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英雄になるには弱すぎた。  作者: あぢわ
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第四話 ランタ

 歩と未子から逃げることに成功し、そのまま教室に向かう。教室に向かって廊下を歩いていると、目の前から見覚えのある男性を見つけた。

 魔法科学担当のランタ先生だ。白衣に手袋、頭には授業で使うメガネをかけている。ランタ先生はいつもこの格好だ。


「先生。こんちわー」


「ん? ああ、優音くん。こんにちは。進級の方はどうだった?」


「無事、進級できました」


「おお、それはよかった。先生も手伝った甲斐があったよ」


 ランタ先生は俺が進級できるようにいろいろとお世話になった先生だ。先生がいなかったら進級ができなかったかもしれない。


「マジでありがとうございます。先生のおかげっす」


「いえいえ。これも優音くんが頑張ったからだよ。またなにか困ったことがあったら遠慮なく頼ってくれたまえ。また助けになるから」


「はい! それじゃ先生また!」


 ランタ先生と挨拶を交わした後、再び教室に向かうため廊下を歩きはじめた。

 教室に着き扉を開けると、生徒は半分もいなかった。

 そのまま中に入り黒板の方を見ると、


 シングル戦の期日はまだありますが、出場を予定している方はそのまま残って下さい。それ以外の方は下校しても構いません。


 と黒板に書かれていた。

 なるほど。だからクラスに半分しか生徒がいなかったのか。残っているクラスメートは出るか出ないかで話をしている。俺はもちろん出場するつもりだか、啓介はどうするんだろうか。

 一応教室をぐるっと一周見渡す。すると三人で固まって話をしているグループを見つけた。その中に啓介の後ろ姿が見える。ということは啓介もシングル戦に出るんだろうか?


「おーい、啓介ー」


「ん? おお、優音。大丈夫やったか」


「まぁ、体の方は、な」


「見ててそっちの方がえらい酷かったもんなー。あれは精神的なトラウマになるでー」


「実は後半のほう、あんまり覚えてないんだよなー」


「そうか、それなら、思い出さないほうが優音のためやで……」


 啓介はその時の事を思い出したのか、顔が青ざめ始める。

 近くにいた男子生徒は俺たちの模擬戦を見ていたのか、口を手で押さえたり体が震えていたりと症状は様々で、ちゃんと心と脳に刻み込まれているようだ。

 別に思い出したわけではないのだが、吐き気と震えが同時に襲ってきた。体が恐怖を覚えているんだろうか。


「そ、そういえば啓介、シングル戦に出るつもりなのか?」


 このまま思い出そうとすると、頭と体がおかしくなりそうなので本題に移った。


「あ、ああ。もちろん出るつもりや。さすがに優勝は目指してへんけど、自分がどれだけ実力があるか知りたいところやしな。優音も出るやろ?」


「当然。出ない理由なんてないしな」


 俺はもちろん、出るからには優勝を目指している。英雄になるためには優勝が一番の近道だしな。

 話をしていたのが聞こえていたのか、教室からコソコソとした声が聞こえてくる。


『おい、今の聞いたか。あいつも出るらしいぞ』

『聞いた聞いた。できればあいつと当たりたいもんだぜ』

『もし当たったら一回戦は確実にもらったな』


 こ、こいつら、本人がいるところでなんてことを言いやがる。

 声を潜めて言っているんだろうが全て筒抜け。全部聞こえる。

 俺がシングル戦に出るという情報は一瞬にして教室にいた皆に伝わった。男女問わず皆がなぜか喜んでいる。中には、『あいつが出るなら俺も出ようかな。あいつよりひどい結果にはならないだろうし』と他の奴のやる気が出るようなことにもなっている。

 なんで俺が出るってわかってからみんなそんなにやる気が出てるんだ


「なんや、みんなやる気になってるみたいやな。もうここにいる奴全員参加になるんやないかー?」


 なぜか教室はお祭り状態。このことは教室から廊下にまで及ぶことになっていたらしく、廊下からも歓喜の声が聞こえてくる。


『……優音?』


 廊下から俺の名を呼ぶ声が聞こえた。その声を聞いて突然背中に悪寒を感じた。

 声がしたのは一人だけだか、なぜだが二人いる気がする。

 もしかして……!!


「啓介。悪い、匿ってくれ!」


「なんやなんや。どないしたんや?」


「いいか、俺が教室にいることは絶対に言うなよ」


「……? まぁ、別にええけど」


 啓介は少し不思議そうにしていたが、匿ってくれるらしい。啓介の座っている椅子の後ろに身を丸くし隠れる。

 やっべー。本当は荷物だけ回収したらすぐに帰るつもりだったんだけど、話をしていてすっかり忘れてた。

 啓介の後ろに身を隠してすぐに、教室の扉が勢いよく開かれた。


「優音、出てきなさーい!!」


「さーい」


 大きな声と共に歩と未子が教室に入ってくる。


「おーい、二人共どないしたんやー?」


「ああ、啓介。優音知らない?」


「優音? またなんかあったんか」


「私と未子の着替えを覗いたのよ」


「ここにおるで」


「……!? ちょ、おま、裏切ったな!!」


 啓介から離れ、距離をとる。こいつまた裏切りやがった……!!


「ふふっ。もう逃がさないわよ」


 鬼の形相。

 多分もう何を言っても通じないだろう。言葉が通じないならもう、逃げるしかない。

 逃走経路を確保しようと周囲を見渡すと、ある事に気づく。

 女子の目はゴミを見るような目でこちらを見ている。

 男子の目は獲物を狩るような目でこちらを見ている。

 さっきまでお祭り状態だった教室が一変して、生々しい血祭り状態になりそうな雰囲気を醸し出している。もはや味方なんて存在しない敵だらけの教室。男子たちはこちらに少しずつ詰め寄ってくる。幸いにも男子の半分はすでに下校しているので、無理をすればなんとか逃げられるかもしれない。

 問題は歩だ。未子の方はすでに興味を失ったのか、口に手を当てて欠伸をしている。

 なんとか教室から出る方法を考えていると、不意にガラッと教室の扉が開く。


「みなさん。お待たせしました……って、あれ? これは一体どういう状況ですか?」


 先生が教室に入ってきて、数人の生徒が先生の方に顔を向ける。

 よし、今だ! 目の前にいた啓介を思いっきり蹴り飛ばす。啓介の後ろにいた他の男子生徒は、前から飛ばされてきた啓介にぶつかりそのままバタバタと倒れていく。

 うまくいった。あとはこのまま扉から廊下に出れば脱出成功となる――はずだった。


「あんたが何考えているかなんてお見通しなのよ」


 扉の前に歩が立ち塞がる。このままでは捕まってしまうので、何かないかと周囲を見渡す。視界に入ったのは先生や女子生徒、さっき倒した男子生徒に後ろにいる未子。

 ……未子?


「ってお前なんで後ろにいる!?」


「私ずっとここにいたけど」


 未子はぽけーっとこちらの顔を見てくる。

 まずい、はさみ打ちにされた。

 だが未子は何をするわけでもなく、こちらをただ見ているだけだった。そういえばさっき眠そうにしてたしな。


「……なぁ未子。夕飯奢るから助けてくれないか?」


「何食べさせてくれる?」


「えーっと……ハンバーグとか?」


「ここは任せて」


「ちょっと! あんた裏切る気!?」


 未子は俺の前に出て、歩と対峙する。

 歩はまさか飯ごときで買収されると思っていなかったのか、かなり驚いている。

 それにしても俺のクラスって、裏切ってばっかりで誰も信用出来ない特殊なクラスだよなぁ。

 そんなことを思っていたら、いつの間にか未子は歩に近づいていき、ガバッと歩の両腕を掴んだ。


「今」


「了解!」


 素早く扉の方に向かい廊下に出る。脱出成功だ!


「あ! しまった! ……って振り解けない。なんてバカ力してんのよ!」


「夕飯楽しみ」


 そのまま教室を振り返らず廊下を走る。

 よかった。本当によかった。俺、まだ生きてる! 生きる喜びに浸りながら全力で廊下を駆け抜けていった。

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