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旅路の果て  作者: K.T
1/5

「今度のヤマはすぐに解決できそうですね」


 白黒ツートンカラーのクラウンで迎えに来た新人刑事の野崎が、今度の事件について最初に述べた感想がそれだった。


「…さあて、どうだかな」


 有坂は助手席のシートを窮屈そうに倒しながらそう答えるだけにとどめる。窓外を流れるヘッドライトがまばらに二人の顔を照らしていく。


 野崎は背が高く、面立ちが整っており、モデルと言っても通用しそうな見た目だ。その若々しい外見どおり、経験がまったく足りていない。


 刑事にとって思い込みほど危険なものは無いのだ。それがこの新人にはまだ判っちゃいない…


「やだなぁ、ザカさん。そうに決まってますよ」


 ぼんやり考える有坂へお構いなしに、野崎がけらけら笑いながらそう答えた。


「お前、まだその目で実際に現場見たわけじゃないだろ」


 ちらりとダッシュボードの時計に目をやると、23:33とある。都合一時間とちょっとしか寝れなかった計算だ。


 十連勤明けの久しぶりの休日、だのに寝入りばなを叩き起こされて有坂はいささか不機嫌だ。せめてあと6時間後だったなら、と思うのもやむなしだろう。


 ちなみに何故有坂にお鉢が回ってきたかというと、ここ数日彼の属する捜査一課を季節外れのインフルエンザが席巻したためだ。有坂と野崎以外はみな多かれ少なかれやられ、当初は自分の幸運を内心誇らしく思ったものの、今では己の無駄な頑健さに恨めしさすら抱いていた。


 せめて相棒がこいつじゃなければどれだけましなことか…


「そりゃあそうですけどね」


 ハンドルを握る野崎はべらべらとのべつ幕無しに喋り続けていた。こういうところが実に疲れるのだ。


「何せ目撃証言もですが、自白してるんですからね。ばっちりじゃないですか」


 そう、今回の事件は楽なものだと上層部も判断している。だからこそ、直ぐ終わるだろうと踏んで非番のはずの有坂を回したのだ。


「確か、車道に突き飛ばされて轢かれたんだったか」

「そうっす。大体一時間前に連絡がきたんすよ。場所は明治通りを南下して原宿に差し掛かる辺りです。交差点で、通りがかったトラックが左折しようとしたタイミングで」


 ちょうど赤信号になったところで車を止め、野崎がジェスチャーで押す仕草をしてみせる。

 有坂はふんと鼻を鳴らした。


「てことは酒を飲んだ上での喧嘩の末ってとこかねぇ。ちょうど花金だし」


 有坂の呟きに、野崎は視線を向けずに答えた。


「いや、酒は飲んでないそうですよ」

「ふぅん?」


 その言葉に有坂は首をひねった。


 殺人なんてものは、事故で無い限り大抵衝動的なものだ。現代日本に生きる人間が、人を殺すための念入りな計画を練るなんてそうそうできることではない。何しろこの国では殺人者が警察の手から逃れつづけることは非常に難しいため、冷静に考えれば考えるほど追い込まれる可能性を想定してしまうからだ。


 だから、普通の人は頭の中でだけ殺人を起こすのだ――酒や薬のせいでセーフティーロックがぶっ壊れてでもいない限りは。


「それで、そいつはどうしたんだ? さすがにこの時間だ、追いかけるのも手間だったろう」


「いや、現場で聞いた話しだと警察が来るまでじっとしてたそうですよ」


「じっとしてた、ねぇ…」


 妙な話だ、有坂は思った。


 素面で殺人を犯した奴が、普通その場にじっとしているだろうか?


 こりゃあ一筋縄ではいかんぞ…予感が有坂の頭をクリアにしていく。

 そして、その予感は当たっていたのであった。


 ………

 ………………

 ………………………


 署につくなり有坂は用意された資料を苦しそうに咳き込む同僚から受け取り、すばやく目を通した。


 内容はあらかた野崎がパトカーの中で言っていたことと同じだ。


 ひとまず質問内容を頭の中でまとめると、有坂は大股で取調室へ向かった。


 署内の奥まった位置にある一部屋に立つと、扉を軽くノックする。


「有坂だ」


 その言葉で、がちゃりと扉の向こう側から鍵を開ける音が聞こえる。有坂が扉を開けてくれた警官にうなずいて見せると、彼は無言で頷き足を踏み入れた。


「ごくろう」


 取調室に踏み入れるなり、有坂はさっと視線を中央へ向けた。狭い部屋には中央に一つ大きな机が置いてあり、こちらに向かうようにしてひょろっと背の高い痩せぎすな男が座っている。彼が目下のところ最重要容疑者とされる高柳だろう。


「お待たせしました、有坂と言います。高柳源一郎さんですね」


 相手に向かって慇懃に言うと、椅子に腰掛けてこちらに背を向けたままびくりと大きく肩を震わせた。


「…私が殺したんです」

 資料どおりの返答に有坂はつい苦笑してしまう。


「ま、ま、お気を楽にして。私実はちょうど今さっき来たところでしてね。改めてお話を伺いたいんですよ」


 素直に話を聞き出せるならそれに越したことは無いが、仮に返事をしなくても得られる情報はいろいろあるものだ。


 例えばネクタイの柄は少し前の流行のものだが、先端にしわがよっている。背広も品の良い物を着てこそいるが、袖にほつれが見えるためネクタイと併せて非常に貧相な印象を有坂へ与えた。


「そんなわけでしてね、幾つか話を聞かせてくださいませんかね。なに、これは形式上のもんです」


 有坂が努めて気楽な風に声を掛けると、高柳は一旦は見上げた…が、すぐに顔を俯かせてしまう。ちらとではあったが、その目に大きな隈ができているのを有坂は見逃さなかった。


「えぇと…まずは状況を確認しますね」


 高柳の返事は無い。有坂もお構いなしに続けた。


「被害者は東京T区住まいの片山昭太郎さん。トラックに跳ねられ頚椎損傷、即死と思われる。で、高柳さん、あなたとは昔からの友人だとか」


 手元の資料をまくる音が止まる。高柳からの返答は、無い。


「それでトラックの運転手によると、あんたたち二人は原宿方面からやってきた。交差点に差し掛かったところで赤信号になり待っていたが、右手からトラックが走ってきたときにつかみ合いになった。運ちゃんは交差点で本来なら減速するところを、仕事の遅れから落とさずに突っ込んだら、そこへ片山さんが突き飛ばされてきた。こう言ってる訳だが、ここまではあってますかい?」


 無言。


「高柳さん。あんた自らが友人を車道へ突き飛ばした…そう解釈していいんですかね?」


「……はい」


 それきり返事は無い。ならばと切り口を変えてみる。


「高柳さん。あんた、お住まいは埼玉だっけ…K市か。ここから結構ありますな」


 手元の資料に目を落とし、ページを繰った。


「いくら花金とはいえ、もう少し早い時間のほうが帰る都合にゃいいでしょう。わざわざ殺したいと思うような相手と会うにはいささか遅すぎると思うんですがね」


 うつむいたままの高柳からは、表情が伺えない。ただ、かすかにひざの上に置かれていた両拳がぎゅっ、と握られた。


 しばらくじっと睨み、何か続けるかと待っていた有坂だがやがて根負けし、再び資料に目を戻した。


「それから、あんた…大金持ってたんだって? えぇと…三百五十万? 結構な額だが、いったい何だいこりゃ?」


 高柳の格好とはあまりにそぐわない大金だ。それもあって、高柳の立場は悪くなっているのだがやはりこれについても返答はなかった。


「これもだんまりか。なあ、あんたが殺したとするなら、動機はなんだ? これは片山のもので、あんた奪ったのか? せめて何か言わないと、あんたの立場は悪くなるばかりだぞ?」


 やや間を置いてから、ゆっくり高柳が口を開く。


「私が…殺したんです」


「…はぁ」


 思わず有坂は呆れてしまった。


「それはもう聞いたよ。そうじゃなく、動機や説明をだなぁ…」


 時計の針が秒を刻む音が静かに響く。

 だが、それ以降高柳の口が開くことは無かった。

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