ラブコメ馬鹿に部活を添えて! 2
「えーと、あの…」
「あら、ようやくお目覚めかしら?」
うんまぁ、フリだから元々目覚めてはいるんだけど。
出来ることなら夢だとも思いたい。
なんでよりによって俺みたいな平凡極まる人間が、リア充たちに噂されるほどのクラスメイトに声をかけられているのか。
目立ってしまうではないか。
それにしてもーー
「なにかしら? 顔に何か付いてる?」
「いや、別に」
黙ってりゃ、相当な美少女だ。まともに正面から顔を見たのは初めてだが、成績優秀、確か武道も嗜んでいて、顔立ちも良い。こんな完璧な人間がいるものかと、普通に感心だ。
だがそれまでで、それ以上の興味は湧かないが。
「聞くまでもないだろうけど、暇でしょ? 少し付いて来てくれないかしら?」
俺の返答を待つまでもなく、雪丘世那は長く綺麗な黒髪を靡かせて先に廊下へと出た。
俺はなぜにこうなったと軽くため息をつき、クラスメイトの突き刺さるような熱視線に耐えながら、彼女の後を追う。
「で?何の用だよ」
結局連れてこられたのは、1年生の教室が並ぶ一階のなかで、最も端に当たる空き教室だった。
ここまで来ると、昼休みの喧騒もほとんど聞こえない。
こんな良い場所があったのかと、参考程度に記憶に留める。
「ここ、知ってる?」
雪丘が指差すのは、空き教室の扉だった。
そこには味気ない文字とプリントでこう書いてある。
『国家促進同好会』
「…うん……訳分からないし、コメントに困るな」
「あぁ、別にこの名前に対するアクションはいらないわよ。所詮、優等生好きの教員たちの目を欺くためのものだもの。これからのためにも一応知っているかどうか確認しただけだから」
「お前…」
「なによ」
「オブラートって知ってるか?」
「? あの科学の実験で使う物のことかしら?」
雪丘はガラガラと扉を開くと、そこにはなんとーー
何もなかった。いや、正確には机が1つと椅子が1つ。教室の真ん中にポツンと、それだけが昼過ぎの日光に照らされている。
彼女はその机に歩み寄る。するとそこに彼女が加えられただけで、まるで名画のような場面を演出した。
「それじゃあ、本題ね」
椅子ではなく机に腰掛けた彼女が話し始めたことで、自分が今、見惚れてしまっていたことに気付く。
「あ、あぁ」
「貴方には…是非とも私のために、生贄になって欲しいのよ」
「………ん?」
は? 生贄って言ったか今?
「いや、さすがに生贄って表現は良くなかったわね。ごめんなさい、訂正するわ。私の奴隷になりなさい」
いやいや雪丘さん。余計ひどくなった上に、今度は命令調になってるよ。
「よく、意味が分からないんだけど」
雪丘は少し、逡巡する。
「そうね、私としたことが、少し結論を早まってしまったわ。凡人にはしっかりと手順を踏んだ説明が必要だったわね」
すると彼女は机の引き出しに手をやると、一冊の書物をそこから取り出した。
「これ、知ってる?」
「ん?」
逆光のせいで上手くそのタイトルを読み取ることができない。
俺は大して興味もなかったが、ほんの暇つぶしの気持ちで少し彼女に近づく。
「えー…あー…」
なんだろう。なんだかやけに、色の多い表紙のようだ。
一歩、また一歩と、なるべく最低限近寄れば良い距離ギリギリを探る。
そして遂に、その全てが明らかになった。
『ラブコメ君主論』
…ん? ん、ん、ん???
え、いや、ちょっと待て。え? あれ、なにこれ、え?
「あのー雪丘さん、ちょーっと本題に入る前に聞きたいことが……」
キーンコーンカーンコーン。
オレの言葉は昼休み終了5分前の鐘に消し去られ、それと同時に雪丘はその書物、いや、かつて少年漫画誌に掲載されていた王道ラブコメ漫画の単行本を机に戻すとこう告げた。
「また放課後にここに来てもらえるかしら。その『……』に当たる部分は、また後で聞くことにするわ」
なにも整理がつかないなか、謎の約束だけが交わされて取り残された俺だった。