ラブコメ馬鹿に予期せぬ一面を添えて! 1
「ごめん。ごめんね…」
急に降り出した大雨が建物全体を四方八方から殴りつけている。
部屋は近くに落ちたであろう雷のせいで停電していて、真っ暗でほとんど何も見えなかった。
そんななか俺の傍で静かに眠っている彼女は、小さくも力がこもった声で、絞り出すように誰かに謝っていた。
どうして、そんな弱気なんだよ。
いつもの強気な態度や言葉遣いからは想像もできないほどに脆いその様子に感化されたのだろうか。
俺は正解の反応がわからず、眠っていてこちらの声が聞こえてもいないであろう相手に取り敢えず「お前が悪いんじゃない」と返答をする。
こいつを守ってあげる必要がある。
そんな使命感になぜか駆られ、俺は無意識のうちにその少女を優しく抱きしめてた。
さてーーー。
この状況の説明をするには、ここに至るまでの流れの根幹をおさえなければいけないだろう。
ちなみに今は夏休み真っ只中なので、話はそれより前、一学期終盤まで遡る。
体育祭が終わってから、1ヶ月ほど経っただろうか。
そろそろ本格的に夏だと感じる気温となってきて、周囲も気づけば全員夏服へと衣替えをしていた。
夏休みを数週間後に控えた高校生たちは、もう既に遊びの予定を立て始めている。
こういうときだけ先を見据えて生活しているなと、俺は若干皮肉めいた感想を心に留めた。
計画を立てるのは自由だが、それより俺たちには達成しなければならない優先事項がある。
「明宮さん、何回同じところ間違えるつもりかしら?そのときのifは『もし〜なら』ではなくて、『〜かどうか』の意味よ。1つの単語に複数の意味があるって教えたでしょ?」
「えーでも、無理矢理なら絶対に意味が通じないわけじゃ…」
「不正解は不正解。やり直しね」
「あーん、鬼ぃ」
部室で明宮が勉強をしている姿があまりにも新鮮なのだが、もう俺としてはここ1週間毎日眺めているワンシーンとなりつつある。
現実として何をやらなければならないのか。
そう、それは一学期の締めくくりとして行われる期末考査である。
「ですから和水様、恋愛を題材とした和歌ばかり眺めていても古文の勉強には…」
「だって都華咲、この崇徳院という方が読んだ詩…。まるで一斗様を想う私のようですわ。いつかはきっと再会しようという決意、あの頃を思い出します」
「はぁ……普通に勉強をしていれば点数は取れるのですが、思わぬ寄り道を見つけてしまいましたね…」
都華咲さんは軽くため息をつきながら、和歌に没頭している粒木の横で自分の試験勉強を始めた。
学校に籍を置いている限り、他の生徒同様に試験を受けなければいけないのだという。
ここ最近は1週間のうち出席しないのは1日か2日くらいで、だいぶ学校にも慣れてきたようである。
まぁ一方で、学校には来るものの慣れようとしないやつも若干1名いるのだが。
「じゃあ、恋ちゃん。この遣隋使を派遣したのは?」
「ちょびひげ」
「この金閣寺建設に関わったのは?」
「はげ」
「……このちょび髭で尚且つ若干ハゲてる髪型の、本能寺の変で命を落とした武将は?」
「……ちょんまげ」
「なんで、そんなあまりにも抽象的な覚え方なの」
柊に勉強を教えるのは、新部員となった柳本さんだ。
体育祭があったあの日、柳本さんは突然、国家促進部に入部をしたいと言ってきた。
雪丘に聞いてみないと分からないと、決定権のない俺は保留の回答を伝えた。
しかし次に部活に出てみると既に柳本さんの姿があり、雪丘は二つ返事で了承したということだった。
『入部を受けた理由?別にそんなの、部活に入りたいって言ってたから受けたまでよ』
こんな答えを彼女から聞くなんて意外だった。
意外と言えば、これだけではない。
なんだか最近雪丘の様子が変な気がする。
何か話しかけると、普通に会話が成立するのだ。
いやそりゃ、それが世間としては当たり前なのかもしれないが、俺と雪丘に関しては常識ではない。必ずと言っていいほど、雪丘の暴言や罵倒めいたものが介入してきていた。
正直どうでも良いと言えばどうでも良いので、気にしなきゃいいだけの話である。
それにしても、なんだか大所帯になってきたな。
自分を含めて計7人。実績はともかくとしても、人数だけであれば下手な文化部と同じくらいではないだろうか。
雪丘に初めて部室へ連れてこられた時に比べたら、だいぶここの印象も変わってきた。
印象が変わったのは、柊や都華咲さんが随時、俺たちが快適に過ごせるように模様替えや掃除などをしてくれているからでもあろうが。
段々部室というより、少し広めの部屋という感じだ。
そんな風に部室全体を眺めていたとき、ふと明宮に勉強を教えている雪丘と目が合った。
わざとらしく逸らされ、やはりいつもの雪丘かもしれないと先の考えを改める。
「うぅ、なんだかアルファベットアレルギーになりそう……。せなっち〜、休憩しよ休憩。ね?」
「駄目よ。そんなこと言って逃げるから、いつまでも出来るようにならないんじゃない。それに、さっき休憩してからまだ30分しか経っていないわ」
「言ってることが正論すぎるよ…」
そんな明宮と雪丘の会話に柳本さんが口を挟んだ。
教える側ではあるが、彼女はまた別の理由で小休止を挟みたかったのだろう。
「辛いことがあるなら、先に楽しみをつくれば良いんじゃないかな」
「楽しみ…。例えば?」
「今この学校で、皆んなが期末試験という現実から目を背けるためにやってること、かな」
「…夏休みの計画立てか」
さすがは似た者同士の柳本さんである。
例えの裏側に若干のアイロニーというか、俺と通じる考えを持っている。
「夏休みの計画……。そうですわ一斗様!私すっかり1つ、お伝えすることを忘れていました」
パンっと粒木は上品に手を叩く。
「お、おぉ、どした」
「この前の体育祭で、私皆さんに、大小関わらずご迷惑をお掛けしましたわ…。そこでそのお詫びというわけではありませんが、是非今度の夏休み、粒木家が持つ別荘の1つにご招待しようかと」
「べ、別荘…?」
いち早く反応したのは明宮だった。
「私も?」
「はい、勿論ですわ。国家促進部の皆さんで行きましょう」
「新参者の私も?」
「えぇ、入部時期など関係ありません」
「……雪丘もか?」
当人が聞くわけもなく、なんとなく俺が質問していた。
「特に問題はないですわ」
粒木が放った一言と、ほんの数分の会話で、これまで家でゴロゴロとニートじみた生活を送るのみだった俺の夏休みに、まさかの予定が入りそうである。




