ラブコメ馬鹿に部活を添えて! 1
この高校には『人間冷凍庫』と呼ばれる同級生がいるらしい。
それは俺、平凡極まりない高校生である鏑木一斗が越丘高校に入学してからおよそひと月、段々と周囲の人間と溝を深め始めた頃の噂話だった。
いつも通り大して眠くもないのに机に突っ伏していた俺は、昼飯後に眠くなる人を演じながらボッチイヤーを駆使していた。
ボッチイヤー(耳)とは、人と会話をせずとも、この学校の情報を収集できるという選ばれし者にのみ扱える秘技である。
「人間冷凍庫? え、もしかして怖い話?」
クラスの女子が、不安そうな声を出す。
確かにこの単語だけ聞くと、なにか事件をモチーフにした怪談にも聞こえそうだ。
ちなみにコイツはリア充グループに属する明宮莉奈。
一応、俺とは幼馴染であるが、住む世界が違うため殆ど絡むことはない。ちなみに家は隣同士である。
「しっ、声おっきいーって」
そう答えるのは明宮の友達で同じくカースト上位の女子、倉科由良である。どうやら、その人間冷凍庫なる人物は同じクラスにいるらしい。
「で、その人間冷凍庫ってなんなん?おもろい?」
こいつは潮田なんとか。下の名前は忘れた。芸人でも目指しているのか、いつも語尾に「おもろい?」と付けたがる。実におもろくない奴だ。
「クラスメイトの、彼女のことだろ?物凄く人当たりが冷たい、話しかけても無視される、クールを拗らせたような態度。まぁ僕は別に、それは個性だし、悪くないと思うけどね」
こんなクサイことを言えるのはクラス一のモテ男、いや、噂だと学校一とも名高い立岡雅樹だろう。
こんな歯の浮くセリフを言っても鳥肌が立たないのは流石と言って良い。ちなみに立岡と倉科はカップルであるが、それは正直どーでも良いので紹介に止める。
「よかったー、怖い話じゃないのか…。それで、どの人がその人間扇風機?」
先に言っておくが、明宮は少し頭が弱い。
でも悪いやつではないのだ。
ガタン。窓際の席で椅子を引き、誰かが立ち上がった気配がした。それと同時に俺の席近くで花開いていたリア充たちのトークが止まる。ついでにクラスの空気も。それはもう、ピタリと。
「え、なんか、こっち来てるけど…?おもろい?」
つかつかと一定のリズムを保った足音は窓際から廊下側、つまり俺の席の近くまでやって来たーーかと思うと、なぜかそのまま廊下には出ずに、俺の席横で停止した模様である。
「ねぇ」
俺はこの声の正体を知っている。そしてさっきのリア充たちの話から推測するに、こいつが噂の冷凍庫さんだ。
「聞こえてるわよね?」
おおよそ、噂話されたことに対してリア充たちに一言、物申しに来たのだろう。
おー怖い怖い。俺はここで修羅場が繰り広げられるのを静かにリッスンしていようーー
「寝たフリなんて、情けないわね」
……ん? あれ?
「あなたに話しかけているのよ。鏑木くん」
あぁ、なんてこった。思わず反射で顔を上げると、そこにはたしかに俺を見下す美少女が1人。噂通りの凍てつく眼差しで俺のことを見つめていた。