夕日の差す公園は何だがノスタルジックで寂しげがある。

 さらにここはまだ例の一件で壊れたものが残っており、警察の現場検証なども続いているのだろうか、「補修中」という看板と共に公園内には入れないように仕切りが張られている。


 あの日埜亜に出会ったことも、全てが大きな流れの中の出来事だったとしたらそれはロマンチックな出来事なのだろうか。

 誰かに操られているようでただ虚しいだけなのではないか。


 ぼんやりと公園を眺める。

 夕日は少しずつ沈んでいく。

 空にはうっすらと月が見えていてもしかしたらもう少しこのままでいれば星が見えてくるのかな、などと空を見上げていると


「ここで何をしている」

 背後から低く重い声が落ちてきた。

 それは、忘れることもできない威圧感。


「!」

 反射的に振り返る。

 しかし、というかやはりというかそこには誰もいない。

 ただ夕日に照らされたコンクリートの塀があるだけだ。


「やはり、何か知っているな」

「っ!何なんだ!」

 また背後から聞こえてくる声に思わず大声をあげてしまう。

 連続で起こる意味不明の出来事に何だがむしゃくしゃとした怒りが湧いてきた。

 それと同時にあの女性の言葉を思い出す。


   望む望まいと、それは向こうからやってくる


「僕に・・・っ!」

 何の用なんだ、と言おうと思ったところその声が遮られる。

 首を背後から絞められ声が出せない。


「確かめさせてもらう」

「っ・・・」

 男は静かに告げる。

 あの日とは違う、明確に殺意を込めた行為。

 正体も目的も分からない相手から向けられる殺意に先ほどまであった困惑や怒りといった感情もなくなり代わりに恐怖が湧いてくる。

 あの時僕の頭を絞め付けた力が今度は首に向けられている。

 このまま訪れるであろう結末は容易に想像ができ、僕はバタバタと手足を振り回したり、首を掴む手を引き剥がそうとするが、やはり男の力からは逃れることが出来ない。


「・・・」

 背後に立つ男は最早何も語らない。

 ただ黙したまま首にかける手に少しずつ力を込めていくだけだ。

 それはまさに何かを実験している機械のような冷たさがあり、ひょっとしたらこいつには僕への殺意なんてものはないのかもしれない。


「くっ・・・」

 締め付けられた気道は呼吸を許さず、酸素を失った僕の頭がその意識の明かりを消していく。

 意識を失うのが先か、首が折られるのが先か、どこか冷めた頭でそんなことを考えていると


 ふっ、と首を掴む男の力が抜け、僕は地面に倒れてしまう。

「はっ!」

 はぁはぁと開いた気道は酸素を求めて荒々しく呼吸を再開する。

 解放されたことよりも酸素の確保に行動は優先され逃げるために立ち上がることもできない。


「なるほど」

 頭上からかけられる声は何か知りたいことを知ったという程度で驚きや困惑といったものは感情などない。

 幾たび振り返ろうと相手の姿は捉えられない、そうわかってはいても本能的に声の方に振り向く。

 しかし意外なことに


「わかりかけてきた」


 少し離れた先、

 夕日に照らされた道の真ん中に、男は悠然と立っていた。


 黒いコートに包まれたその姿は想像していた通りの巨漢であった。

 眉間に皺を寄せたその顔は怒りや嘆きといった表情もなく、ただ深く何かを考えているような物々しさがある。

 表情のない顔、服の先からも硬さがわかるような手。

 それらが合わさり石像か何かのような印象が男には会った。


「貴様の力、僅かながら見えた」

「僕の・・・力?」

 男は一歩僕に近づく。

 僕はまだ立ち上がれない。

 下から見上げる男は離れていても大きく見えるので間近で見ればかなりの長身だろう、などと余計なことを考えてしまう。


「試させてもらう」

 男はそう言うと懐に手を伸ばし何かを取り出した。

 黒く、硬さを感じさせるなそれは

 所謂拳銃だと僕の眼には見えた。


「え?」

 その先端が僕に向けられる。

 丸い穴が開いている。

 漫画やドラマではよく見たことがあったが意外とその穴は小さかった。


「手を挙げろ」だの「もう諦めろ」だとか言ったそんなセリフもない。

 まるで子供が水鉄砲で悪戯をするような、そんな気軽さで男は無機質な殺意を僕に向けると感情のない顔を動かくこともなくその引き金を引いた。

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