星の少女ーFallー
埜亜の告白に部屋には沈黙が流れる。
しかし僕は実のところ言葉を失うほどの衝撃を受けたというわけではなかった。
埜亜の言葉はそれだけ聞けば常識的に理解できるものではなかっただろう、それでも僕の頭はどこか冷静だった。
「あれはやっぱり星だったんだね」
「・・・気づいていたの?」
自分で言っていてなんだかおかしくて少し笑ってしまう。
そんな僕の反応が意外だったのか埜亜は驚いた様子である。
「何となく、だけどね。あの日は流れ星も多かったし、星が落ちてきたのかなってのはあの時から思ってたんだ」
まるで論理性の欠片もない考えであり、普通はこんなことを考えている方がおかしい。
しかし、あの時から僕は心のどこかではそう感じていたのだ。
だから今、埜亜の告白も僕はすんなりと受け入れることが出来た。
ただし、
「けど、君が呼んだっていうのは・・・」
その意味だけは分からなかった。
それはどういうことなのだろうか。
「・・・」
僕の言葉に埜亜は答えない。
ただ目を伏せて黙るだけだ。
また沈黙が流れそうになったとき
「それについては私から話してもいいかな?」
いつの間に空いていたのか、ドアのところに苗間が立っていた。
*
苗間の淹れてくれた紅茶に口をつける。
紅茶の種類などまるで知らないが香りがよくおいしかった。
こうしてお菓子と共に机を囲んでいると優雅な時間を過ごしているようでもある。
「真喜屋君は埜亜が【特殊能力者】ってことは知ってるかな」
シュークリームをかじりながら世間話のように切り出してくる苗間に僕は首肯で返す。
「まあ単刀直入に言うとだね、埜亜の【力】は“星を落とす”というものなんだ」
「星を・・・落とす?」
苗間はさらっと言ってくるが、それは流石に僕の理解を超えていた。
埜亜に目を向けるが彼女は黙っている。
その表情にはどこか哀しみがあるように僕には見えた。
「そう。星を落とすんだ。干渉型に分類されると私たちは思っている。およそ信じられないことだが、他の【特殊能力者】が触れずにものを動かすように埜亜は遠く宇宙にある星を自らの力で地上へと引き付けていると考えられている」
淡々と、教科書か何かを読み上げるような苗間に僕は何も言えない。
頭の整理が追い付かない。
【特殊能力者】は確かに科学では理解しきれないことを可能とするものも多くいる。
念力や空中浮遊、心を読むなどその力は様々だ。
だが、しかし。
それでもその力は何というかあくまでも地球上のスケールの話であって、僕たちの日常生活にどこか紛れていそうなものだと、僕はそう思っていた。
だからこそ
宇宙から星を呼び寄せる力があることなど僕は想像もできなかった。
「それは凄いこと、なんですよね」
なので僕の頭ではそんなことしか言えなかった。
「そうだね、確認される限りこうした力を持った存在はない」
苗間はどこか突き放すような口調でありそれは普段の彼女らしくはなかった。
「でも、星が落ちてきたってことは・・・」
そう。
埜亜の力が特殊か否かは別にして、あの日星が落ちてきたのだ。
それは埜亜自身も言っていたので間違いない。
星が、僕たちに向かって落ちてきたのだ。
あるいは、埜亜に向かって。
「埜亜の力は自身を標準に星を呼ぶことだけだ。そして埜亜はまだ完全にはその力を制御できていない」
冷たく宣告を告げるような苗間。
僕は考える。
何とも淡々と述べられたが、
それは、何かとても恐ろしいことなのではないか。
僕の頭は次々と流れて来る情報を整理しそこから予想される出来事を想像するだけでショートしそうだった。
だって、星が落ちてきたら、普通は
「それじゃあ、死んじゃいますよね?」
なんとも単純なことだ。
星が、隕石が激突したら普通人は生きていられない。
「そうだね。だから私たちは埜亜の力を制御する方法はないかと研究を続けている。けど、正直なところ先日のことは予想外だった。通常呼ばれた星は大気圏で燃え尽きて流れ星としかならないはずだった。しかし、この前はそうではなかった。星は燃え尽きることなく地上まで落下してきてしまったんだ」
苗間の表情から感情が読み取れない。
ただ事実を語っているだけだった。
「もう、葦人は私に会わないほうがいい」
ここでようやく埜亜が口を開いた。
顔を上げ、じっと僕を見つめていた。
「私の力が誰かを傷つけてしまった。この前は2人とも生きていたけどもうどうなるかわからない。だから、もう私には会わないほうがいい」
その目には強い意志があった。
埜亜が僕よりも幼い少女だということを忘れてしまうほどその目に威圧されてしまう。
「真喜屋君が今日ここに来てくれると聞いてね、埜亜はそれを伝えたかったのさ」
埜亜の言葉を継ぐように苗間は申し訳なさそうにそう言う。
その表情はいつもの苗間のものだった。
「あの夜は楽しかった。助けてくれたことは本当にありがとう。けど、もうさようならだ」
伝えたいことは最初から決まっていたのか。
短くそう告げる埜亜に僕は何も言うことはできなかった。
*
研究棟を後にする。
埜亜はあのまま部屋を出て行ってしまった。
残された僕を苗間は送っていくよ、と言ってくれたが断った。
「ここはあの子にとっても唯一の可能性だから、それは埜亜も分かっているんだね。それに私は自分で埜亜と共にいることを選んでいる。でも真喜屋君は巻き込めないんだね。埜亜の気持ちをわかってあげてほしい」
部屋を出る僕に苗間はそう言ってきた。
僕ははい、とだけ短く答えたような気がしたがよく覚えていない。
第3研究棟の外に出るとまだ日は明るかった。
中では数十分も話していないのだから当然だ。
「・・・」
僕に何か言えることはあったのだろうか。
僕は何か言いたかったのだろうか。
そんなものはなかった。
そう、僕と埜亜にはそんな関係などないのだ。
僕が食い下がったところでそれは余計に埜亜を困らせることでしかない。
そしてそもそも僕には食い下がらなければならない理由がない。
古くからの友人に別れを告げられたわけでもないのに僕の心にはどうしようもない空白感があった。
しかし、ここで立ち尽くしていても仕方ない。
今日は帰ろうと、歩き出した。
その時
「貴様何者だ」
何かが僕の頭を後ろから力強く掴んだ。