食いしん坊のへび
昔々、あるところに森がありました。その森では珍しいことに虹が逆さにかかることがありました。そのため逆さ虹の森と呼ばれています。森の外には町があるので逆さ虹の森に人は住んでおらず、大小様々な動物たちが暮らしています。森はとても広いので、迷子になってしまうことを恐れて人が入ってくることはあまりありません。
逆さ虹の森には大きなへびがいました。大人の男の足くらい太くて大きい、緑色のへびです。このへびは食いしん坊なのでたくさんご飯を食べます。ですがたくさん食べ過ぎて、森の食べ物に飽きてしまいました。しだいにへびは今までに食べたことのない食べ物を、森では手に入らないものを食べたいと思うようになりました。
ある晴れた朝、逆さ虹の森でコマドリが歌っているのをへびは耳にします。歌は次のように歌っていました。
「森の北には きれいなお池 ドングリひとつ 投げ入れましょう 願いはきっと 叶うでしょう」
コマドリの歌声はきれいで聞くものの耳に残るくらい上手でした。歌を聞いたへびはその池に向かえば願いが叶うのでは、森では食べることの出来ない食べ物を食べられるのではと思いました。そこでへびは逆さ虹の森の北にあるらしい池を目指して、ドングリを探しながらにょろにょろゆっくり進みます。道中何事もなくドングリを手に入れてしばらくした時でした。
ヘビは池を見つけました。それは丸い団子が3つ串に刺さってくっついたような形をした小さい池でした。水はきれいに澄んでいて、森の生き物が何匹か水を飲んだり池近くの木陰で休憩したりしています。へびはそのうちの一匹、水を飲み終わったくまへ話しかけます。
「なあ、あんた。この池が願いの叶う池なのか知っているか?」
「ちがうよ、ここは団子池だよ。願いの叶うドングリ池はもっとずっと北にあるんだよ。君もコマドリの歌を聞いてきたんだろう?」
それを聞いて、ヘビは自分が目指していた池の名前がドングリ池と呼ばれているのを初めて知りました。くまが言うには、少し前までコマドリの歌声を聞いてドングリ池を目指す動物は多かったのですが、最近はこの食いしん坊のへびのようにドングリ池を目指す動物はあまりいないそうです。
「あまり期待しないほうがいいよ、最近は願いが叶ったなんて話は聞かないから。きっと願いをたくさん聞いてドングリ池は疲れただろうからしばらくお休みしてるんじゃないかな。でもコマドリは歌を上手に歌えるようにしてもらったらしいね。その証拠に君もあのきれいな歌声を聞いただろ。あの声を聞いたなら、信じない訳にはいかないよね。まあ、どうしても行くって決めてるなら止めないけど。ドングリ池の周りには赤い花が咲いているから、行けばすぐにわかるよ」
くまはそう言うと一緒に休んでいた仲間たちと一緒に団子池から離れてどこかへ行ってしまいました。残されたへびの気持ちに変化はなく、ドングリ池を目指して一匹で進みます。途中で川にかかったぼろぼろの吊り橋、森の皆にはオンボロ橋と呼ばれる木と縄で作られた橋を渡りました。
それから北を目指してもっとずっと進んでいくとまた池を見つけました。それは団子池よりも一回り大きい池でした。池の周りには赤い花が咲いているので、どうやらこの池がドングリ池のようです。
ようやく目的地の池に着いたので、食いしん坊のへびは早速ドングリを口にくわえて池へと放ります。
「今まで食べたことのないものが食べられますように」
願いを口にすると食いしん坊のへびの前に池の近くの茂みから女の子が姿を現しました。そのままへびに話しかけてきます。
「こんにちは、へびさん。願いごとがかなうドングリ池はここかしら?」
話をすると女の子もコマドリの歌を聞いてわざわざ逆さ虹の森の外の町からこの池へお願いをしにやってきたそうです。女の子がドングリをポケットから取り出すと投げ入れる前にへびは言いました。
「お嬢さん、何か食べ物は持ってないか?あったら欲しいのだが」
「ごめんなさい、何も持っていないの」
へびはがっかりしました。この女の子は森の外から来たので何か町の食べ物を持っているのではと思ったからです。女の子は言いました。
「私のおばあちゃんが病気だから、早くよくなるように池にお願いをしに来たの。それに逆さ森に人はあまり来ないでしょう?だからきっと町では手に入らないような病気に効く食べ物だってあると思ったの。ねえ、そういうお薬になるものがあるって聞いたことないかしら?あったら取りに行きたいの」
女の子は優しい性格で、おばあちゃんを心配して一人でここまでやって来たのだとへびにもわかりました。そしてへびは体調の優れないときによく食べている、薬のかわりになる木の実がこの森にあることを知っていました。でもへびはふと思いました。どうして薬のことを教えてあげないといけないのかと。自分の願いを聞いてくれなかった、食べ物をくれなかった人に優しくしてやる義理はないと。そのうちに、へびの頭の中は意地悪なことばかり考えるようになってしまいます。嘘をついて女の子を困らせてやろうとか、逆さ森で迷子になってしまえとか、その結果どうなっても知らない、自分には関係ないとも思いました。そしてへびは、もっと恐ろしいことを思いついてしまうのです。
この女の子がどうなってもいいのなら、食べてしまってもいいのだろうか、と。
そう思ったとき、へびは自分のしようと思ったことに対して何も感じなくなっていました。自分のためなら回りがどうなろうと構わないとこの時本気で思ったのです。そうして食いしん坊のへびは意地悪や酷いことばかりを考えるから心が歪んでおかしくなってしまいました。ついにはへびは考えていることを口に出さないように注意して、どうやってこの女の子を食べようかと考え始めました。
いつまでたっても返事の無いへびを不思議に思いながら、もういちど同じように女の子は尋ねました。それでも返事はありません。それでもへびが気になった女の子は相手の顔をのぞきこむようにして問いかけます。
「へびさん、どうしたの?気分悪いの?」
「うるさいな、考えごとしてるから静かにしてろ」
「へびさん、何でそんな意地悪を言うの?」
「だから、話しかけるなっていってるだろ」
「そんな、ひどい。大丈夫なのかなって心配しただけなのに」
「うるさい、もう考えるのはやめだ。今すぐお前なんか食べてやるぞ」
そう言うとへびは口を大きく開けて女の子にむかって襲いかかります。にょろにょろと遅いけれど確実に近づいてくるへびから逃げるため、願い事そっちのけで女の子は森の中へ脱兎のごとく逃げ出します。
捕まらないよう逃げるうちに空は曇り風が吹き、雨も降り出し始めました。それでも森を半分に分ける川にかかったオンボロ橋まで女の子は来ました。ドングリ池に行く前に来た時よりも川が増水していて驚いた女の子は橋の手前で足を止め、恐る恐る後ろを見ると、へびはまだ諦めずに追いかけてきていました。風でぐらぐら揺れてそれだけで今にも壊れてしまいそうなオンボロ橋ですが、ここで立ち止まっているわけにもいかず女の子は覚悟を決め、橋の両側に張られた雨で濡れたロープを手すり代わりに両手で強く握りながらゆっくりと渡り始めます。へびも遅れて揺れる橋に乗り、じわじわと距離を詰めてきます。橋の足場は木製ですがところどころ腐ったのか、脆くなって誰かが踏み抜いてしまったのか踏む場のない所もあり、思うように急いでは進めません。女の子は橋を半分渡ったところでどうしても気になって後ろを振り向いてしまい、橋を渡る前よりずっと近くにへびがいるのに気づきます。あと少しで追いつかれてしまう、あの大きな口で丸呑みにされてしまう。そう考えたら怖くなって女の子は橋のロープを掴んだまま、へびに背を向けたままの状態でその場にうずくまってしまいます。そして動けなくなった女の子めがけて進んできたへびはとうとう女の子に追いついてしまいました。へびは女の子を頭から丸呑みにするために鎌首をもたげ、一際大きく口を開けました。
その時、風が強く吹いてオンボロ橋はこれまでにないくらい大きく揺れました。女の子は橋のロープをつかんでいたので大丈夫でしたが、へびは手も足もないのでロープを掴むことも濡れた足場の上で踏ん張ることも出来ず橋の下の川へ落ちてしまいました。増水した川は濁っていて、流れる水の速さもかなりのものだったのでへびの姿はすぐに見えなくなってしまいました。追うものがいなくなって落ち着きを取り戻した女の子が橋を渡りきると雨は上がり、空の向こう側に虹が逆さまにかかっているのが見えました。
その後、女の子はもう逃げ疲れていましたがドングリ池へ再び向かい、池につく頃には空が赤くなりました。女の子は右手にドングリがあることを一度確認し、それから池へと二つ、同時に投げ入れます。
「おばあちゃんが元気になりますように」
「へびさんが意地悪じゃなくなりますように」
女の子はそう言うと、森を出てお家へ向かい帰りは何事もなく無事に帰れました。お母さんに誰にも知らせず黙って一人で森に行ったことをとても怒られてしまいましたが、お母さんとお父さんとおばあちゃんと温かい晩ご飯を食べることが出来ました。女の子は次の日から看病を手伝って、一週間もするとおばあちゃんは元気になりました。
それからこの森で食いしん坊のへびを見かけることはありません。