第七話 大きな動き
ヘラクレスは優音と別れた後、急ぎ足で校舎の方に向かう。
目的の場所まで近づくと、そこには二人の男女の姿があった。一人は知ってる顔のランタと、ヘラクレスとは初顔の舞だ。
「お前達が案内人か?」
「ええ、そうです。私とこちらの女性と二人で案内します」
「初めまして。茅野舞です。それではこちらに」
二人は軽く会釈し、案内を始める。
「ヘラクレスさん。予定の時刻より少し遅かったですが、何かありましたか?」
時間の遅れが気になったのか、ランタがヘラクレスに聞いていた。
「ああ、アヴェンジャーと遭遇してな」
「アヴェンジャーと? それはどちらで」
「この森の中だ」
森の方を指差し説明を始める。
「俺が戦闘したアヴェンジャーはジョーカーだ」
「ジョーカーというのはまさか」
「そうだ。お前もよく知っているあのジョーカーだ」
ランタはジョーカーがアヴェンジャーの一員だと聞いて、表情が険しくなる。
「その人ってもしかしてランタ先生の先輩だった人ですか?」
「え? あ、ああ。はい。そうです。僕の先輩にあたる人です」
ランタは少し反応が遅れながらも答える。無理もない。ランタにとってジョーカーは、憧れの人であり尊敬する人物だ。
「そうなんですか。それはなんと言うか……」
舞はバツが悪そうな顔をして下を向く。
「あ、いえ。気になさらないでください。昔は慕っていましたけど、今ではもうなんともないですよ」
「そうですか? そう言ってもらえると助かります。ちなみにそのジョーカーって人は昔から強かったんですか?」
「そうですね。昔は強かったですよ先輩は。今はどれくらいの強さかわからないですけど……。ヘラクレスさんは先ほど先輩と戦ったんですよね?」
「ああ、昔より遥かに強い。間違いなく英雄に匹敵するほどの力を持っている。さすが元英雄の事だけはある」
「え? えぇぇ!? 元英雄だったんですか!?」
「そうだ。当時は階級Jの英雄だ」
「と言うことは今は別の方がやってるんですね」
「……そういうことになるな」
ヘラクレスはチラッとランタの方を見る。
ランタは二人の会話を聞きながら校舎の外壁を触り、隠し扉を開ける。
「ヘラクレスさん、こちらに」
「ああ」
三人は隠し扉から校舎の中に入っていく。中に入るとそこは狭い通路になっていた。そのまま奥に進んでいくと扉があり、開けると普段生徒達が利用する渡り廊下に出た。三人が廊下に出たことを確認した後、ランタが扉の鍵を閉める。
ヘラクレスが扉の上を見るとそこには、職員会議室Bと書かれた札があった。誤って生徒達が出入りしないようにしているのだろう。
ランタが鍵を閉め終わると、三人は再び歩き始める。
「ランタ、俺はこのまま付いていって大丈夫なのか? 生徒に見つかったらマズイんじゃ?」
「それは大丈夫です。今日は早めに生徒たちを帰していますからね。それに見つかったとしても問題はないでしょう」
「……? それはどういう―― 」
意味だ、と聞こうとした時、前にいた二人は大きな扉の前で立ち止まる。
「着きました。さぁどうぞ、中へ」
ランタは扉を開き、ヘラクレスに中に入るように促す。どうやら目的に辿り着いたようだ。
ヘラクレスは中に入り、部屋にいた人物を見つけ声をかける。
「よぉ、相変わらず適当にやってるみたいだな」
「ああ、皆のおかげで楽をさせてもらってるよ。まぁこちらに座りたまえよ。舞、このデカブツに茶でも出してやってくれ」
「あ、はい。すぐにお持ちします」
舞は室内に置いてあったお茶セットで準備に取り掛かる。
「本当昔から口が悪いよな、お前は」
「ああ、口が滑った。英雄様」
そう言ってこの部屋の主、白露鏡子――白露学園校長はソファに腰かけた。
「お待たせしました」
舞がお茶を用意して持って来たので、ヘラクレスもソファに腰かけ、お茶を受け取る。
「それで、俺たちを呼び出した理由を聞こうか」
鏡子は出されたお茶を一口飲んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「実はな、アヴェンジャーがかなり大きな動きをしているという情報を掴んだ」
「なるほど。だからあんな所にジョーカーがいたのか」
「ジョーカー? 何のことだ」
「敷地内にある森でジョーカー……アヴェンジャーの一員に会ったんだよ」
「何!? 詳しく説明してもらおうか」
「ここに来る途中の森の中で、ジョーカーに会ったんだ。理由を聞くために拘束しようとしたんだが、少しトラブルがあってな。その後すぐに……エースが現れた」
「「……!!?」」
「……?」
エースという名前を聞いて、鏡子とランタは驚く。舞は頭の上に疑問符を浮かべていた。
「どういうことだ。エースとはあいつのことを言っているのか?」
「ああ、当時表には姿を出さなかったが、影で俺たち英雄を支えていた、元魔術協会会長兼階級A補佐のエース・エイヴァリーだ」
「そうか……あいつは生きていたか」
説明を聞いた鏡子は目を細めて何か考えていると、横から舞が疑問を投げかけてきた。
「生きていたとはどういうことですか? まるで死んでいたみたいな言い方ですけど」
「ああ、舞は知らないか。あいつは五年前にアヴェンジャーとの交戦中に行方不明になってな、状況が余りにもひどいんで助かる見込みはないと判断されたんだ」
エースが生存していたのには驚いていたが、それよりも鏡子には嬉しいことがあった。
「それにしても、戦力が増えてくれるのは助かるよ。相手が相手だからな。生半可な戦力じゃ太刀打ちできやしない」
鏡子が胸を撫で下ろしていると、ヘラクレスから予想外の言葉を聞かされる。
「それがだな、エースはジョーカーと同じアヴェンジャーの一員らしい」
「何だと!? それはどういうことだ!!」
「理由はわからん。だが間違いなくエースはアヴェンジャーの一員だ」
「生きていたのには驚かされたが、まさかアヴェンジャー側についていたとは。これはかなり厳しい状況になったものだ」
そんなことを聞かされ、困り果てた鏡子にヘラクレスは本題を切り出した。
「それで、さっき言っていた大きな動きとはなんだ」
「ああ、それはだな。アヴェンジャーが近々この学園を襲撃してくるという情報が入ってきた」
「その防衛のために呼ばれたのか。だがわざわざ俺たちが出る必要があるのか? 今までの相手の動きからして、この学園の教員で十分なはずだが」
白露学園は世界でもトップクラスの学校であるため、教員の実力もかなりのものだ。
最近のアヴェンジャーの様子を見る限り、教員だけでも防衛することは大して難しくはないだろう。
「本来ならこちらの教員でも問題はないのだが、最低でも四人の英雄がアヴェンジャーの一員と判明した」
「……!? それは本当か?」
「事実だ。そして今回の襲撃の指揮を執る者が英雄の誰かだ」
大犯罪組織アヴェンジャーに手を貸す英雄が最低でも四人いる。
すなわちこれは世界の均衡が破られることを意味していた。
「なるほどな。だから俺たちの力がいるってわけか。それで、どの英雄が手を貸しているかはわかっているのか?」
「それは今だ不明のままだ」
「大丈夫なのか? 俺たちを呼んだのはいいが、その中に裏切り者がいるかもしれないんだぞ」
「問題はそこなんだが、まぁ何とかなるだろ。信頼できるやつと単純なやつを厳選して呼んであるからな」
「俺は当然前者なんだろうな」
「さぁね。どっちだったかな」
鏡子はタバコを咥え、火を点ける。
そのままタバコの煙を吸って吐き出し、ふと思い出す。
「ん〜。そういえばなんか言っていなかったか? トラブルがあったって」
「あ、ああ。そのことなんだが……」
ヘラクレスは少し言い渋る。
生徒にアヴェンジャーとの戦闘の現場を見られ、多少なりとも巻き込んでしまったことを。
「なんだ、言えないことなのか」
「いや、そういうことじゃなくてな。言いづらいんだが、アヴェンジャーの戦闘の時に一人生徒を巻き込んじまった」
「ん!? ゴホッ、ゴホッ!!」
鏡子はタバコの煙で蒸せ返る。
タバコを灰皿に置き、お茶を一気に飲み干す。
「なんだって!? 生徒は無事なのか!?」
「大丈夫だ。怪我もしてない」
「そうか。それならよかった」
ホッとしたのか舞にお茶を注いでもらい、再びタバコを吸い始めた。
「それでその生徒の名前とかはわかるか?」
「ああ。名前は秋月優音。二年らしいぞ」
「ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ!! な、なに!?」
「え? 優音くんですか?」
「まさか優音くんだったとは」
秋月優音という人物はそんなに有名なのか。
リアクションは違えど、驚いている三人を見てヘラクレスは疑問に思っていた。
「なんだ、みんな知ってるのかあいつのこと」
「え、ええ。私は優音くんの担任ですので」
「僕は一年生の頃から色々と面倒を見てきましたから」
「私はこいつが進級できるかどうかの賭けをしていたからな」
「お前本当に校長なのか?」
舞とランタは苦笑いをし、ヘラクレスは呆れた顔をする。
「それで、秋月はどうした?」
「とりあえず俺が英雄であることを知られた。が、誰にも口外しないと約束させたから大丈夫だろ」
「そうか。ならいい。全校生徒に英雄の存在がバレて、外部にでも漏れればアヴェンジャーに対策されかねんからな」
アヴェンジャーにこちらの思惑を知られてしまったら白露学園に勝ち目はない。
負けてしまったら学園諸共近くの街も制圧されてしまう。そうならないように鏡子は慎重にことを進めているのだ。
「そういえば他の英雄たちはどこだ。すでにどこかにいるのか?」
「いや、お前が一人目だ」
「他のやつはいつここに来る」
「わからん」
「何だと!? 一体どうなっている」
「こちらに向かっているそうだが、いかんせん自由気ままなやつらばかりだからな」
「……人選間違ってないか?」
ヘラクレスは額に手を当ててため息を吐いた。
その横でランタは鏡子に質問した。
「鏡子さん。英雄はあと何人来てくださるんですか?」
「あと四人だ。あ、そうそう。思い出した。今日の夜中にはこちらに着くって言っていたな」
鏡子は最後にタバコの煙を吸って灰皿で火を消し、吸い殻を捨てる。
「だが、無事にここまで辿り着けるかどうかだな」
「一体誰が来るんだ?」
ヘラクレスは期待せずに聞く。
「天然方向音痴娘だよ」
「お前それって……」
「ああ、階級A。アーサー王だ」