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鬼多見奇譚 弐 追憶の幻視  作者: 大河原洋
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戌亥寺(二)

「さぁ、孫が生まれると人が変わるって言うけど……」


「変わりすぎでしょッ? 気持ち悪いわ……」


「孫が来るって、ズッとソワソワしっぱなしでしたからね」


「あの親父が? 信じらんない」


 あ、ダメだ、向こうもついて来てない。そう思った時、


「待てッ、親父!」


 我を取り戻した叔父さんが声を上げた。


「自分の意に添わない息子と娘に声もかけたくないのは判るが、こっちにも都合ってもんがある」


 お祖父さんが、叔父さんを振り返る。


「都合? 随分と身勝手な言いようだな」


「それも解っている。だから何を言われようと言い返すつもりは無いし、おれに関しては大学の費用も利子をつけて返す。だから朱理と紫織の験力を封印してくれ」


「父さん、あたしも頼むわ、お願いします」


 お母さんは深々と頭を下げた。


 わたしは験力の使い方を学びたいのであって、封印したいんじゃない。何度もそう言ったはずだ。


「それともう一つ。二人を守るための力が必要だ、協力してくれ」


「守る? 思い上がりも甚だしい」


「それでもおれはやる」


「簡単に修行や大学を投げ出したお前がか?」


「やりたい事があったからだ」


「やるべき事はどうした?」


「二十年間、親父のために人生を使ってきた。残りはおれが自由に使う」


「ならば何故、ここで親を頼る?」


「決まっているだろ、験力の封じ方を知っている人間を他に知らないからだ。そして、親父以上に強力な魔物もおれは知らない」


「前者は判るが、後者はどうだ? 俺より強力な魔は本当に存在しないのか? そもそもお前に俺を斃せるのか?」


「だから協力しろと言っている。半年……いや、三ヶ月で親父を超える」


「二十年近く修行して出来なかったことが、たった三ヶ月で出来るのか?」


「試してみるか?」


 一瞬で間合いを詰めて、お祖父さんに殴りかかる。


 次の瞬間、あたしの手を握っていたお祖父さんの手が消えた。


 視線をさまよわせると、さっきまで叔父さんが立っていた位置に紫織を抱いたまま立っている。


 お祖父さんは紫織をそっと降ろすと、身を躍らせた。


 叔父さんも素早くそれに立ち向かう。


 目にも止まらぬ速さで拳と蹴りを繰り出し、同時に相手の攻撃をかわす。


 叔父さんが間合いを取ると、足下の石が幾つか中に浮き、お祖父さんに向かって飛ぶ。


「フン」


 お祖父さんが手をかざすと、全ての石が宙で止まり、今度は叔父さんに向かって飛んできた。


「ハッ」


 叔父さんがそれを手で払い落とす。


「験力を使うか?」


「でなきゃ意味がない」


「余計お前が不利になるぞ」


「望むところだ」


「口だけは一人前だな」


 信じられない現象がわたしの眼の前で起こった。


 お祖父さんが、二人、三人、四人と増えていく。


「なに、コレ……」


「まったく、気持ち悪い事が続くわ」


 いつの間にか、お母さんが紫織と明人さんを連れてわたしの所に来ていた。


「あれがおじいさんの験力?」


「たしかにそうだけど、実際に増殖したわけじゃない、あくまで幻覚よ。叔父さんにだけ見せればいいのに、可愛い孫に自分の力を自慢したいんでしょ?」


「幻覚でも、ここにいる全員に見せるなんて……」


 明人さんがの顔が青ざめている。お祖父さんの験力の強大さに改めて驚いているんだろう。


 わたしもこの間の事件で信じられない物を幾つも見たけど、お祖父さんはそれを上回るかも知れない。


「ジィジ、忍者みたい」


 確かにそうだけど、この状況で出てくる感想がそれなの?


 叔父さんは少しも迷わずに、その中の一人を殴りつけた。次の瞬間、お祖父さんの姿が一つに戻る。


「さすがに騙されんか」


「中学生の時から見抜けている。いい加減、おれを舐めるな」


 叔父さんが回し蹴りを繰り出すが、お祖父さんは素早く後ろに飛び退いてかわす。


「では、小学生に戻す」


 不思議な現象が再びわたしの眼の前で起こった。叔父さんの身体がみるみる縮んでいく。


 いや、縮んでいるんじゃない、若返っているんだ。


 あっという間に叔父さんは、紫織ぐらいの年齢になった。


 わたしは叔父さんの子供の頃の写真や動画を観たことがない。


 記憶にある叔父さんは常に大人だ。実際には物心付く前から会っているから、高校生の頃の叔父さんも見ているはずだ。


 だけど、それは幼稚園に通っている時で覚えていないし、例え記憶にあっても小学生未満の幼児にとって高校生は充分大人だ。


 今、眼の前にいるのは、わたしよりズッと年下の子供だ。


 なのにそれが叔父さんだと判る。眼の前で若返ったからなのか、面影があるからなのか、とにかく変な気分だ。


 お祖父さんが叔父さんを蹴り上げる。


「くッ」


 腕で身を守るが、お祖父さんは間髪を入れず正拳突きを次々に打ち込む。


 今までに比べると決して激しい攻撃ではないけど、子供に戻った叔父さんは身を庇うのが精一杯で攻撃に転じられない。


「どうしたッ、さっきまでの威勢はどこへ行った?」


「クソッ」


 いつもよりも幼く高い声で毒づくと、叔父さんは突き出されたお祖父さんの右腕に自分の両腕を絡め、顔面を蹴ろうと脚を振り上げた。


 ところが脚の長さが足りず、簡単にかわされてしまう。


「届いているはずだ……」


 そう、これは幻覚だ。叔父さんの身体は本当はもっと大きい。


「ただの幻ならな。だが、俺のは違う!」


 お祖父さんが叔父さんの胸ぐらをつかんで投げ飛ばす。


「ぐッ」


 地面に背中を打ち付けて、叔父さんは呻き声を上げた。痛みを堪えるために手足を縮めて身体を丸める。


「十年前の方がまだマシだった」


 お祖父さんが、近づき叔父さんを見下ろす。


「こんな状態では三ヶ月どころか、三十年修行しても俺を超えることなど出来んぞ」


「うぅ……」


 叔父さんの完敗だ。


 と、わたしが思った次の瞬間、うずくまったままの身体がロケットみたいな勢いで空中に飛び上がり、お祖父さんに激突した。


「むッ?」


 今度はお祖父さんが後ろに吹っ飛び、叔父さんの姿が一瞬で見慣れた大人の姿に戻る。


 お祖父さんに体勢を立て直す隙を与えないよう、激しい拳の雨を浴びせる。


「タァアアァアアアッ!」


 遂にお祖父さんが仰向けに倒れた。


 いや、倒れたはずだった。


「なにッ?」


 お祖父さんの身体が、それこそイリュージョンのようにパッと消えた。


「詰めが甘いな」


 背後からの声に叔父さんが振り返ると、お祖父さんが立っていた。


「ウッ」


 叔父さんが膝から崩れ落ちる。お祖父さんの拳を鳩尾に叩き込まれたんだ。


 身体をくの字に曲げながらも、立ち上がろうと叔父さんは藻掻く。


「そこまでッ」


 凜とした声が響いた。


「悠輝、いきなり飛ばしすぎると、修行する前に病院送りになるわよ。爺ちゃんも張り切りすぎ。孫が見てるからって、年寄りの冷や水はやめて」


「誰が年寄りだッ?」


「事実でしょ。紫織は面白がってるけど、朱理は完全に引いてるわ」


 お祖父さんはわたしの顔を見て、ションボリした。


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