第二話 模擬戦
「それではみなさーん、席に着きましたか?」
先生が教壇の上に立ち、教室をぐるっと見渡した。
「はい。それではHRを始めます。まず始めに、先生の自己紹介をしたいと思います。私のことを皆さん知っていると思いますがこのクラスの担任になりました、茅野 舞です。よろしくお願いします。それでは出席番号一番から順番に、自己紹介お願いしまーす」
先生から言われ、一番のやつから順に自己紹介を始めていった。
……ああ、一番俺だわ。
ここは第一印象から良くしておかないとな。
「秋月 優音です。学年で「変態」を目指していま――誰だぁぁあ! 言葉を被せてきた奴は! 誰が変態だ!」
俺の第一印象が変態になってしまった。いったい誰がこんな最悪なもんに変えやがった!
「あんたスカートの中を覗く変態じゃない」
お前か歩! 余計な事を……!
『やっぱりあの時スカートの中を覗いてたんだわ』
『本当に変態だったなんて』
周りのみんな……というより主に女子がゴミを見るような目で見てくる。
うぉぉおお! 俺の学園生活が終わった……!!
「はい、変態さんありがとうございます。次、二番お願いしまーす」
「待って! 先生待って! 弁明を! 弁明をさせてください!! あと、せめて先生だけでも名前で呼んでください!!」
俺の悲痛の叫びは届かず、変態のレッテルを貼られたまま自己紹介は進んでいき、十五分くらいで全員の自己紹介が終わった。
「それでは自己紹介も終わりましたので、この後の予定を伝えておきます。この後英雄階級の説明、注意事項、公式戦、個々の実力を測る模擬戦を行ってもらいます。それでは英雄階級についての説明をします」
先生は咳払いを一つして説明を始めた。
「一年生の時に階級に入るための説明を受けたと思いますが、今からはそれ以外についての説明です。英雄階級を獲得したあとは、魔術教会に行き、そこで印を見せ登録を行ってもらいます」
魔術教会? なんだそれ。
「皆さんは知らないと思いますが、この魔術教会は英雄になった人、または関係者しか場所は教えてもらえません。その後は世界の平和のために動いてもらうのが基本的なお仕事になります。次に、今皆さんは英雄をどれくらい知っていますか?」
知ってる英雄か。そう言えば誰も知らないんだよな。
「知っている人と言えば、他の学校でディアナという人が階級Dになったって聞いたことがあります」
「はい、歩さんそうですね。今は青葉学園の三年生です」
三年生で階級を持ってるなんてすげー奴もいるもんだな。青葉学園か。確か剣術を得意とする学校だったはずだ。
「ほかに知ってる人はいませんね? それでは、先生が知っている英雄を紹介していきます」
そう言いながらチョークを持ち、くるっと後ろを向き黒板に書き始めた。
階級A アーサー 1st
階級D ディアナ
階級G ガウェイン 1st
階級J ジャック
階級K キング
階級L ランスロット 1st
階級Q クイーン
「先生が知ってるいるのはこれくらいですね。名前以外の素性は残念ながらわかっていないです」
まぁそれもそうか。英雄となればいろんな人から勝負を挑まれるから必要な時にしか姿を現さないんだろうし。それに知ってても英雄が入れ替わったりしたらまたわからなくなるしな。
「次に注意事項です。アヴェンジャーという組織を皆さん知っていますか? 以前までは余り大きな動きを見せていなかったのですが、最近では目立つ行動が多くなってきています。学校から出るときは十分に気をつけてください」
アヴェンジャー。
数年前から世界でいろいろと派手なことをやっている集団組織だ。
最近では、ある王国から金や武器を奪い壊滅させたり、国と国を争わせて疲弊したところで介入し、両国を破滅に追い込むなどやりたい放題やっている。このことに対し英雄たちも対応しているのだが、中々に苦戦しているらしい。
この学校の近くでも組織が動いているということは噂くらいには聞いていた。
「はい。次は公式戦についてですね。皆さんも知っていると思いますが、二年生になると全員参加する事ができます。詳しい事を説明しますので黒板を見てください」
そう言って黒板に向かって書き始めた。
そういえば一年生は成績優秀者十人だけが出れる大会だったんだよな。
あの時は歩と未子がその中に入っていたけど、二人とも二回戦で敗退して他の一年生は一回戦負けだったな。
「はい。それでは説明します」
五月 シングル戦
十月 ダブルス戦
二月 パーティ戦
「シングル戦は個人戦で学内でのトーナメント式になります。上位二名が現英雄と決闘できます。ダブルス戦では学内でトーナメントを行い上位四組を代表とし、他の学校の上位チームとサバイバル形式を行います。その中の上位二組が現英雄と決闘できます。パーティ戦では六人で一組、内容はダブルスと同じ方式で行います」
ということは、
シングル 上位二名
ダブルス 上位二チーム
パーティ 上位二チーム
優勝、準優勝すれば現英雄と戦う権利を得るのか。シンプルでわかりやすいな。
「全ての公式戦は観戦が可能なので、外部の人達も大勢来ます。英雄と決闘出来る権利を得た生徒たちの観戦はできません。公式戦に出たい方は期日までに先生に知らせてください。これ以外で質問がなければ模擬戦を行いますので、皆さん更衣室に行って着替えてきてください」
質問がないのか少しずつ皆が動き始め、二十分くらいしてから全員ジャージ姿で体育館に集まった。
「はーい、皆さん準備できましたね。それでは武器を展開する、アクセスを身に付けてくださーい」
アクセス
武器を出し入れするアクセサリーのことだ。アクセサリーは指輪だったりピアス、腕時計、メガネだったりと色々な物で出し入れすることが可能だ。
当然身に付けないと武器は出せないし、魔力がないと使えない。
「それでは先生がフィールドを展開します。このフィールド内では、現実の世界から完全に隔離される異次元空間になっています。そのため、たとえ大きな傷を負っていたとしても、フィールドを解けば入る前の状態に戻ります」
なるほど。木っ端微塵に吹き飛んでもフィールドがなくなれば全て元通りになるわけか。
なにそれ怖い。
死んでも蘇るってことでしょ? 肉体的ダメージはなくなるけど、精神的ダメージは残るんでしょ?
そんな思いはできるだけしたくないなぁ……。
「勝利条件ですが、戦闘続行不能、相手の敗北宣言、スターターの破壊。スターターとは、フィールドに入ったら左胸、右肩、背中にそれぞれ直径五センチほどの赤い丸のような物がつきます。これをスターターと呼び、この三つの内二つのスターターを破壊することで勝利することができます。このルールは公式戦でも適用されますので、覚えておいてください。それでは先生がランダムに選びますので電光掲示板に書かれた人は順番にフィールドの中に入ってください」
体育館の電光掲示板に生徒二人の名前が写し出され、フィールドは先生の魔法でドーム状のものが現れた。
とりあえず出番はまだ出し、啓介と雑談でもして待ってるかな。顔だけ動かし探していると男子が集まって何かを言っている。その中に啓介がいたので近寄って声をかけた。
「おーい、啓介ー」
「お、優音。ちょうどいいところに」
ん? なんかこいつ悪い顔してるぞ。……よし。関わるのはよそう。
「歩と未子知らないか?」
歩たちに用はないが、関わりたくないので探している振りをする。
「おーおー、やっぱりお前も同じ事を考えていたか」
いや、何を考えてるか知らんが絶対違うぞ。
「いやな、男子全員集めて話してたんよ。フィールドの中は外から見えるやろ? だから男子全員で話あったんや」
「……何を」
「何をって、女子と戦う時にわざと服を狙ってな、そんでちょっとだけ拝ましてもらおうって話を皆でしとったんや」
何くだらないこと言ってんだか。
「それで具体的な内容は? 俺も手伝うぜ、啓介!」
こんなビッグウェーブに乗らない男なんていないだろ! 俺だって見たいに決まっている。それにしても男子の団結力はすさまじいなぁ。
「よく言ってくれた同志よ。それじゃあ具体的な説……」
「なんだよ。早く教えてくれよ」
「……優音。悪いな」
「何が? いいから教えてくれよ。俺も拝みたいんだよ!」
「何を拝みたいのかしら? 優音」
「そりゃあ、女子の……」
言いかけて気づいた。
その声が男子の声ではなく女子の声だと。
それもよく知っている人物のものだと。
「あんな、歩。このこと言い出したの優音やねん。俺ら全員優音に声をかけられて集まっただけなんや」
「そう。首謀者はやっぱり優音なのね」
男子全員がうんうんと頷いている。
こいつら俺を売りやがったな! 俺に罪を被せるとは、なんて卑怯なやつらだ!
「裏切ったな、啓介……!」
「悪いな、優音。俺たちのために犠牲になってや。骨は拾ってやるから」
そう言いながら男子たちは俺を置き去りにして、散り散りに逃げていった。なんで俺ばっかりこんな目に。
「優音。覚悟は出来ているんでしょうね?」
終わった……。
「はーい。次の人来てくださーい」
終わりだと思い祈りを捧げていたら、先生が次の人を呼んでいた。
電光掲示板の方を向いてみると、
東条 啓介
神宮寺 未子
という文字が映しだされていた。
その電光掲示板を見てニヤリと歩が笑っていた。
「啓介と未子か。未子ーちょっと来てくんなーい?」
フィールドに入ろうとした未子が歩に呼びつけられて、トコトコ歩いているような走っているような足取りでこっちに来た。
「なんか用?」
「あんたさっきバカ共が言ってたの聞いてたでしょ?」
「聞いてた」
は? どこで聞いてたの? さっきここにいなかったよね? どんな地獄耳してるの?
「優音にお仕置きする前に最後に自分がどうなるか見せてあげたいの」
「わかった。とりあえずボッコボコにしてくる」
「それじゃあよろしく」
コクンと未子はうなづいてまたトコトコとした足取りでフィールドに戻っていった。
ああ、さよなら啓介。正直同情なんて全くしないけど、啓介の身に起こる事が自分にも降りかかってくると思うと見ていられないよ。
啓介の方を見ると笑いながら未子と一緒にフィールドに入っていった。
「それでは、始めます。模擬戦開始!」
「「アクセス」」
啓介と未子が同時に言うとお互いの手の平から粒子が出てきて、徐々に武器に変わっていった。
啓介の武器は二丁の銃だ。弾は魔法で作り出す、火の弾と氷の弾を使う。魔力がある限りほぼ無限に撃てるらしい。武器の名称はツインバスター。
未子の方は本人の身長より少し高く、ヘッドの部分がかなり大きなハンマーだ。そのハンマーから鎖が繋がっており、その先にはハンマーのヘッドと同じくらいの大きな鉄球が置いてある。まるでその形はけん玉のような形をしている。武器の名称はけんだま。
うん。そのまんまだな。
「それじゃ、いくよー」
未子が両手で大きなハンマーを振りかぶって、右から左へ思いっきりスイングした。
「そんなんじゃこっちに届かバァベェ!」
啓介はバックステップでハンマーを軽く避けたものの、鎖に繋がれていた鉄球がスイングした遠心力で弧を描き、ハンマーより長いリーチで啓介を捉えた。そのまま鉄球に当たり、おもいっきりふっ飛ばされた。
え? なにあれ? 人ってあんなに簡単に飛ぶものなの?
あとで自分もこんなことになると思うと手が震えて見ていられなかった。
「うっ、ぐっ、はぁ、はぁ。一体何が起きたんや」
「とりあえずボッコボコにする」
「え、ちょ、ま。俺の負ーー」
「えいっ」
「プギャ!」
ハンマーを叩きつけられた。
何度も何度も啓介はハンマーに殴られ続けた。一切反撃することが出来ず、ただ殴られている。
「こんなもんかな?」
未子は餅をつきおわったような顔で啓介を見ている。
啓介は潰れたカエルのようになっていて、ピクリとも動かない。
そして俺の足も恐怖で動かなくなっていた。
「勝者、神宮寺未子。それでは一旦フィールドを消します」
フィールドが消え、啓介の体は元通りになっていた。数秒で目を覚ましたが、その顔は真っ青でよろよろの状態で移動している。
未子の方はまたトコトコとこちらに向かってくる。
「あれくらいでよかった?」
「もうあと二回くらい飛ぶとこがみたかったわね」
冗談じゃない。あんなもの何回も見ていられるか。
「それでは次の人ー」
恐怖で頭が真っ白になっている時に先生の声が聞こえたので、電光掲示板に目をやる。
秋月 優音
神崎 歩
「やったー!」
「うわあぁぁぁあ!!」
こ、殺される…!!
「すいません。体調が悪いので模擬――」
「あんた、出なかったら分かってるんでしょうね?」
「はい……」
「優音」
「未子……」
「罪には罰」
いやだぁあぁぁあ! 誰か、誰か助けてぇぇえ!!
歩に引きづられながら辺りを見回すと、啓介の顔が目に入った。その顔を見ると目には光が灯っていなかった。
……ああ、終わった。
「それでは始めてください」
「アクセス!」
先生がフィールドを展開して合図をすると、歩が武器を出してきた。
その武器は見事な大剣だ。魔法で炎を纏わせている。距離を取っているのにかなりの熱さだ。それなのに歩は涼しげな顔をしている。全ての熱をこちらに向けているのだろう。武器の名称はレーヴァテイン。
なんでか知らないけど、英雄クラスの武器を歩は使っている。
「準備はいいかしら?」
「かかってこいよ。返り討ちにしてやる」
こうなったらヤケクソだ。歩と戦うなんざこれが初めてじゃない。何度も模擬戦をしてきたんだ。パターンはわかる。スターターさえ壊せればこっちのものだ!
「へー。それじゃ全力でいかせてもらうわ。ファイヤーボール!」
歩の近くに粒子が集まり、ブラックホールみたいな形のものが三つ出現した。そのブラックホールの中から火の塊が出てきて、発射寸前でその場に留まっている。
何それ、初めて見るんですけど。
「それじゃあ、いくわよ!」
掛け声と共に三つのブラックホールからファイヤーボールが無数に放たれた。
「よっ、ウペッ! はっ、ゴバッ!」
自分では攻撃をかわしているつもりで動いているのだが、うまく避けることが出来ずほぼ全部くらった。
「このまま頭と胴体を切り離してあげる」
歩は走って距離を詰め、大剣を振り上げる。
「しょうがねぇ、アクセス!」
俺は右手を歩の目の前に出す。歩は少しも動揺せずに、そのまま大剣を振り下ろした。
スパッ! という音と共に俺の体は切られ、無数のファイヤーボールの雨をくらい続けた。
「ギィヤァァァ!!!」
目の前がブラックアウト。
まさに秒殺。
皆知ってると思うけど俺、魔法も使えなければ武器も持ってないんだぜ!
え? なんでアクセスしたかって? もしかしたら出るかなって!
川の向こう側にいる誰かに向かって言っていた。