番外編 あの日の公園にヒーローを添えて!後編
途方もない作業を割り当てられてから1時間。
一斗の頭にあったのは、目の前で既にやる気をなくしている莉奈のことではなく、顧問が残していった紙の山の中身だった。
最初は連絡先らしきメモがあるものだけを探していたが、途中から一枚一枚の内容が気になり始めたのである。
というのも、全て学校関係の資料かと思っていたのだが、そうではなかったからだ。
「……どう?見つかった?」
相変わらずこちらを向くことはないが、明宮はこちらに答えを伴う質問を投げかけて来た。
「いや、全く。けど…」
「けど?」
一斗は特に興味を引いたものを莉奈に手渡した。
「あの人の卒論っぽいな」
タイトルは『教師とヒーローの類似性について』というものだった。
要約すると、教師に求められるのは知識でも学歴でもなく、ヒーローのような安心感だというものである。
『ヒーロー像というものは各々によって異なるだろう。ある人にとっては強さであり、ある人にとっては優しさかもしれない。しかしどのような理由が伴うにしても、ヒーローがいることで安心感が得られるというのは共通事項である』
「ヒーロー…」
莉奈はその単語を脳内で反芻する。
自分にとってのヒーロー像とはなんだろうか。
体格の良い青スーツの男性しか頭に浮かんでこない莉奈の脳内に、ふとなぜか、彼女が雷を嫌いになった日の出来事が思い返された。
あの日は友達と話し込んでいたせいもあり、いつもより帰るのが少し遅くなっていた。
そのため幼馴染の彼の姿は既に校内になく、莉奈は1人で石を蹴りながら歩いていた。
少しくらい待っててくれても良いのに。
そんなことを考えていると、石が転がる地面にポツポツと水滴の跡が付き始め、それは次第に勢いを増したのだ。
こまめに天気予報を見るような性格ではなく傘など持っていない彼女は近所の公園に駆け込み、雨を凌げそうな遊具のなかで雨宿りをすることとなった。
こんなことならいつも通りに帰っていれば良かったと後悔するなか、雨は降り止むどころか、バケツをひっくり返したかのように勢いを増す。
加えて怯える莉奈に追い打ちをかけるかのように、激しい雷が頭上で鳴り響いていた。
何も聞こえないように耳を塞ぎ、身体をできるだけ小さくする。
このまま帰れなくなってしまったらどうしよう。
そんなネガティブな考えが頭をよぎり、思わず涙が溢れてしまったときのことだ。
「明宮」
「…い、一斗くん…?」
服が身体に張り付くほどにびしょ濡れの状態で、彼は息を切らしていた。
「なんでここに?」
「お前朝、傘持ってなかっただろ?帰りはいないし、待つのも面倒臭いから先き帰ったら雨降って来たから探しに来たんだよ」
「…うっ、ふぐっ…」
「え、ちょ、なんで泣くんだよ」
「うわーん!一斗くんっ」
あのときの彼は私にとってヒーロー以外のなにものでもなかった。
一気に安心して、力が抜けて、そのせいでぐちゃぐちゃの泣き顔を見せることとなったのだから。
たぶん私が彼を意識し始めたのはあの日からだ。
どんなに変わり者だろうと、彼と一緒にいるだけで心が温かくなる。
そしてたまに、ドキドキする。
いつまでも自分の側で、自分だけのヒーローだと思っていた彼が他の子の元に行ってしまったから、私は単に嫉妬していた。
でもよくよく考えると矛盾してる。
だって私は、なんだかんだ優しい彼を好きになったのだから。
「どうした明宮、そんなに深く考え込んで」
こちらに不安げな表情を向けている幼馴染に、莉奈は思わず笑みがこぼれた。
きっと私が急に黙ったから、何か余計なことをしたのではないかと思っているのだろう。
「なんでもなーいよ。それより早く、先生のメモ探そうよ」
「…?お、おう?」
いつかこの嫉妬のせいで冷たく当たってしまっていたことを、彼に告白できる日が来るだろうか。
もし来たなら謝って、そしてちゃんと伝えよう。
あの日びしょ濡れで現れたヒーローに、長い間片想いをしていると。




