第六話 弟子
「…………」
ヘラクレスは何も言わない。
へへっ、俺の実力に驚いてやがるぜ。
「おい」
「はい」
「お前の武器はどこだ」
「武器? そんなもの持ってないですけど」
「は??」
ヘラクレスは少し考え、改めて口を開いた。
「武器が出せないのか? もう一度やってみろ」
「いや、だから武器なんて持ってないって」
「…………」
そして押し黙る。なんかこれさっきも見たなー。
「……お前さっき白露の生徒だって言ったよな?」
「そうですね。言いましたよ」
「それに二年生とも言ったよな」
「言いました」
「……まさかあの校長こんな小僧に言いくるめられたのか?」
「違う! 実力! 実力で二年生になったんだ!」
武器がなくたって進級くらい死ぬ気でやればできる。それにあの校長を言いくるめるなんて絶対に無理。
「武器が出せないなら……いや、武器がないなら今度は魔法を見せてみろ。自分が得意なやつでいい」
「魔法使えません」
「……いや、なんか一個くらいあるだろ。学校でやったやつとか」
「ああ、なんかあったな。どれもできなかったけど」
「…………」
「…………」
ヘラクレスは眉間のシワを手でつまみ、諦めきった顔をする。
「あー、わかった。なら魔力でも練ってみろ」
「魔力ないです」
「じゃあな、小僧。元気でな」
「待って! 見捨てないで! お願いだから行かないで!」
俺の実力を全部出し切ったのに酷い仕打ちだ。
「お前白露の生徒だろ。なんで武器どころか魔力すらもないんだ」
「そんなこと言ったってないもんはないんです」
「……よく入学できたな……」
まぁ、姉ちゃんが色々と手を回してくれたからな。ほぼ職権乱用、実力行使だったけど。
「何にせよ、よくわかった。人並み以下と言うことが」
「普通より劣っているだと。この学校の生徒なのに」
「……いや、こいつは猿以下だな」
「猿に負けるのかよ!」
せめて猿より上にしてほしかった。
「大体なんで俺の弟子になりたいんだ? この学校の教員は世界でもトップクラスだぞ。わざわざ弟子にならんでも今からでもそこそこの実力はつくはずだ」
普通ならそう思われても仕方がない。だけど俺には理由があった。
「確かにこの学校に入ればそこそこの実力は付くかもしれない。だけどそれじゃダメなんだ。英雄になるにはそれだけじゃ足りない」
「お前英雄を目指してるのか? 何の為に」
「……俺には妹がいるんだよ。でも数年前行方がわからなくなったんだ。生きてるか死んでるかすらわからない」
自分の手を見て、一度呼吸を整える。
「もうあんな思いはしたくない。あんな思いを他の人にもしてほしくない。だから俺は英雄になってみんなを救ってみせるんだ」
「……英雄になりたい理由はわかった。だが、一つ言っておく。みんなを救おうなんざ無理だ」
「無理って、そんなわけないだろ。英雄になればみんなを救うことなんて――」
「無理だ!! お前は何も分かっちゃいない」
ヘラクレスは声を張り上げ言い放つ。その面持ちは真剣で鬼気迫るものがあった。
「例えばだ。もし学校の生徒と一般市民、どちらか片方しか救えない状況になったらどうする? 二者択一の場面でお前は両方救うとでも言うのか。そんな考えなら両方救えずに終わるだけだ」
二者択一。
どちらかしか選べない。
片方しか救えない。
欲張れば両方失う。
そんな無理な状況だろうとそれでも俺は
――
「それでも俺は救ってみせる。絶対に諦めない」
「……お前今話してたこと聞いてたか? 両方救うのは無理なんだよ。片方しか救えないんだぞ」
「確かに一人では無理かもしれない。けど俺は英雄になって共に戦う仲間と一緒にみんなを……世界を救ってみせるんだ!」
俺はヘラクレスの目を見て言い切る。
相手も同じ様にこちらの目を見てくる。
そのまま睨み合っていると、
「仲間と共に救ってみせるか……」
ヘラクレスはボソリと呟いて一度、目を閉じる。
そしてゆっくりと目を開き、先ほどと同じ様にこちらの目を見る。
「なら、仲間と共に救ってみろ!! その姿を俺に見せてみろ!!」
睨み合っていた時と違って、今はニッと笑い期待の眼差しをこちらに向けてくる。
「お前を俺の弟子として認めてやる。死ぬ気でついてこい。でなきゃ英雄になんてなれんぞ」
「押忍!! よろしくお願いします!」
こうして俺はヘラクレスの弟子になった。
「そういやお前名前は?」
「秋月優音です。えーっと俺はなんて呼べば?」
「優音か。俺のことは……まぁ呼びやすいように呼んでくれ」
「それじゃあ……これから師匠って呼びます」
「……名前が隠れてるしそれでいいか。よし。優音。これからなんだが……」
「はい!」
「とりあえず解散だ」
「は……?」
「今忙しくてな。今日はもうお前の相手をしとれん。当分はこの学校にいるから授業後に来い。あと俺のことと、弟子になったことは誰にも言うなよ。わかったな」
ヘラクレスは急ぎ足で去って行こうとする。
「え、ちょ、待っ――」
ピピッ、ピピッ。
呼び止めようとした所で携帯電話がなる。こんなタイミングで電話がなるなんて。
電話に気を取られ、ヘラクレスを見失う。
一体誰なんだよ。この忙しい時に。
「はい。もしもし」
若干苛立ちながら電話に出る。
『ごはん』
ごはん? 誰だこいつ。一度耳から電話を離し、そのまま画面を覗く。
そこには、『未子』という文字が写し出されていた。
あ、完全に忘れてた。再び電話を耳にあてる。
『ごはん』
なぜ二回言った。
「あー、もしもし。未子か? 」
『うん』
「悪い。今から向かうから学校の正門で集合でいいか?」
『わかった』
「それじゃ、また後で」
『うん。待ってる。……もし五分以内に来なかったら――』
プツン。プープー。
…………え?
今何て言って切れた? 五分以内に行かなきゃ俺どうなるの?
模擬戦の事を思い出し、顔が青ざめる。とりあえず全力で向かわなければ!!
俺は正門に向かって全力で走り始めた。