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③学校

「でもさあ。純一はずるいよなあ。だって性格悪くて誰でも彼でも命令して英語もできなくてうっかりやさんで、なのに嫌われては、いないものなあ。やっぱ顔かなあ」

「嫌われて『は』いないってどういう意味だ」

「だって好かれてはいないじゃない」

 友人にあるまじきことをのたまうこの男は俺の友人の牛嶋数田だ。『牛嶋』という名前のわりには、平均的男子高校生よりのっぽで細く、力がない。しかし愛嬌はあり、数少ない俺の友人だ。

 昼休み。牛嶋と俺は教室で机を並べ、二人で昼食を食べていた。この芦穂高校(あしほこうこう)には教室以外にほとんど昼食を採れるスペースがないので、大半のクラスメイトも、俺や牛嶋と同じく友人と机をくっつけて食事を楽しんでいた。

「だいたいさあ、なんだよその伊達眼鏡は。高校生にもなって、恥ずかしくないわけ?」

「馬鹿。あまり大声で言うな」

 俺は伊達眼鏡を掛けている。しかし俺の眼鏡が『伊達』であることを知るのは牛嶋とオヤジ、両親ぐらいで、他のクラスメイトからは隠している。そもそも、俺は好き好んで伊達眼鏡を掛けているわけではなく、必要に迫られて掛けているだけだ。

 防止装置として。『能力』発動を抑えるために。


 俺ことフシミタニ純一はある特殊な『能力』を所持している。その『能力』とは、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』だ。

 5年前、小学六年生の将棋大会群馬予選を終えたあたりで『能力』を自覚し、現在高校二年生になるまで、この『能力』を使い続けてきた。

『能力』。命令を遵守させるとはどういう意味か?

 例として、昨日の将棋道場の一件を振り返ってみよう。

 俺は賭け将棋の代指しを頼まれ、道場に急行してあの中年と対局することになったのだが、どう考えても将棋で勝つのは不可能に思われた。

 そこで俺はあの中年に言った。「すまん。この賭け将棋、負けてくれ」

 すると彼は投了し、そして賭け将棋に負けた分のお金を俺にくれた。

 その後、中年の知り合いらしき外国人が俺とオヤジに絡んできたため、そこで今度、俺はあの外国人に「このデブハゲチビ中年を連れて県外へ出て行け」と言った。

 すると彼は中年を連れて道場を出て行った。

 これが『能力』だ。中年は「投了しろ」という命令に逆らえず、また外国人も「出て行け」という命令に逆らえなかった。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』のだ。


 上記した通り、この『能力』は()()()()()()()()()

 将棋道場での外国人のように、日本語を解さない相手にも命令できるのだ。

 どういったメカニズムかは分からないが、例えばこうイメージしてもらいたい。

 俺が「歩け」と命令する。するとその「歩け」という言葉を元に、『()()()()()()()()()()()』が雲のように空中に浮かぶ。その『歩けという意味そのものの雲』が飛んでいき、目を通して外国人の脳内に入り込む。すると「歩け」という言葉を()()()()()()()()()()()()、彼は歩けという『()()()()()()』を理解する。彼は歩き出す。

 『能力』はすべての外国人に通用するだけでなく、聴覚に異常のあるものどころか、言語が分からない言語障害者にすら通じる。

 まったく便利な能力である。

 しかしこの『能力』にはいくつかの弱点がある。

 その一つが、『()()()()()()()()()()()()』である。

『能力』は、俺の意思とは関係なく常に発動しているので、うっかり目を見て命令してしまうと、とんでもないことになる。例えば『お前死ねよー』なんて冗談で言ったら本当に死んで(おそらく自殺して)しまうのだ。ただし「俺死にたいなあ」とか「お前髪切った?」とか命令や依頼になっていない言葉なら、発動しない。が、命令かどうかは俺の主観ではなく、また対象者の主観ですらなく、神により()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()命令したと判定されるので、非常に厄介なのだ。『能力』を自覚してからずっと付きまとっている、最大のウィークポイントである。

 そこで、『能力』のもう一つの弱点を利用する。その弱点とは『()()()()()()()()()()()()()()()()』こと。

『能力』は常時発動しているが、人工物を通した場合は無効となる。例えばこの伊達眼鏡。伊達眼鏡はレンズに度が入っていないし、また透明だが、とにかくレンズという『人工物』を通せば、『相手の目を直接見たこと』にはならない。空気や水を通して目を見て命令してしまうと、能力は発動する。しかし、壁やサングラスなどはもちろん、レンズやガラス、また鏡など、透明なものでも『人工物』ならば『能力』発動の防壁として機能する。

 だから伊達眼鏡なのだ。この防壁がないと、知らず知らずの内に命令してしまう可能性がある。レンズの横から俺の目を見ても条件を満たしてしまうから、ぎゅっと押し込んで掛ける必要があり、その点は不便だ。ただこれは仕方ないルールである。

 その他にも『能力』の特徴はあるのだが、それはこの物語を読みすすめるにつれ明らかになるだろう。


 牛嶋と弁当を食べながら、俺は密かに教室右隅の女子クラスメイトを眺めた。

 そのクラスメイトは流れるような黒髪が特徴的。こちらからは顔が見えないが、猫のような釣り目でありながら大きい瞳が愛らしく、それでいて鼻、口のパーツが小さく、見るものに清楚な印象を与えることを、俺は知っている。

「また佳久さんですか」

 気付いたら数分間彼女の背を見つめ続けていたらしく、牛嶋がからかう。

「佳久さんねえ。俺はあーゆーのタイプじゃないんだけど、純一は好きなの?」

「何か悪いか」

「悪かないけどね。でも彼女、中学から一緒だろ。確かクラスも」

「調べたら、三年間同じクラスだったらしい」

 俺と佳久さんは、中学三年間同じクラスだった。好きになったのは最近で、それまで名前すら知らなかったのだけど。ただ、彼女とは中学以前にどこかで会った記憶があるのだが、どうしても思い出せなかった。

「中学ずっと一緒だったのに、なんで今さら?って思うね。だって純一さあ、気になる女の子がいたらすぐ食っちゃってたでしょ?」

「食ってはいない。付き合ってはいた」

 中学生までは『能力』を使い放題使っていたのだ。気になる女子がいれば「俺を好きになれ」。気にいらない奴がいれば「俺に金輪際話しかけるな」。掃除当番が面倒だったら「掃除やっといてくれないか?」お菓子が食べたかったら「お菓子買ってきてくれ」等々とにかくたくさん使っていた。

「中学の時、佳久さんとは付き合ってなかったんだっけ?」

「ああ。そのときはなんとも思ってなかったから…」

「いつから好きになったの?」

 ……それは先月、ふと様々な事柄にむなしくなり図書室で呆けていた俺に笑いかけてくれたあのとき。あのときから好きになってしまったのだが、恥ずかしいので牛嶋には言わなかった。

「今さら恥ずかしがることないでしょうに」

 そう言うと、彼は俺の伊達眼鏡を素早く奪ってしまった。

「あっ馬鹿、返せ」

「ふん。こんな伊達眼鏡つけっちゃってさ。俺も似合うかな?」

 牛嶋は俺から奪った伊達眼鏡を自ら装着した。

「似合わないから。ほら、返せよ」

「じゃあこれでも似合わない?」

 ゴーグルのように伊達眼鏡を頭の上に乗せた彼を俺は睨みつけた。

「汚れるだろ。さっさと返してくれ」

「あれ?ジュン眼鏡掛けてないじゃーんめずらしー」

 戯れる俺たちの席へ、クラスメイトが近付いてきた。岩世瞳。今年から同じクラスになった女の子だ。小柄で可愛らしい容姿をしているが、クラスの人気者で、時にクラス全体を巻き込んだドタバタ劇の発端となる、ムードメーカー兼トラブルメーカー。

 仕方ない。

「なんでもないから、10分間、自分の席で黙っていてくれ」

 彼女は頬を膨らませて不満そうだったが、一言も発せず自分の席へ戻っていった。10分間、というのがポイントで、もし「ずっと黙っていてくれ」などと言ったら彼女は明日から永遠に言葉を発せなくなるかもしれない。

 命令内容をどのように解釈するかは、命令された人物の裁量によるのだ。

 例えば俺が、内心「10分程度黙れ」と思っていても、発した言葉が「ずっと黙れ」ならば、命令されたものが「ずっと」=「永遠」と解釈してしまうと、永遠に黙らなければならなくなる。

 また例えば「しばらく黙れ」と命令すると、「しばらく」は曖昧な言葉なので10分であったり1時間であったりするだろう。

 命令は具体的に下すのがベストなのだ。

 飽きっぽい岩世なら10分もすれば俺の眼鏡関連のイベントなど忘れているだろう。

「ほらお前も、いつまでも遊んでないで、いい加減返してくれ」

「はいはい。分かったよ」

 返ってきた伊達眼鏡を眼鏡拭きで手早く掃除しまた掛けなおす頃には、昼休み終了5分前のチャイムがなっていた。周りの生徒が、ぱらぱらと弁当を片付け始める。

「でも純一。お前中学の時は誰彼構わず好きですって告白してたのに、佳久さんにはなんですぐいかないの?」

「いや中学の時も、ちゃんと自分の付き合いたい人にしか告白しなかったぞ」

「だとしてもさ。なんで今回はためらうんだよ。

 実は俺さ、お前が女の子に告白してるところ見たことあんだけどさ」

「やな奴だな」

「そう怒らずに。

 で、俺見てたんだけど、お前凄いよな。『俺のことを好きになれ』って。あんな自信満々に告白する奴、初めて見たよ」

 牛嶋の言う告白シーンがいつかは知らないが、付き合いたい女性がいるときの、それは常套手段だった。『能力』を使って相手の心を虜にする。まったくもって卑怯な手段である。

「それがどうしたんだよ。昔の話だよ」

「だから、そんなに佳久さんが好きならさ、彼女にもそう言って告白すればいいのに。

 それに昔の話って、これ一年前の話だからな?恋多き男子高校生は一年前の告白など覚えていないと?」

 俺は高校生になってから極力『能力』を使わないようにしているが、それでも男の悲しさで、常にガールフレンドが欲しくて、とっかえひっかえしたくて、そういう卑劣な手は相変わらず使っていた。

 でも、彼女を好きになって。

 彼女と交際したいと考えたから、付き合っていたガールフレンド全員に土下座して、何とか別れてもらった。そして彼女には、今までのような卑劣な告白方法は使用していない。

 それはなぜか?牛嶋の疑問の答えは、はっきりしている。しかし…

 彼の質問に答えないまま、授業開始のチャイムが鳴った。

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