第八話 人助け
「ヤバイ。これじゃあ間に合わない」
森の中をひたすら走る。すでに未子との約束まで一分を切っていた。
「大体この森広すぎるんだよ」
一人で愚痴りながらもその足を止めず進んで行くと、目の前に白い壁を見つけた。白い壁まで辿り着き、一旦足を止めて周りを確認する。首を回して確認すると、白い壁は正門に繋がっている事がわかった。
正門に向かい再び足を動かす。
残り時間は後二十秒程だ。
正門が近づいてくるにつれ、人影が見えて来る。
残り時間十秒。
顔を下に向け全力で走る。
「うおぉぉぉぉぉおお!!!」
声を張り上げ最後の力を振り絞る。
下を向いて走っていると、段々と人の足元が近づいてくるのがわかる。
そして、正門にたどり着いた。
腕時計で時間を確認すると残り二秒だ。
「よっしゃー!! 間にあった!!」
歓喜のあまり、目の前にいた人物の手を握って喜んだ。
歩の手を、しっかりと、握って。
「……おめでとう」
俺は手をパッと離し、踵を返し走り出そうとする。
「待てごはん」
「誰がごはんだ! いいからその手を離せ!」
走り出す前に腕を掴まれてしまった。掴んだ手を振り解こうと後ろを向くと、腕を掴んでいたのは未子だった。
「待てごはん」
「だからなぜ二回言う!?」
って未子いたのか気づかなかった。
「お腹すいた。早く食べたい」
「まぁ待て。とりあえずなんでここに歩がいるのか説明してくれ」
未子は腕から手を離し、説明し始める。
「優音が教室を出た後、歩と話し合って一緒にご飯を食べることになった」
それで許してもらえるなら安いもんか。
安心して胸を撫で下ろしていると、何を勘違いしたのか、
「何? 不満?」
頬を膨らませ、少し不機嫌そうな顔をした。
訂正しようと考えていたら、未子に腕を掴まれ引っ張られる。
「お腹すいた。早く行く」
「わかった、わかった! 行くから手を離せ」
「あ! ちょっと待ちなさいよ!」
未子に引っ張られ先に進んでいた俺たちを、歩は走って追いつき俺の横に立つ。
「それで、どこで飯食うんだよ?」
未子から解放させた腕をさすりながら聞いてみる。
こいつ見た目以上に力あるから痛いんだよなぁ。
「うーん。考えてない。ハンバーグがあればどこでもいい」
「それが一番困るんだが……。歩はなんか食いたいもんあるか?」
「私は別になんでも……あ、それならバイキングでも行きましょうよ! 私いい場所知ってるし!」
バイキングか。
まぁ未子のことだから一皿で足りると思わないし、何より財布に優しいはずだ。
「よし。バイキングにするか。未子もそれでいいか?」
「もーまんたーい」
「決まりね。道は私が知ってるから付いてきて」
歩が先頭に立って歩き始める。
十分程歩いていると、路地裏の方でなにやら揉め事が起きているのを見つけた。
気になったので遠くからだが、その場で止まり様子を確認する。
『おい、ぶつかっておいて詫びの一つもないんか?』
『ちょっとそこまで来てもらいましょうか。抵抗しなければ痛い目を見ることはありません』
『いや、あの、ぶつかってきたのはそちらで……』
『んだとゴラァ!!』
言い争っていたのは、ガラの悪い男と白いスーツを着ている紳士そうな男の二人と女の子のようだ。
『ですから、何度も言いましたけどぶつかってきたのはそちらの方で……』
『お嬢さん。この状況がわかりませんか? 私の相棒はお嬢さんにぶつかって転倒したんですよ? 一歩間違えば大怪我したかもしれない。この意味わかりますね?』
『わ、わかりません!』
『ふむ。仕方ありません。少し痛い目にあわないとわからないですかね』
『あ、ちょ、痛っ!』
スーツの男は女の子の腕を掴み、奥に連れて行こうとする。
おいおい、これはちょっとマズイんじゃないか? 俺は何も考えず突っ走っていた。
「おい! その子を離せ! 嫌がっているだろ!」
「あ? なんだお前?」
「……見られましたか。手早く片付けて下さい」
「りょーかい」
ガラの悪い男はポケットに手を突っ込み、すぐ引き抜いた後、顔面に向かって何かを投げてきた。反射的に投げ込まれた物を避けようと顔を右にズラして回避する。投げ込まれた物は全然違うところに飛んでいき、落下する。投げ込まれた物を確認するとタバコの空箱だった。
「お前、バカだろ」
言われて気づき、慌てて顔を相手の方に向ける。相手はすでに目の前にいて、顔面めがけて思いっきり拳を突き出し殴ってきた。
殴られた勢いでよろめいて後ずさり、その場で倒れ込む。
「ヘヘッ。終わりましたぜ」
「ご苦労。それじゃあ行きましょうか。お嬢さん」
「いや! 離して!」
二人の男は女の子を強引に引っ張りながら奥に連れて行こうとする。
「ア、ガッ、ま、まへ……」
口の中は血と唾液が混ざりあい、うまくしゃべれず視界もハッキリしない。体を動かそうとするが、思考が回らず体が言うことをきかない。
それでも回らない頭を必死に回し考えていたら、
「ちょっと待ちなさいよ、あんたたち」
頭上から歩の声が聞こえてきた。
「未子、優音をお願い。私はあいつらの相手をしてくるわ」
「あいあーい。はるとー大丈夫かー?」
未子が顔を覗き込んで聞いてきた。
「あ、ああ。ちょっと、きつい……」
「とりあえず応急処置だけど」
そう言って未子はポケットからハンカチを取り出し、切った唇から出ていた血を拭き取り両手を俺の顔の前に出し、「キュア」と呟く。
両手から光の粒子が現れ、顔に向かって注がれる。注がれた光の粒子が顔に当たり、痛みが和らいでいく。
視界が少し回復したので状況を把握しようと周りを見渡すと、男たちや女の子、歩の姿はなかった。
多分奥の方まで逃げられたからそれを歩が追ったのだろう。
あまり無茶しないといいんだが……。
「逃がさないわよ」
鬼気迫る表情で二人の男を追う歩。
狭い路地を抜けて、少し広い場所に出る。
すると、走っていた二人の男は途中で止まり、くるりと歩の方に体を向けた。
相手が止まったので歩もその場で止まり呼吸を整える。
「なに? 観念する気にでもなったのかしら?」
「とんでもない。ただ、あなたも連れて行こうと思いましてね」
スーツの男が笑顔でそう言いながら一歩前に出る。
一定の距離を保つため、歩は一歩後ろに下がる。
「そんなに警戒しないで下さいよ。手荒なマネをするつもりはありませんよ」
「どうかしらね。あんた達みたいな連中は信用ならないのよ」
「そうですか。大人しく言うことを聞いてくれれば……」
スーツの男が、右手を顔の高さまで挙げ、
「痛い目にあわずに済みましたのに」
「――っっ!!」
声にならない悲鳴が聞こえた。
声の主は二人に捕まっている女の子だ。
スーツを着た男が手を挙げるのが合図だったらしく、後ろで女の子を拘束しているガラの悪い男がスタンガンらしき物を手に持っている。
「もう一度聞きましょうか。あなたも一緒に来てくださいますね?」
「……卑怯者」
「なんとでも」
スーツの男がゆっくりと歩に近づいていく。
歩はギリリと歯ぎしりをし、この状況を打破するための算段を考えていたら、
『おまわりさーん、こっちでーす!』
先ほど通ってきた狭い路地から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……面倒ですね。ここは引きましょう。時間が惜しいです。その娘だけでも連れていきます」
スーツの男は踵を返し、ガラの悪い男に指示を出す。
「アクセス」
背を向けたことを確認し、歩はレーヴァテインを握りスーツの男に峰打ちを仕掛ける。
「せっかちな娘だ」
振り下ろされたレーヴァテインはスーツの男の背中に直撃したが、手応えはない。レーヴァテインを背中から離し距離をとる。
「どういうこと……?」
確実に背中に一撃を当てたのだが、スーツには傷一つ付いていない。
「驚きましたか? ……ん? その制服、よくみたら白露学園の生徒ですか。今警官を呼んでいるのはさっき一緒にいた娘で、同じ白露学園の生徒というわけですか。実力も未知数な上、警官よりも面倒になりそうですね。……器を失うのは心苦しいが、仕方ありません。それにしても珍しい物を持っていますね。君はもしかして……」
スーツの男はガラの悪い男の方に歩み寄り、拘束している女の子をその場に座らせる。
「いいんですかい? ボス」
「仕方ありません。このまま足手まといを連れて逃げるのは難しいのでこのまま跳びます」
「了解」
ガラの悪い男は地面に何かを書き始める。
「ちょっと待ちなさい。何するつもり!」
「安心して下さい。これの定員は二名までです。この娘は解放しますよ。ああ、一つ言いますが私達が跳ぶまで大人しくしてもらいますよ。でないと、この娘の人生はここで終わると思って下さい」
「…………」
歩はレーヴァテインを消し、素直に指示に従う。
「準備出来やした」
地面に描かれた魔法陣の中に二人は入る。
「ご苦労。それではまた、お姫様」
「……え?」
ガラの悪い男とスーツの男は地面から発せられる光に包まれ、一瞬にして消えていった。
「……あいつ、私に気づいて。……まさか、ね」
複雑な感情を胸に抱きながらも、脅威が消えたことに歩は安堵する。
一息付いて女の子の側に駆け寄る。
「あの、大丈夫ですか? 怪我とかありませんか?」
「は、はい。大丈夫です」
「そうですか。よかった〜」
それを聞いて安心したのか、女の子の横にグッタリとして座り込んだ。
「おーい。あゆみー」
「ああ、未子。遅かったじゃない」
「迷った」
「あんたねぇ……。ところで警官の人たちは?」
「いないよ」
「……えっ?」
「いないよ」
「ひょっとして……」
「嘘だよ」
歩の体から血の気が引いた。
もしあのまま戦っていたらどうなっていたか。相手は警官がくると踏んで逃げていったのであって、もし警官を確認するまで居座り続けられたら無事では済まなかったはず。
最悪未子も一緒に連れて行かれたかもしれない。そんなことを思っているとますます血の気が引いていく。
「優音がこうすればチンピラは大抵逃げるからって」
「あいつ……殴ってやる!」
歩の血の気は怒りで元通りになっていた。