7. 週末のお仕事の話
微笑を崩さず、狭く仄暗い部屋の中、無数の小さな灯りに照らし出されながら座る。 そこで休みなく来る信徒達の懺悔という名の愚痴を聞く。 それが週末の仕事。
なんて恰好をつけてみたものの、私がやっている事はカウンセリングという名のただの愚痴ききが主だ。まあ資格を持ってない人ができるのなんてそのぐらいですよね。 ローカル旅人観光客問わずに基本無料でメンタルサポートだの病気を発症する前の予防策クラスだのサポートグループだのを毎週土日、朝八時から夜十時まで実地しております。 プライベートやグループなど形態を症状性格等に合わせて選べる嬉しさ。 また、本当に治療が必要な人には適当な病院の紹介をしたり、多少の料金が発生するけど保険持ってなくても掛かれるよう特別に呼んでいる医者等に診させる事もある。 ようは社会奉仕だ。 しかしそんな崇高な見た目とは裏腹に、これは全て持主様の純然たる趣味で行われている。 善意も悪意もないただの趣味だそうだ。 こういう所は本当に理解ができないけれど、やっていて楽しいらしいので、人形として全力でお手伝いしている。
基本的には、話を聞いてあげて、一緒に悩んでほしいなら解決策を共に探り、慰めて欲しいなら望むように、そして色々やばかったら然るべき機関に誘導する。 大体の場合トラブルも何もなく終わるけれど、時々少しおかしい人が来る。 そういう場合は好きに対応する許可が出ているから楽だ。
それなら誰でもできるから眷属達は休めるだろうと思われる事が多いのだけれど、この仕事は感覚共有できる彼らか私が最低一人は各所の各時間帯に参加してないとなぜか怒るからそういう訳にはいかない。 それはもうネチネチとしつこく静かに怒る。 緊急事態の時はしょうがないから諦めてくださるけれど、苛立ちと拗ねるのが混ざると本当にめんどくさくなる。 外ならいざ知らず、神殿や教会内ならダイレクトに監視出来るんだから別にいいじゃんね?
とにかく、本当なら、私は大神殿カリエスで午後の部を担当していればいいだけだった。 朝早く起きたくないから夜にしてもらっている。 だからいつもの時間に起きて、いつものように朝食をとり、昼まで適当に時間を潰す。 早めのお昼ごはんを食べたら、ハルカさん率いる朝組と交代。 私含む昼組が終了時間まで仕事を引き受ける。 終わったら皆で夜ごはん食べて、解散して、持主様の気分によりお相手つとめる事もあるけど基本はそのまま就寝。 日曜日も同じスケジュール。 基本的にはそんな健康的な週末。
なのに、その予定が今日は大いに狂ってしまった。
思えば、日の姿形も見当たらないほど朝早く、普通に自室で寝ていた私の処に南地区担当の一人であるポーラさんが静かに、だが確かにドアをこじ開けて来た時から今日の不幸が始まった気がする。
「ヨルー! ごめん起きて!」 叫ぶと同時に掛け布団を引き剝がし、ポーラさんは私を引きずりだした。
「え、なに、なんです?」 彼の見事なゆるふわ金色ウェーブが視界をちらちら横切るけれど、奇麗な青色の目はどこにも見えない。 肩に抱えられているようだ。 答えをくれないまま彼は私を担ぎ上げると、その足で寝間着のまま神殿の外に連れ出し、横に止めてあった車の助手席に放り込んで彼の協会へと急発進した。
持主様に何も報告してないしどうしようとも思ったけれど、カリエスから連れ出された時点でも何も反応がないので話は通っているんだろう。 私に打診も連絡も無いのはいつもの事だ。 だから大人しくシートベルトを締めた。
奥の部屋の一つに放り込まれると、ポーラさんと同じく信徒であるギルベルトさん、フィーリさん、そしてアスカさんが手ぐすね引いて待ち構えていた。 気分は狼の群れに放り込まれた羊だ。 そして予想通り、下されるが早いか速攻女子力高く身嗜みを整えられた上でフル装備させられる。 私のと似たサイズのハイネックのシンプルな真っ黒ローブ、緑と金色の手の込んだ八片の花と葉っぱの意匠の上着、金色の腰飾りの紐、靴下にブーツ、手袋、同じく持主様の意匠の首飾り、そして起こす前にパクっといたのだろう私の仮面。 顔の上半分を覆いつくすけれど穴なんてないそれは、持主様が介入して初めて周りが見えるようになる。 首輪の銀板にも八片の花が彫られているのだし、首飾りはいらないと思うけど一応毎回つけている。
この装備は見た目よりずっと軽いどころか、加護がついてるので普段より体が軽くなるけれど、心は重い。 凄く眠い。 ベッドで眠りたい。
そんな愚痴を頭の中で言っていると、おもむろにおにぎり複数と漬物いくつか、そしてほうじ茶を押し付けられた。 朝食代わりという事だろう。 その流れで皆に慌ただしく放置プレイを始められたので、それらを心の赴くまま頬張る。 うまい。 ……少し頭が覚醒してきた。 これ多分、ナサニエルさんが逃げたな? ダリルさんはやる事一杯あるから週末の仕事に入る訳には行かないし、テフナさんは出張中だ。 だから私が呼ばれたのか。
食べ終わる頃になると、案の定ダリルさんが入ってきて開口一番謝られた。 多少白髪が混じってきた黒髪で、一般市民にも大人気なこのダンディかつナイスミドルなおじ様は、眷属第四位でもある。 穏やかなその性格とテナー声のせいか、信徒か否かに関わらずファンが大量に居る。 後、ここアルーナの東西南北のメイン教会を束ねる責任者でもある。 彼の知恵の回りようといったら、ユウリさんさえ超えるんじゃないかとたまに思う。 そんな彼は、疲れたように向かいのソファに沈み込んだ。
「ごめんねヨル」困ったように笑う彼はそれでもかっこいい。「ちょっとナサニエルが逃げちゃってね……手伝ってほしいんだ」
「ええ、私で良ければもちろんお手伝いいたしますが……ナサニエルさん、今度はなんで逃げたんです?」 この間は確か嫌いな人が来てるからだったはず。
「今日が当番なのを忘れてて飲みすぎて体調が悪いから、らしいね。 その割には追手全員振り切ったんだけど」
「元気じゃないですか」
「元気だよねぇ」
なのに持主様の目になれるほど気に入られてるんだよなぁ。 あの方は信頼していないと簡易な繋がりすら与えないから、ナサニエルさんの立場は本当によくわからない。 多少なら反抗も楽しまれるが、よく逃げる彼女を傍に置くどころか感覚共有まで与えている。 実はああいうのがタイプなのではなかろうか。
「まあ、捕獲するまで探すから……頑張ってね」
「はーい」 全部奇麗にさらうと丁度満腹になった。 ダリルさんには普段優しくしてもらっているし、人形は人形なりに主の部下をお手伝いしましょうか。
お昼過ぎ。 次の人を待っていると、珍しくノックなしにドアが開いた。
「ひさしぶり、ヨル。 列切れたし昼ごはん食べに行っていいよ。 とりあえずは私が入るから、食べたらそのまま帰って大丈夫よー」
「あ、テフナさん。 ありがとうございます」 加護つきとはいえど、素手ですらそこらの守護兵じゃかなわない怪力を誇り、性格もさっぱりならそのこげ茶のショートヘアもさっぱり。 なのに見た目は可憐なお嬢様、人呼んで姉御の第三位テフナさん。 ユウリさんとハルカさんに次ぐ実力者だ。 でも乙女らしい所もあり、場合によっては人気投票で苛烈な一位争いを繰り広げたりする程の人気を誇っている。
「どいたま」 子供のように笑う彼女は今日もかわいらしい。
「なんか機嫌良いですね」
「そう?」 小悪魔のごとき顔である。 かわいい。
「ひさびさにダリルさんと会えたのが嬉しいんですね?」 立ち上がりながら意地悪くも聞いてみた。
「あ、わかっちゃうか」 ダリルさんとテフナさんは夫婦だけれど、ここ何日かはテフナさんは外仕事に出ていた。 だからこのテンションの高さもわかる。
「いやーいいですねぇラブラブ夫婦! 羨ましいです」
「でっしょー!」
「ほんと羨ましいです。 あ、お昼ご飯ですよね? 行ってきます」
「ふふん、いってら」
今日のごはんは何だろね。 お肉だと良いな、などと思いながらここの食堂に向かう。
ピリ辛豆腐パスタを食べ終わる頃、遠くの方からびったんびったんと何かが跳ねる音が近づいてきた。 じわじわと視線が食堂の入口に集まりきる頃には、その前を守護兵のお兄さんが一人、両手両足含めて雁字搦めに縛られても元気に跳ね回るナサニエルさんをロープで引き摺っていきました。 わお。
つやつやの長い黒髪がざんばらに踊り狂い、下にある意思の強い瞳は今は見えない。 見えないといえば、恐らく全力で呪いを叫ぼうとしているであろう大きな口も隠れていた。
「見つけたっぽいねぇ」
「ですねー」
来たばっかりの隣のお姉さんと微笑みあう。 いつも水揚げされた魚のようにスタミナマックスのナサニエルさんのあの姿は、もはや日常の一部だ。 何かやらかしてはダリルさんや守護兵たち、たまにテフナさんに制圧されている。
「あ、じゃあヨルちゃんお仕事終わりだね?」
「そうですね、帰って惰眠でも貪りますか」
「いーなー、うらやましー。 ヨルちゃんってほんと良い生活してるよねー」
「あははは」 実情知ったらそんな事言えなくなるけどな。
トレイを所定の位置に戻して食堂を出て、ダリルさんの部屋に行って挨拶する。 そしてさっさと着がえて帰ろうと思ったけれど、寝間着だったのを思い出してこの礼服を借りる事にした。 恥ずかしさからではなく、単純に寒さ防止のために。 明日カリエスに来るついでに取りに来るそうなので、明日は出る必要なさそうだ。
手提げバッグを貸してもらい、お小遣いも多少だけど貰った。 散歩ついでに昼下がりの街をぶらぶらと帰路を辿る。 ついでに買い食いでもしていこうかな、と思い立ち、クッキーの袋を購入した。 持主様の昨日のご機嫌は悪くなかったし、今日は何もないはずなので、今日も穏やかでいらっしゃるだろう。 おやつにこれでお茶をしよう。
『何をもってあんなものを趣味だと思ったんだ』
「なんで思考読んでるんですか」
『本じゃあるまいに読めるわけなかろう。 お前は顔で喋りすぎなんだ』
プライバシーの侵害だ。 趣味じゃないならなんで傍に置いてるんだ。
カリエスの昼の部は、お仕置きも兼ねてナサニエルさんにやらせると聞いたので喜んだのも束の間。 自室に戻ると穏やかな午後の日差しの中、持主様が拗ねていた。 なんだと思って寄って行ったら、開口一番そんな事を言われてしまう。 憤慨してらっしゃるらしいがそうしたいのはこっちだ。 クッキーとお小遣いの残りをテーブルに置くと、クローゼットの中の箪笥から飾りっ気も何もないワンピースを出して着替えた。 私の思考はどうやらフラグになっているようだ。 余計な事はもう考えないようにしよう。 靴下も脱いでサンダルにした。 カリエスの中って結構快適なのよね。
だからか、持主様が直に見てらっしゃるがもはや気にならない。
『なぁ、少しは恥じらいというものを持ったらどうだ?』
「今更感がありすぎまして」
だって服の下どころか肌や筋肉の下まで見られているんだもの。 後で洗濯回すけど、とりあえず礼服一式を畳んで箪笥の上に置いた。
彼の横に座ってもたれかかる。 背もたれに回されていた腕が私を囲み、ついでに胸を揉んできた。
「セクハラですよ」
『玩具に人権があると思っているのか』
「口はあります」
『減らず口など縫い付けてしまえ』
「どうぞご自由に?」
手加減なしに頭を撫でくり回された。 声にならない悲鳴をあげる。
「あああー!」 せっかく可愛くしてもらったのに! 必死で手串で整えようとするも、過ぎ去りし時は戻ってはくれない。 ギッと持主様を睨んだ。
『自業自得だ』
「どう考えても貴方様のせいですぅー!」
楽しそうで本当に苛つく! なんとか意趣返ししたい。
『お、反抗するか?』 彼は意地悪く笑いながら目を細めた。
「んんんんん」 ちょっと嫌な予感がするから気持ちを抑える。 なんか挑発されてる気がする……。
『構わんぞ、なにかしてみろ』
「……今日はいいです」
『顔は正反対の事を言っているんだが?』 指で頬をつつかれる。
「今日は我慢するんですー」 つーん。
『珍しいな』 ニヤニヤと尚も笑い続ける。 意図を察したのだろう。 『いつもなら無駄すぎる抵抗をしてくるというのに。 ようやく自分の主が誰だかわかったのか?』
回してない方の手でなおも頬をつついてくる。 指をそのまま喉に滑らし、首輪をなぞり、犬や猫ならネームプレートであろうその銀の板で遊び始めた。 ちりちり、ちりちり、煩いったらありゃしない。
『はは、猫の鈴みたいだな?』 首に腕を回されて、さらに抱き寄せられた。 黒い黒い髪の毛で光が薄くなる。 臭いが一段と濃くなった。
つーん。
『ほら鳴いてみろ、ほらほら』
喉を撫でられる。
「……んなーお」呪いを込めてできるだけの低音で鳴いてやった。
『はっは、よしよし、いい子だ』 頭にキスされた。 『良い匂いがするなぁお前は』
なんだこのセクハラ野郎。
『んん、また可愛くない事を考えおって。 まったく悪い子だ、どうしてくれようか』 また髪の毛をくしゃくしゃにされた。 良い子なのか悪い子なのかどっちなんだ。
しかしまあ、本格的に猫かわいがりモードに入ったようだ。 こうなったら長いんだ……嫌いって訳じゃあ、けして、そんなに、ないけれど。
私の住んでる地域ではギリセーフの時間帯です(後35分)