ラブコメ馬鹿に予期せぬ一面を添えて! 9
「おぉ……」
「はぁ……」
「なんだよ2人とも、さっき駅でやってたようなこと言わないのかよ」
「一斗くん、私分かったよ」
「なにが?」
「人はね、本気で感動したときは、ビバ!なんて言わないんだよ」
「お、おぉ、そうか…」
「明宮さん、でもそれだと、2人でラブコメ漫画で事前予習したあれができないよ。でもごめん、私もあまりの感動に言葉を失っちゃって…」
「うぅん、カエカエは悪くない。深呼吸して、もう一回やり直そっ」
カエカエ…あぁ、柳本華絵だからね。
明宮と柳本さんは大きく息の揃った深呼吸をすると、少し後ろに下がる。
そしてそこから駆け始め、ジャンプをしながら大きく叫んだ。
『いざ!!夏休み!!!』
ビバ、じゃないのかよ。
「まぁ確かに、テンションが上がるのは分かるかもな」
粒木家の私用小型機で降り立ったのは、緑茶が名産の県にある別荘地だ。
ここらでベストな場所の土地を全て購入済みだそうで、プライベートビーチの規模が少しおかしい。
目の前には内陸県民の俺たちからは想像もできない見事な海が広がり、『ここは外国の風景…?いいえ、知人が国内に持つ別荘地です』というCMが作れそうである。
「あそこまで喜んで頂けると、提案した甲斐がありましたわ」
「意外と涼しいし、同じ国内とは思えないな…(左腕以外は)」
というのも、粒木が機内からここまで、腕に引っ付いて離れないからである。
もう慣れた光景だからか、新入部員の柳本さんですら何も言わなくなった。
「せなさま、あつい?」
「そうでもないわ。確かに鏑木くんの言う通り、海が近いからか少し涼しいわね」
「夜になったら半袖では肌寒く感じるくらいにまで気温が下がります。くれぐれも夏だからといって薄着のままではいないでください」
都華咲さんからの注意事項に、全員が揃って返事をした。
「それでは私と柊さんで荷物を運んで、今から夕飯の買い出しに行って参ります」
「あ、それなら俺も手伝うよ」
別荘は砂浜の直ぐ側で、室内からでも他の4人が遊ぶ声が聞こえてくる。
「それでは私は、買い出しに行く前に寝室のメンテナンスとお風呂掃除をしておきます。お手伝いありがとうございます」
「いやいやそんな、こっちこそこんなところに招待してもらってるので。風呂掃除くらいなら俺がやりますよ」
「ふふ、そのお気遣いだけで充分です。荷物を運び終えたら、どうぞ皆さんのところに行ってあげてください」
都華咲さんは俺にそれ以上言わせず、大人なウィンクで黙らせた。
「へんたい」
「あ、お前仕事もしないでどこ行ってたんだよ。それにまた変態呼ばわりしやがって」
都華咲さんもそうだったが、柊も今日は私服だ。
普段見慣れない格好なので、こう改めて見てみるとやはり普通の同い年感がある。
「へんたいは、へんたい。どーせもーそーしてたんでしょ?」
「妄想?」
「みんなのみずぎ」
「し、してねーよっ」
「それじゃあ、なんで、かお、あかいの?」
「これはほら、夏だから暑くて…」
「さっきはすずしーっていってたのに」
こいつ、意外に鋭い。
「な、なんでも良いだろ。それよりなんだよ、用があるなら話しかけてきたんだろ」
「おぉ、そーだった。このまえの、あいつのことだけど」
「立岡のことか?」
コクンと頷く。
「おなじくらすにあいつがいることは、もちろんせなおじょーさまもわかってる。ほんとは、もうにどとあわせたくはなかったけど…。おじょーさまには、あのひのことはいわないで。それで、あいつのはなしをするのもきんし」
「流石にな、友達いない俺でも、あんな状況を目の前で見せられたら何かはあったんだろーなって思うし、それは話すべきことではないってのは分かるわ」
「わたしは、おじょーさまになにもしてあげられない。してあげられるのは、きっと…」
アホ毛のリスみたいな瞳が無言で俺を捉えた。
「な、なんだよ…」
「ひとつ、かくにんさせて」
柊は俺の両頬にそっと手を添えると、そのまま彼女の顔を、背伸びして俺に近づけた。
「!!!ちょ、お前っ、急に何してっ…」
そんな流れはどこにもなかった。
どうしてこんなことをしたのか、恐らく一生理解できないのだろう。
柊は俺に唇を重ねると、無言のまま走ってその場を後にした。




