ラブコメ馬鹿に部活を添えて! 4
「それじゃ、はい、これが入部届け」
俺の心内事情なと鑑みず、雪丘は事務作業をこなすかのようにテキパキと書類を用意し始めた。
「お、おい待てよ。誰もまだ入部するとか、お前に協力するなんて言ってないだろ」
なぜ?という批判めいた感情が、彼女の顔からそれはもうハッキリと伝わってくる。
「確かに俺はお前の言う通り、暇だよ。遊ぶような友達もいねーし、これといった趣味もねーからな。だが、だからと言ってお前に協力するメリットがあるかといえば、それも見当たらない」
「あら、協力する意義ならあるわ」
なぜか雪丘は俺の方を指差す。
「アナタ、私の勧誘を受けたとき、もしかしたら自分がラブコメの主人公に適してる…とか、思ったわよね。それをバラすわ」
「ぶふぉっ!?」
思わず、何も口にしていないのにむせてしまう。
「あら、適当に鎌かけてみたのに図星だなんて。アナタ、意外に残念な人なのね。でもこれで、しっかりと証拠も確保できたわ」
徐に雪丘が制服のスカートのポケットから取り出したのは、ポータブル録音機。この部室に来てからの一連のやり取りが再生される。
「鬼畜野郎が…。ふっ、だがそれがどうした。たとえそんなものが学校に出回ったとしても、俺が残念な人間ということで終わるのみ。もともとボッチで失うものなどない俺は無敵っ…」
「馬鹿ね。私がそんなアナタの事情を考慮しないとでも本気で思ってた? まぁ本音を言えば、今の脅しで落ちてくれれば私としても手を汚さずに済んだのだけれど」
雪丘は録音機を、どこから持って来たのかノートパソコンに接続し、熟練のOLのようにブラインドタッチを披露した。
「さっきのやり取りは、アナタの声を手に入れるための行程に過ぎないわ。アナタの声、私が昨日準備したセリフ、そしてあたかも会話しているかのようにプログラムできる違法ギリギリの技術。これらを総合して、こんな作品が出来上がったわ」
エンターキーを気持ちの良いくらいの音でタッチすると、ノーパソから有り得ない会話記録が再生された。
「!!」
「どう? まるでアナタが私を襲おうとしているかのように聞こえない? 流石のボッチでも社会的制裁には逆らえないわよね」
なんという女だろう…。
雪丘の言う通り、人口的な会話記録では、まるで俺が彼女に襲いかかっているかのようになっている。確かに俺と、そして雪丘の声で。
「悲鳴とか、迫真の演技だな」
「あら、ありがとう。今日のために昨日の夜、10分くらいで仕上げたものだけれど」
一言一言が若干癪に触る。
だが本気で憎いと思えないのは、恐らく彼女の言葉に嘘がない、心からの言葉だからなのだろう。
少しだけ、ほんの少しだけではあるが、この雪丘という人物に興味が湧いた。
「もし、俺が社会的制裁もいとわずに入部を拒否したらどうする?」
「そうね、そのときはB案がC案を実行するまでよ」
なんと用意周到なやつだ。
「なにアナタ。なんでこのタイミングで微笑んでるの……? 気持ち悪いわ」
「うるせぇよ!」
成績は学年でダントツの1位、人間冷凍庫と噂されるほどのクールさで、必要以上に人とは馴れ合わない。
しかも口は悪く、人を脅すことに長けている。
だが、そんな彼女でもラブコメ大好きという異常なギャップを持っていた。
なぜかそれらのことを考えたら、思わず笑みが溢れてしまっていたらしい。女子に直接気持ち悪いと言われるのは、なかなか心に響くが。
「分かった、入部するよ。だけど1つだけ、俺からも条件を付けさせてもらう」
雪丘が眉尻を下げるのは想定済みだった。だが彼女が特に何か言うわけではなかったので、俺はそのまま言葉を続けた。
「協力するのは、ラブコメ環境が整備されるまでだ。それが成された瞬間、俺は退部する」
これはある種の、自分への言い聞かせだった。
これから彼女と共に部活をしていくとして、変に感情移入をしてしまい、下手な馴れ合いを避けるためである。
馴れ合いは、俺が最も嫌うものだ。
「えぇ、もちろん構わないわ。私の目的は、あくまでラブコメの素晴らしさをを伝えることだもの。それが達成したとき、どのみち部は解散するつもりだわ」
こうして交わされた、俺と雪丘の生産性のない約束。
退部と廃部を前提としたラブコメを追求する部活動は、静かに幕を開けることとなる。