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これは小さな恋物語  作者: ココココ
第一章:遊戯の章
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1.人形も存外悪くはない (持ち主を選ぶ限りは)

私は人形だ。


生物の形態としては人間だけれど、役目は生贄ですらない、玩具だ。 そうなるよう持主様にされた。 彼の思うがままに弄ばれるのが主な仕事で、人手が足りない時に彼の信徒達や眷属達の手伝いもする。 なので基本的にいつでも使えるボランティア人員扱いだ。 ……私の経歴を考えると扱いが軽すぎる気がするが、持主様がそれだけ信頼されているという事だろうか。


人形になってからというもの、全てが以前のそれとはまったく別のものになったので、前の知り合いは会わない限りは私だとはわからないだろう。 まあ、いくら死にたくなかったとはいえ、敵陣営の一人に縋った挙句のこの有様はさすがに恥ずかしい。


昏い色の、肩までの長さのもさもさ髪、同じ色の地味な目。 見た目だけなら、その時の性別にもよるけれど、そこらに居る普通の女か女のような男だ。 そこは髪の長さ以外は生まれた時からまったく変わっていない。 他の人達と唯一違うのは、私が動く度に微かに鳴る、真っ黒い首輪とそれについた無地の鉄板。 真四角のそれは一角に通された金属の小さな輪で繋がっていて、光に当たると暗い銀色が踊る。 これは外してはならないし、そもそも外そうにも継ぎ目がないので私には無理。 とても固くて冷たいけれど、風呂に入っても錆びる気配がないしかぶれないので金属ではなさそうだ。


今日は仕事がある。 基本的に私は持主様がお創りになり、統治してらっしゃるこの都市アルーナの中心にある、大神殿カリエスから出てはいけないのだけれど、仕事となると話は別だ。 持主様は信徒達にはわりと甘いので、お願いされると大体救いの手を差し伸べていらっしゃる。 しかし好みが煩いので人手となるとあまり手持ちがなく、したがって私の貸し出し頻度はかなり高い。 だからそうそう引きこもれる訳ではない。 適当な白と黒の上下に着替えて軽い上着を羽織ると、さっさと外に向かった。


中世時代から時が止まっているようなここの横の扉から出て、子供達が遊びまわり噴水が輝く大きな広場から見えるのは、一変して車が走りビルが建て並ぶ現代。 持主様は使えるものは全て使う主義なので、アルーナのテクノロジー関連は古神が住まう都市にしては珍しく最先端に近い。 ついでに貿易関連もかなり手広い。 持主様はあんな性格だけど、頭も良いし知識も幅広いのだ。 階段を下り切った先の広場前の市営バス停で、スマホを使ってバスの位置を見る。 誰も居ないベンチに体を預けて操作すると、今日は時刻表より早めにつくと出た。 そう待たずに乗れるっぽい。 行先はアルーナの端の方だから結構遠く、乗り換えも一回あるので、時間に余裕を持って出たとはいえど少しホッとする。 遅れるのは気持ちが悪い。スマホをスリープ状態にして顔を上げた。 昼近い太陽の光が顔に熱を伝えてくる。 暦上はもう秋なのだけど、まだまだたまに暑い日がある。 今日は外で肉体労働の予定なので、少し涼しめで嬉しい。 男の体は少し暑すぎて好きじゃないけれど、寒い時には役に立つ。 目を細めて青い空を見上げていると、バスの音が聞こえてきたので立ち上がった。 ちりちりともう気にもならない音が首元で鳴った。




明日は筋肉痛かな、と思いながらほぼ沈みかけの夕日の中帰宅した。 ペットボトルのケースをあんなに持ち上げさせられるとは思わなかった。 体中が痛い。 持主様のお気に入り達や眷属達は影に道を作って移動できるのだけど、私は属性が合わなさ過ぎて彼らと一緒の仕事か持主様が私を使いたい時にしか通った事がない。 あとは、私を私の部屋に放り込む為に使われる時ぐらいだ。


昨日、虫の居所が悪かったのかそこそこしつこく使われたので、今日はさすがに呼ばれないだろう。 夕飯食べたらゆっくり休んで早めに寝よう。 なんて思っていた時もありました。


持主様は本体を地下に置き、一筋の光もない暗闇をご自分の神域としている。 そこをご自分の力で広げ、物理法則を捻じ曲げて上も下も重力も果てもない世界を腐りきった花のような、果物のような、万物を狂わす甘露の臭いの泥で満たして君臨してらっしゃる。 名はすでに無くしたので腐敗の王と呼ばれている。 そんな彼が、昼過ぎの来客の対応をしてから完全にお姿を隠しているらしいと聞いて嫌な予感はしていた。 基本誰も人型にすらお会いできない時は機嫌が悪い時。 そういう時は放置してるとたまたま近くを歩いていた不幸な人で遊ぶので、そこまで煮詰まる前に誰かがお鎮めする必要がある。 それでも私が来てからは、少しでも苛立ったら私で解消なされているので上手く回っていたのだけれど、今回はそれもない。 どれだけ不機嫌でいらっしゃるのだろう。 何か軽く腹に入れておこうと立ち寄った食堂や歩いていた廊下などで、会う人全員に同情の視線を向けられる時点で少しは察しがつく事はつく。 誰だか知らないけれど、なんと迷惑な事をしてくれるのか。 見つけたら腸を抉り出してやる。


嫌々荷物を自分の部屋に置き、軽くシャワーを浴びて礼服に着替える。 持主様の印が深緑色と金色で背中に刺繍され、同じ色の縁取りで飾り付けられた、くるぶしの長さの黒いフード付き上着と同じ色のハイネックの長袖ローブ。 でもその上着と印の意匠の首飾りはめんどくさいから今日は出さない。 適当なサンダルを履き、飾り紐を腰に巻いて、準備は完了だ。 服等になるよう彼の泥を加工して作られたこれらは、そのものが彼の神域なので、今回の場合は今から来るという意思表示にもなる。 とても便利だ。 ふと思い立って今日の朝焼いたばかりのクッキーを取り出していくつか包んだ。 最下層に向かい、身の丈何倍あるかわからない豪奢な扉の前に立つ。 二回ノックして佇まいを直した。

「我らが主、私の持主様。 昼よりお姿が見れていないとの事で、皆がとても心配しております。 なにかありましたのでしょうか」

精一杯可愛らしい声を出して、体の前で手を組んで顔色を窺うように首を傾げて扉を見上げる。 どうだ反応せざるをえないだろう、こんな珍しい行動。

「……持主様?」 もう一度呼んでみる。

自分の声の反響が収まっても、そのままじっと待っていても、何も反応がなかった。

これアカン奴だ。 しかしここで帰る選択肢はない。 私が逃げれば他の人が餌食になるからだ。 なら遊ばれる事に慣れている私が贄となるべきだろう。 私の限界ならとても良く知ってらっしゃるのだし、皆にはいつも優しくしてもらってる恩もある。

もう一度、二回ノックする。 本当に何も反応がない。 誰も呼ばれていないし近寄っていないそうなので、中に誰も居ないはず。 という事は寝てらっしゃる訳でも、もう誰かでストレス解消なさった訳でもない。 邪魔に思われた時は率直に戻れと言われるか、ふっとばされたりするのだけれど、それもない。 本当にリアクションが0なのだ。 こうなるともう自分の部屋に戻るか許可なしで入るかしかないが、戻るのは前述の理由でダメ。 でも許可なしで入ると確実に仕置きが飛んでくる。

どうするべきだろうか。

なんて考えるまでもない。 扉の取っ手を掴んでそっと引くと、常闇が見えて甘い甘い腐臭が鼻を突いた。 

「あの……?」

いつもの臭いだな、と思うが早いか闇色の泥が体を拘束し、有無を言わさず引きずり込まれる。 ずるりと腐泥に引きずり込まれるような、慣れすぎた感覚が身を包む。 菓子の袋が奪い取られ、変な体制でぎっちりと拘束された。 よくやられる脅しの一つなので、これはあまり怖くない。

呼吸すらその場の主の許可がなければできないその空間で、身動きすらできないように抑え込まれるその感覚は、とても覚えがあるものだ。 そしてビリビリと伝わる、隠そうともしていない怒気。 やはり、かなり機嫌が悪い。 関節という関節が曲がるべき方向とは正反対の方向に負荷をかけられているし、これは一つでも対応を間違えたら絶対折られるだろう。 気が済んだら完全に直していただけるので障害を負う心配はないが、痛覚を遮断してくださる訳ではないのでできるならされたくはない。 悲鳴を聞きたがってる時は何をしても無駄なのだけれど、今回はそうではなさそうだ。 なら回避はしたい。

「持主様……何か、ありました?」

『人形』

「はい」 答えてくださる気は無いと。

『これはなんだ』 取られた袋で軽く頬を叩かれた。 しかしまあ、声の低い事。

「今日の朝、ジェーンと一緒に初めて焼いたのですが、美味しくできたので持ってきました。 お食べになられるかなぁと思いまして」

媚びた声でさっき考えた方便に答えたのはしばしの無言。 後、拘束が緩んだ。 乗り切ったと喜んだのもつかの間。 後ろから引っ張られ、倒れこんだ先には人型の持主様のお顔が見えた。 私程度なら容易に包み込める背の高さに、周りと大差のない色の長い御髪。 底が見えない同じ色の瞳。 見分けがつくのは顔と両腕両手、そして髪の合間から除く尖り気味の耳の真っ白な素肌だけ。 しかし人ならざる美貌を携えたそのお顔は酷く不機嫌そうな真顔。

怖い。

驚いている私を一切表情を変えずに鼻で笑った後、袋を開けたようで一つお食べになった。 その中からは健康的ないい香りが腐臭に負けずに漂ってくる。 その出来の良さに思わずにやけていると、なぜか一枚口に突っ込まれた。 三口ぐらいで食べ終わると追加がきたからそれも租借する。 少し甘すぎたかな。 三つ目を食べ終わる頃にはなくなったようで、袋が一瞬で燃え尽きるさまを見てしまう。 ああこれからかな、と思っているとコップを渡されたのでとりあえず飲んでみる。 飲まないという選択肢はないのだから何が来ても良いように覚悟はしたのだが、なぜか普通に嫌いではないお茶だった。 ご機嫌ななめのはずなのに、とてもとても優しい対応だ。 後で揺り返しが来る可能性は十二分にあるので、心の中で遺書は書いておこう。

お茶を飲みつつ私の髪で遊ばれているのを感じていると、ため息が聞こえて少し体が後ろに傾いた。 背もたれによりかかったような感じになる。 何も言わずにされるがままにしていると、段々と持主様の動きが遅くなり、ついには動かなくなった。 少し振り返ると、目を瞑っている。 人型をおとりになった場合、時々このように【寝られる】場合があったりする。 こうなった時は神域自体の活動も控えめになり、臭いも薄れて多少は自由に動けるようになる。 ただ、これ幸いと抜け出そうとするとひどい仕置きが待っているので大人しくしているのが一番いい。 中にさえいれば何をしていても良いようではあるけれど、変な地雷を踏むのは嫌なのでいつも一緒に寝ている。 どうせ自分の体も見えない程暗いのだし。


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