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プロローグ 会議を開いてもダメなときはダメ

 バルシア辺境領の中核をなす町は、山城を中心にした一つの城郭都市である。小高い山の頂をさらに尖らせように城が建てられており、四方のうち三方が急な斜面には杭を打っている。残りの緩やかな斜面は扇状に町が広がり、それに封をするように裾を城壁で囲っていた。その城壁の上に通る通路から遠方を覗く衛兵は、遠くから粉じんを巻き上げ走ってくる早馬の一団に、王都に行っている領主の遣わした伝令かと、門番に伝えたが、門番はその一団の先頭の兵の顔を見て驚愕する。


その男は鎧に備え付けられた外套のフードをかぶっていたが、門の前に到着して、素顔を晒せば、まだ若い男だった。

二十代前半のあどけなさの残る紅顔の騎士――夜の帳のような黒髪に、瞳の色は逢魔時の空を思わせる黒に近い藍色の瞳が特徴的な、どこか憂いを秘めた美青年であった。


だが、門番はその美貌に驚愕したのではない。


むしろ、その顔は見知っていた。


なぜなら、この男こそ、バルシア辺境領主ギルファルロス・ロッド・セルドールその人であったからだ。


さらに、よくよく見てみれば、続く兵たちも領の運営などに関わる重鎮たちばかりであることにさらに驚愕した。


呆ける門番にギルファルロスは焦燥を多分に含んだ表情で門の開場を急かし、門番たちはにわかに忙しくなる。


なぜ、門番たちが呆けてしまったのか、それはあまりにも普段と違いすぎたためだった。

普段の領主の帰還であれば、ゆったりとし、まるで馬ではなく牛にでも乗っているのかと錯覚するほどの速度で近づくのがこれまで領主の常だった。そして、領主の一行であることを示す青旗を先頭の騎士が掲げてくるために、城壁の衛兵が城下に領主の帰還を告げる笛を鳴らすのだ。その帰還を知った城下の人間が領主の帰りに戸口から顔を見せ、家の前を通るたびに領主の一団に駆け寄り、報告することがあるものはそれを告げ、中には小さな果実などの小物を領主に献上するのが町の習わしになっている。


このように、駆けてくることなど初めてのことであったし、それに、ギルファルロスは、馬を駆けながら門の開場するやいなや、門番に早馬が城へ上るために危険を知らせる鐘を鳴らすように命令する。門番は戸惑いながらも、警鐘を鳴らし、門戸に住民たちがこもったことを確認した途端、ギルファルロスは城へと続く坂を駆け上がっていった。続く重鎮たちも同じだ。


この領主の異常な帰還に、門番は顔を青ざめる。

これが並々ならぬ事態であると素人目にもわかる。しかし、なにがあったのかはわからない。だが、この異常事態がどういった結果をもたらすのか、これから領が、自分たちの世界がどのように変わって――否、戻っていくのかがわかってしまった。


そんなことはわかりきっていたはずだった。だが、心のどこかで来る日は今日ではないと思い込んでいたのだ。しかし、やってきた。それは明日ではなく、今日にやってきた。


だが、所詮はしがない門番でしかない男はこの一大事にどうすることもできず、ただただ茫然と立ち尽くすしかなかった。




その一室は、重苦しい空気で淀んでいる。

石造りであることも考慮されてか、熱を逃がしにくいように植物の繊維を編みこんで作られた織物が隙間なく床に敷かれ、暖色系の敷物は部屋の中を明るくしてくれた。しかし、それが無為となるほどに、沈痛な空気に包まれている。


部屋の中には十人近い男たちがいる。皆、部屋の中央に置かれた優にこの倍の人数であっても一同に会すことのできる円卓に向き合っている。年や髪や肌の色も異なっており、服装もすぐに戦場に赴ける傭兵のような粗野な鎧を身につけた男もいれば、文官のようなきっちりと礼服を着こなす男もいる。

だが、共通項として、皆一様に沈黙し疲労の色が見え、幾人の表情には苦悩と苦痛が、残りは顔には出さずとも、醸し出すものがそれ以上のものであった。


「――どうしようね」


円卓、一番部屋の入り口から遠い場所に座る黒髪青眼――ギルファルロス・ロッド・セルドールが口を開いた。


どこかあきらめたような、それゆえに、逆に落ち着きを取り戻したかのような平坦な声であるが、そのことがより一層、この空気を重くさせる。


それに対して、他の男たち――バルシア辺境領を取り仕切る重鎮たちは答えない、答えられなかった。


どうすればいいのか、どうしたら解決できるのか、その答えがあったらギルファルロスに進言している。そもそも、領主であるギルファルロスはもちろん、領に携わるこの場の誰もが自分一人ではどうしようもないので、考えるためにこの城に参集したのだ。


数刻前には、それなりにこの部屋にも様々な声が響いていた。


最初は真面目に考察もした。憂慮すべき事態として、考え得る対策や方策、そして、知恵を絞りだした。


中盤になり、それが実現可能かと考慮したのだが、すべて不可能だったのだ。


そして、重苦しい現実が襲いかかっている最中であるのだ。


「あの馬鹿はなにを考えているんだ!!」


この中では中年期に入り、頭頂部が薄くなっているが、それ以上に鍛え上がれた巨躯が目立つ肉体に鎧を纏った男は卓上を叩きながら奮怒に顔を染め、声を荒げるが、誰もそれを諌めようとしなかった。


この巨漢が恐ろしく閉口したのではない、同じ思いなのだ。


「ええ、何を考えているのでしょうか、あの男は……」


文官の服を纏った二十代中ほどの、涼しげな態度の男も追従する。拳をぎりぎりと握り締め、顔には出さずとも殺意すらこもっている表情だった。


それを皮切りに、ぽつぽつと男たちから「ある人物」を憎悪し、嫌悪する罵声や怒声が上がっていった。


各々が好き勝手に「ある人物」を罵倒し、なじる言葉で声を荒げていく。

部屋の中に淀んでいた空気が変わっていった。


だが、それが静かになる。


ギルファルロスが手をあげ、静止を求めていたためだ。


「みんな、それぐらいで頼むよ」


口角をあげ、どこか笑ったようなギルファルロスの表情だったが、それが領主の、自分たちの主の懇願であることを、男たちは、理解し、しまったと、各々がばつが悪そうな、後ろめたそうに静かになって、さきほどとは違う沈黙と悲痛な空気に包まれる。


「でも、何を考えてるんだろうね、国王は」


ため息交じりに、自嘲を多分に含んだ笑みに変え、ギルファルロスは嗤う。


「帝国の御姫様を嫁にもらえ、なんてね」




――同時刻・某所――


その部屋は、贅の限りを尽くされていた。


金箔ではなく純金から削りだされた装飾品が大理石から作られた窓枠を彩り、床には、この都市の職人が総動員されても数年の年月を要する品質と大きさをもつ敷物が敷かれ、部屋の壁一面に収まる本一冊にしても、過ぎた年月で様々な知識人が手に取り、それが色あせたことが良く分かる風格を備え付けた本が敷き詰められていた。


その部屋の中央で、一人の女性が置かれた机に向かっている。


この一着で市制のものなら優に十年は過ごせるバラのような赤いドレスを身にまとい、大きく緋色の瞳が特徴的で、長く艶やかなブロンドを束ねた妙齢の女性である。だが、表情がない。目は紙から離れないが、そこに喜びも憂いもなく、ただただ見つめるだけだった。疲労も退屈もなく、すべてを消し去った表情であった。

動物の体毛をまとめ、それに墨と呼ばれるインクをつけて書く「筆」と呼ばれる筆記用具で文字を走らせていく。


そうして、筆を置き、書き上がったばかりのものを、部屋の隅に控えていた執事に渡す。


女性は、ほうと息をつき、窓の外を見ればすでに日は西の山々に隠れ、空には夜の帳が満ちようとしていた。


「綺麗な空ね」


長らく、机に向かっていたのに、その疲労の色もなく、ころころと朗らかに笑いながら女性は空を見ていた。


「まるで、ギルのような空ですこと」


女性の笑みには、喜びが満ちていた。

恋い焦がれどんなに望んでも、それが自分のものにならなかった。だが、長年、苦労に苦労を重ね、どれほどの努力を行って、やっと自分のものになると分かった時のような笑みだった。


女性は、首にかけていたネックレスを取り、そのネックレスに掛っていた鍵を使い、机の引き出しを開いた。


その中には、一枚の古ぼけ、ぼろぼろになった錆色の布切れが入っていた。


ドレスが汚れることを厭わず、女性はその布切れを抱きしめる。

まるで、長年離れ離れになっていた恋人への再会を祝福するかのような抱擁だった。


「まっててね、ギル、私、やっと貴方のお嫁さんになれるわ」


そういって、女性は笑みを消し、能面のように無表情を作り、布を元の場所に戻して鍵をかけ、席を立った。






編合歴459年 人類統合圏に所属する国家の人間を、どの階層問わず驚愕させる出来事が起こった。


人類統合圏の盟主であり、実質人間の世界を支配する超帝国、ドレア帝国の姫エカリエーテが輿入れするという出来事が。

さらに、相手は同じく人類世界を二分するもう一方の国家「大公国」でも、有力な同盟国でもなく、ただの辺境にある国家の、そのさらに辺境にある領主に嫁ぐ、と。

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