文化祭当日(鏑木一斗の場合)2
オレのその判断が正しかったかどうかは、まだ分からない。
もしかしたらやはり、間違っていたかもしれない。
それでもこれだけは伝えなければという使命感にも似た何かが一斗を動かしていた。
ホームルームがちょうど終わる頃、一斗のスマホには2件のメッセージが届いていた。
1件は千花からで、もう少ししたら学校に着くから校門まで迎えに来て欲しいという内容である。
そしてもう1件は和水からだった。
身体の具合を伺い、そして今日は都華咲と文化祭を回るという旨が書かれていた。
なんでも、学校に不慣れな都華咲を主人として放っておけないということらしい。
てっきりお誘いのメッセージかと勘違いしていた一斗は、自分の愚かさに悶々とする。
これはたぶん、暫く彼女を見かけるたびに1人で恥ずかしくなるやつだ。
華絵に別れを告げるのとほぼ同時に、千花が校門近くに姿を現した。
「お兄ちゃーん、こっちこっち」
「おう」
何事もなかったかのように出迎える。
「今誰か一緒だった?」
「いーや、相変わらず1人だけど?」
「うわ、普通に可哀想…。ま、今日は私が一緒にいてあげるからね。あっ、そだ!莉奈姉に会いたい!」
そう言うや否や先に校内へと入っていく千花。
一斗は後を付いていくように彼女を追い、そしてようやく自分の教室へと辿り着いた。
「どうしたんだよ、そんな幽霊でも見るみたいな…」
教室は廊下とは違って閑散とし、いるのは明宮ただ1人だった。
「……お腹は大丈夫なの?」
そうだった。
オレは腹痛で遅刻していることになっているんだ。
一斗は曖昧な返事で誤魔化し、それとなく視線を逸らす。
「2人とも何の話してるの?」
「高校生にはな、高校生同士でしか伝わらない会話があるんだよ」
「……お兄ちゃん、なに分けわかんないこと言ってるの…?ま、良いや。ねぇねぇ莉奈姉!」
ま、良いやって。興味をなくされて、お兄ちゃん悲しいよ。
「なーに?」
「一緒に文化祭回らない?」
「私と2人で…?良いけど、一斗くんどうするの?」
「あ、忘れてた。お兄ちゃんも一緒にどう?」
あ、忘れてたって。お兄ちゃん驚きすぎて涙すら出ないよ?
「莉奈姉が嫌じゃなければだけど」
その千花の言葉に思わず反応する。
いや別に特別好かれようなんて思ってはいない、いないのだがーー。
千花が間近で莉奈を見上げるのにつられ、一斗も無意識に彼女を見つめていた。
「そ、そんなに…」
この莉奈の言葉で、一斗は自分がらしくない行動を取っていたことに気づく。
「わ、悪い」
「ねぇーねぇー莉奈姉、3人で回ろ」
「う、うん…そうだね。私と千花ちゃんと……一斗くんの3人で回ろうか」
「やった!」
ほっ…。
ん?何を安心しているんだオレは…。
「ほらお兄ちゃんっ、置いてくよ!」
気付けば2人は既に廊下に出ており、もう1人が揃うのを待っている。
きっと気のせいだろう。
そうでなければおかしい。
なぜなら一斗を待つ莉奈の表情は、普段部活などで見せるそれとは違っていたからだ。
『そんなこと認めるわけないわーーー』
「どうかしたの?一斗くん」
「え…?あ、あぁ、なんでもない」
なんで今、アイツの顔が浮かんだんだろう。
しかもよりによって、退部宣言をしたあの日だ。
文化祭を周り、表面上は千花や莉奈と話をしながらも、一斗の思考は世那ばかりになっていた。
これから劇のことが不安なのか。
どこかさっきの明宮の雰囲気に、雪丘の通じる部分があったのか。
千花を探し、莉奈と射的をしながらも、一斗はただひたすらにそのことを考えていた。
「それじゃお兄ちゃん、本番頑張ってね」
「おう、任せろ」
予め確保していた席に千花が座るのを見届けてから、一斗は改めて辺りを見回す。
開演まで、もう間も無く。
劇が行われる体育館は、既に満員御礼といった客の入りようだった。
座席は既に全て埋まってしまっているようで、案内係のクラスメイトが、これ以降は立ち見になる旨を伝えている。
「ちょっと2人とも遅い!」
出演メンバーが控えるステージ袖に行くや否や、倉科監督から叱咤が飛ぶ。
「ほらっ、早く着替えて!」
一斗と莉奈は別々に移動し、専用の衣装へと着替える。中世の紳士風な衣装に、改めて自分はこういう役回りでないと思い知る。
「意外と似合って……は、ないかな」
最初に声をかけてきたのは華絵で、彼女に続き和水、都華咲、恋が各々の役衣装で現れた。
「見てください一斗様!」
「うっ…見てくれも何も、抱きつかれたら見えないだろ」
「和水様、本番前に髪型が崩れてしまいます」
今いる場所が薄暗くて良かったと思う。
もし少し先に見えるステージみたいに明るい場所だったら、この火照った顔を晒すハメになっていた。
「皆んなっ」
急いで準備したのだろう。
莉奈は息を切らして皆んなが集まる場所へと戻ってきた。
「どうしたんだよそんなに慌てて…」
「……いのっ…」
膝に手を当て、息を整えてから莉奈は不安そうな顔を上げた。
「せなっちが、まだ来てないの!」
一同騒然とは正にこのことだろう。
全員が全員辺りを見回し、彼女のことだから既にどこかにいるという認識が間違っていることに気付いた。
「来てないって…もうすぐ始まりますのに…」
「他の子に聞いたんだけど、せなっち、ホームルーム終わってから誰も見かけてないみたいで……。今、衣装係の子たちが校内探してくれてる」
ホームルームが終わってからということは、もう数時間は経っている。
雪丘のことだ、直前に逃げ出すような真似はしないはず。
そう誰もが思い込んでいただけに、この状況が何を意味するのかが理解できずにいた。
「わたしの……せい…」
その声の主はその場にしゃがみ込み、顔を覆って静かに泣いていた。
「わたしが…あんなこと、いったから……」
「落ち着いて恋ちゃん、一体どうしたの?」
華絵が隣に座り慰めると、途絶え途絶えではあるが、皆んなの知らぬ間に彼女と世那の間で思いも寄らないやり取りがあったことを知った。
ただ一点、恋が一斗に想いを寄せているという点は伏せられていたが。
「それで、そのあと雪丘さんは?」
「わからない……でも、もしかしたらまだ…」
恋が予想したのは屋上手前の踊り場だった。
「よし、それじゃあそれを衣装係の子たちにーー」
言い終わる前に走り出していたのは一斗だった。
後ろから皆んなが呼びかけるのも気にせず、他の人たちの視線にも目もくれずに、ただ走った。
目的地までに彼の頭に浮かんでいたのは、またもや退部宣言をした日の世那の表情だった。
どうしてあの場面ばかりチラつくのだろう。
でもそれは、もしかしたら今も踊り場で膝を抱えているかもしれない彼女を想像することで、一気に納得がいった。
雪丘世那という人間は、本当は強くないーー。
こんなこと、もし妄想に過ぎなかったら本当に部活を辞めてしまいたいが、あの日見た彼女ばかり気になるのは、オレの退部に動揺していたからなんだ。
もしこの妄想が間違っていないのなら、余計にオレはあの台詞を彼女に伝えなければならない。
階段を一段ずつ飛ばしながら、そしてノンストップで足を回転させていく。




