星の少女ーReunionー
次の土曜日に僕は研究所を訪れた。
『もちろん、こっちはいつでもかまわないよ』
あの日、放課後に僕が苗間へと電話をかけると向こうは2つ返事で歓迎してくれた。
そのまま行こうかとも思ったが流石に昨日の今日でまたどこかふらふらと寄り道をしては母に申し訳なく、平日は素直に学校と家だけを往復することにし、訪問は休日に決めた。
朝から出かけることは昨日のうちに母にも伝えていた。
止められはしなかったがちゃんと夕方には帰ると約束をすると少し安心したようだった。
バスに揺られ、流れる景色をぼんやりと眺めながら考える。
僕と埜亜の関係について。
何とも言葉にはしにくい。
偶然に出会い、偶然に事故に巻き込まれただけだ。
被害者と加害者という関係ではないし、どちらかが相手を助けた命の恩人というわけでもない。
事故からの生存者同士ではあるわけだが、別にわざわざ感動の再開をしてお互いの無事を確かめあうような間柄でもない。
結局僕は会って何かをしたいのではなく、彼女に会うということを目的としているわけだ。
ともすればそれはやはり自己満足で彼女からすればいい迷惑なのかもしれないと今更ながら思ってしまう。
しかし、バスがそんな気持などくみ取るわけもなく目的地へと確実に僕を運んだ。
バスは研究所のすぐ前にある停留所で停まる。
中に入るため入り口で手続きをする必要があったが、守衛には苗間が事前に話を通してくれていたのだろう、こんな学生が一人で訪れているというのに不思議がる様子もなく守衛は僕を通した。
一歩敷地内に足を踏み入れるとそこはしんっと静まり返っていた。
見た目は記憶にある道や建物だが、今日はそこに流れる空気が違う気がする。
人がいるのといないのとではこうも変わるのだろうか。
規則正しく木々が並ぶ道にもあの日はまばらに人がいたが今日は僕一人だ。遠くから人の話す賑やかな声も聞こえない。
無論、その賑やかな年に1回の開放日に僕がたまたまいただけで、これが本来のここの姿なのだろう。
とても場違いなところに足を運んでしまったような気がしてつい足早になる。
僕のような学生が場違いなのは事実なのだが、何だが入ってはいけないところに入っているような気持になってしまったのだ。
十字に分かれた道を今日は左に曲がる。
結局行くことのなかった第3研究棟へ今日は行くのだ。
あの日埜亜を見た道へ進もうとした時、
僕の眼が何かを捉えた。
「?」
思わず振り返るが、何もない。
ちょうど僕の背後、第2研究棟へと続く道に何かが立っていた気がしたのだ。
しかしじっと目を凝らしても何もない。
一瞬のことだ、気のせいだったのだろう。
木を人か何かに見間違えたのだ。
この場に来て少し気持ちが冷静でないのかもしれない。
僕は呼吸を整えるとそのまま道を進む。
第3研究棟は何ということはない普通の建物だった。
基本的にここは全て同じ構造でデザインされているのだろうか、先日訪れた第2研究棟と見た目や入り口は同じだった。
何となく僕の中では隠された秘密の研究施設のような気がしていたが当然そんなことはなかった。
苗間の研究室は3階にあり、直接向かっていいと言われたので行くとドアには『苗間栞里』とプレートがかかっていたので部屋はすぐにわかった。
あまりらしさを感じさせないがこういうものを見ると本当に研究者なのだなと改めて思う。
ノックをして少し間をおくとドアが静かに開く。
一応手見上げにシュークリームを買ってきたが苗間はこういうものを食べるのだろうか、などと考えていると
「やあ、いらっしゃいませ」
金髪の少女がそこに立っていた。
「あ・・・」
「どうかしたかい?」
思わぬ出迎えに言葉を失っていると少女は僕を不思議そうに見上げてくる。
それはあの日と変わらぬ姿。
見た目には怪我をしている様子もない。
「やあっ!遠いところありがとうね。2人ともそんなところに立ってないで入りなさい」
ぼんやりと立ち尽くす2人を見て埜亜の後ろからひょいっと顔を覗かせた苗間がそう促す。
苗間の部屋は意外にも簡素なものだった。
こんなことを言うと失礼かもしれないが何となく本の山に埋もれている部屋を想像していたのだが室内には机やソファー、そして隙間なく本が並ぶ本棚などがあるだけでかなり綺麗にまとめられていた。
僕は来客用の椅子に座り室内を観察する。
苗間は持ってきたシュークリームに喜んでくれ、紅茶を淹れるといってポットを持って部屋を出ていった。
「栞里は甘いものが好きなんだ」
部屋の隅にあるソファーに座り埜亜は僕をじっと見ている。
「そうなんだ。買ってきてよかったよ」
栞里というのは苗間の名前だったはずだ。
やはり僕は2人の関係が気になってしまう。家族ではないにしてもお互いに信頼関係のある間柄なのがわかる。
しかし友人というには年も離れているだろう。
「この前はありがとう。迷惑をかけたね」
そんなことを考えていた僕を見つめ、埜亜は静かな口調でそう言った。
僕がなかなか切り出せずにいた本題は埜亜の方から振られてしまった。
「大丈夫だよ、ケガもないし。君も無事だったみたいで安心したよ」
僕は本心からそう思っていたが埜亜はわずかに首を振る。
「私のせいで危ない目にあわせてしまった」
「別に・・・君のせいってわけじゃないだろ?」
その表情が何だか思い詰めているように見えたので僕は否定した。
あれは彼女が抱えて苦しまなければならないことではない。
しかし僕の言葉に埜亜は否定も肯定もしなかった。
「・・・・」
沈黙が流れてしまう。
僕がもう少し会話が得意であればうまく場を盛り上げられるのかもしれないが、こういう時に何といえばいいのかわからない。
せっかくなので苗間との関係について聞こうかと思っていると
「葦人はあの日、何が起こったと思う?」
埜亜は僕を見つめたままそう聞いてきた。
それは僕と埜亜とを繋ぐ出来事の核心ともいえる部分だった。
しかし、僕にもそれはわからない。
あの時は何というか大変なことが起きて、何とか逃げようとすることに精いっぱいだった。
だから何が起こったかなどは・・・
本当にわからないのだろうか。
もちろん僕としても思っていることはある。
しかしそれはあまりにも荒唐無稽というか、現実感がなく、僕の思い違いとしか思えないことである。
「きっと葦人も見たかもしれないけど」
僕の言葉を待たず、埜亜は続ける。
それを遮ることはしてはいけない気がした。
「あの日、あそこには星が落ちてきたんだ。あの星はね、私が呼んだものなんだ」
室内の照明に照らされ、埜亜の髪はきらきらと輝く。
その輝きはあの日空に見たものとそっくりで、
ああやっぱりそうなのか、と僕は納得してしまう。
*
遠く、それはじっとその建物の入り口を見つめていた。
男は無機物のように身じろぎもせずただ建物を見続けていた。
先ほど、一人の人間があそこへ入っていった。
これまでに情報のない人間、ここの研究員ではない。
ここは意味もなく部外者が立ち寄るような場所ではない。
何か目的があるのだ。
先ほど一瞬こちらを振り返った少年。
あれは偶然だろうか。
何かある。
あの少年は何かを知っている。
男はそう確信すると静かにその建物へと足を進めた。