二人の生活
「心の病気ですね」
医者からそう告げられた。
27歳の5月の出来事だった。
治すには長い休息と治療費が必要らしい。
会社に勤めて5年目で今までこれと言って頑張ったことも無くて結局鬱になるのか。そんな皮肉が脳裏に浮かんだ。
「ねえ、私鬱になっちゃった。」
幼馴染の謙治に電話でそう告げた。
「大丈夫…な訳ねえよな。じゃあまた様子見に行くからちょっと待ってろ。」
そう言われ電話を切られた。
会社には訳を話して1ヶ月の休みをもらった。
家に着いた。体がだるい。何もする気が起きない。
一人暮らしで今の状態はきつい。もう何も考えたくない。
そんな事を思い目を閉じようとしたとき
「よう、準備に時間かかっちまった。」
そう言って扉を開けて謙治が入ってきた。
「来てくれたんだ。何その荷物?」
謙治が持っているのは明らかにキャリーバックだ。それも結構な大きさのやつ。
「ああ、俺今日からここで一緒に住むから」
あまりにもはっきり言われてすぐには何も言い返せなかった。
「え、何言ってるの?」
「そんな状態で一人だと辛いだろ。どうせ彼氏なんかいないだろうし実家に帰るつもりも無いんだろ?いいじゃん俺とお前のなかだ。気にするな!!」
お前が気にしろ。てか彼氏いないは一言余計だ。
そんなことを思ったが言ったところでどうこうなるわけでもなし諦めて何も言わないことにした。
謙治と私は小学1年の頃からの中で、家が近かった事もありよく一緒に帰ってたりしていた。まさか働くところも近くだとは思わなかったが…。
「お、まだ音楽やってるんだ。久しぶりに聞きてえなお前の歌」
部屋の角に置いてあったギターを手にとり謙治が言った。
「勝手に触らないで。置いてあるだけだから。」
大学の時以来ギターなんてさわってない。チューニングも弦のメンテナンスもしていない。ただ思い出として取っておいただけのギターだった。
「はいはい、置いときますよ。それでご飯何食べたい?作ってやるよ。」
そう言ってギターをおいた謙治は立ち上がりキッチンへ向かっていった。
「何でもいい。食べれるものなら何でも…」
もう相手をするのに疲れた。そんな私はなげやりにそう言った。
「ちゃんとリクエストしないんなら今日は焼き魚だ。サバのな」
私が魚を嫌いなことを知って言ってきている。
「………ハンバーグ」
焼き魚を回避するために思い付いた物を口にする。
「了解、じゃあハンバーグにしてやろう。サバのな」
「ちょっと…結局魚じゃん…」
「ちゃんと要望通りだろ?"食べれるもの何でも"と"ハンバーグ"って言ったじゃん。」
いたずらを思い付いた子供のような無邪気な笑顔だった。
私は観念してそのサババーグを食べることとなった。
「いただきます。…どうよ?うまいだろ?」
ニヤニヤしながらこっちを見てくる。
くやしいが魚が嫌いな私でも食べれるくらい美味しい。
「…美味しい」
認めたくないがそう言うしかなかった。
「そうだろうそうだろう。じゃあこれ食べて薬飲んで明日また病院行くぞ」
「え、付いてくる気なの?」
「当たり前だろ。明日は仕事休みだからさ」
どうやら私は一人でいることが少なくなりそうだ。そう思うと私の心は少し楽になった気がした。
実家の母に鬱の事を告げるとショックを受けていた。そして謙治が居座っている事も告げると一人じゃないならいい、謙治君なら安心だわと言われた。
帰ってこいと言われる覚悟があったので少し驚いた。
あいつは私の母にどれだけ信頼されているんだ一体…
そんなこんなで謙治と私の二人生活が幕を開けた。
今考えるとこの頃は楽しい生活だったんだろうと思う。
だからこそ今の私は彼(謙治)の事が大好きで、そして許せないんだ。