表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼多見奇譚 弐 追憶の幻視  作者: 大河原洋
4/13

庫裏仏間

「痛たた……朱理、もっと優しく」


 消毒液を背中に吹き付けると、叔父さんが情けない声を上げた。


「自業自得」


 わたしは突き放した。


 今いるのは仏壇がある部屋で、わたしと叔父さん、それにお母さんしかいない。


 お祖父さんは政宗くんとボンちゃん、そして紫織を連れて散歩に行った。明人さんはお務めだ。


 この部屋に来てからお母さんは仏壇を眺めている。ううん、正確にはそこに在る遺影を見ているんだ。


 そこにはお母さんと叔父さんによく似た女性が、優しく微笑んで写っている。


 二人とも母親似だ、特にお母さんはそっくりだ。


「線香ぐらいあげたら?」


 わたしは部屋に入るとすぐにあげたけど、お母さんは遺影のお祖母さんを見つめるだけで、叔父さんに至ってはいちべつしただけだ。


「いいのよ。ここにお母さん……お祖母ちゃんは居ないから」


「わかるの?」


「昔からいない。少なくても叔父ちゃんはた事はないな」


 叔父さんが験力を発現したのは一〇歳だから、それ以前にお婆さんの霊はここに居なかったことになる。


 亡くなってすぐに成仏したんだろうか?


 お母さんは黙ったままだ。話すつもりはないらしい。


 お祖母さんが亡くなったのは、叔父さんが本当に小さい時だったみたいだったし、未練はなかったのかな?


 もし、この世に留まっていたとしたら、お祖父さんが強制的に成仏させたんだろうか?


 だから、お母さんはあんなにお祖父さんを嫌っているのかな?


 そこまで考えた時、わたしは以前から気になっていた事が頭に浮かんだ。


 それはおばあちゃんの、父方の祖母、しんとうまさに関する事だ。


 わたしたち家族は団地の五階に住んでいる。下の階が叔父さんの部屋なんだけど、もともとは昌子ばあちゃんが住んでいた。


 亡くなった後、部屋は引き払うはずだったんだけど、わたしのワガママで手続きが遅れていた。


 そこに引っ越し先を探していた叔父さんが入居を決めた。


 おばあちゃんは、あの時、まだあそこにいたのだろうか?


 験力の存在を知ってからズッと気になっていたけど、色々な事があったせいで、口にするタイミングを失っていた。


「ねえ、引っ越してきた時、おばあちゃん、まだいたの?」


 叔父さんの身体が強ばった。


「ああ、いたよ……」


「なんで教えてくれなかったのッ?」


 思わず声が大きくなった。


「ごめん、言えなかった」


「だから、どうしてッ?」


 叔父さんは溜息を吐いた。


「言えると思うか?」


「それは……」


 問い返されて、少し冷静になった。


「朱理がお祖母ちゃん子だったのは知っていたけど、お前に話して親に伝わったらどうなる?

 お母さんに怒られるのはいいとして、お父さんが知ったら義理の弟が怪しい宗教に入信していると勘違いするかもしれないだろ?

 まぁ、実際はその心配はなかったわけだけど」


 験力の事をお母さんと叔父さんは秘密にしていたつもりだったけど、お父さんはお祖父さんから聞いて知っていた。


 う~ッ、なんかモヤモヤする!


 わたしは消毒液が入った容器を強く握りしめた。


「うぎゃあ!」


 傷口に大量の消毒がかかり、叔父さんが悲鳴を上げた。


「自業自得!」


 おばあちゃん、やっぱりいたんだ。


「ねぇ、おじさんがはらったの?」


「イタタタ……。

 そんな事するわけないだろ? 悪霊ってわけじゃないし、お前たちのお祖母さんだ。

 毎晩、観音経を唱えたけど、それで祓おうとしたわけじゃない。

 観音経を通じて、家族がみんな元気にしているって事を伝えただけだ。

 お祖母さんは、叔父ちゃんが入居してから一ヶ月ぐらいで居なくなったよ。

 たぶん、お前があの部屋で笑えるようになったからだろうな」


 わたしはハッとした。


 叔父さんが引っ越して来るまで、わたしがおばあちゃんの部屋へ行くのは、さみしい時や悲しい時ばかりだった。


 あの部屋で笑う事なんてなかった。


 やっぱり、わたしを心配して留まっていたのかもしれない。


 でも、もう一度おばあちゃんに会いたかったな。


「ぎゃぁあああッ!」


 叔父さんが三度情けない叫び声を上げた。


 わたしが傷口を思いっきりひっぱたいたからだ。


「朱理、いきなり何するんだよ?」


「自業自得!

 でも、これでカンベンしてあげる」


 全てが納得できたわけじゃない。だけど、叔父さんの考えも嫌だけど解ってしまう。


 それに、いつまでも過去に囚われるわけにはいかない。わたしは前に進むって決めたんだから。


「朱理……」


 お母さんが何か言いかけた時、玄関が開く音がした。


 タッタッタッと音を立てて、ボンちゃんが廊下を駆けてくる。その後を政宗くんがゆっくり付いてくる。


 わたしたちのいる部屋の前に来ると、政宗くんが障子を開けた。いや、開けたのは政宗くんに乗っている紫織だ。


「コラッ、マサムネくんをいじめちゃダメ」


 わたしは紫織を政宗くんから引き下ろそうとした。


「いじめてないよ!」


「大丈夫、政宗は力持ちだから。

 それより紫織ちゃん、落っこちないように気をつけてね」


 玄関を閉めて、お祖父さんもこっちへやってきた。


「うん!」


「ジジイッ、犬は乗り物じゃない!


 紫織だって、それなりの重さがあるんだ」


「アタシ、かるいよ!」


「お前が甘やかしている柴犬と違って、政宗は鍛え方が違う」


「犬が何を鍛えるんだ? それに見た目は小さいくても、梵天丸は並大抵の犬より勇敢で賢い」


「勇敢? ゲージを恐がって入らなかったんじゃないのか?」


「それは嫌な過去があるからだ! そっちこそ、図体がデカいくせに、梵天丸に負けたじゃないかッ」


「負けてなどおらんわッ。少し押され気味だっただけだ。

 ウチの政宗がお前のチビ犬に負けるわけがないッ」


「ウゥ~ッ!」


「うわッ」


 バカにされたと思ったのか、ボンちゃんがうなり声を上げた。


 すると政宗くんが尻込みして、乗っていた紫織がバランスを崩して落ちかけた。


「ほらッ、言わんこっちゃない」


 わたしは紫織を支えた。


「ボンちゃんが、いきなりうなるから……」


 叔父さんが勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「チビ犬が何だって?」


「フン、そんな生意気な口は俺に勝ててから……」


 低レベルだ……清々しいほど低レベルな親子ゲンカだ。


 張りあっているが、どっちの犬も同じ武将から名前を取っている。


「子供の前よ、いい加減にしたら?」


 お母さんが冷ややかな声で言うと、二人はバツの悪そうな顔をした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ