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09

「なあ、メロ。学校を一か月も休むってあり得ないよね?」

『ええ。大きな病気ならまだしも彼女はそんな話してなかったわよね?』

「ああ。しかしスマホのアプリにはしっかり既読が付いているし……」

『じゃあ、携帯は見れる状態であるのね』

 僕とメロは、彼女の姿を見なくなってから一か月、日曜日になると必ず例の公園を訪れていた。もしかしたら、ひょっこりやってくるのではないかと期待していたが――その期待に応えてはくれなかった。

『【記憶】の気配は分かるんだけど……【物語の記憶】が何なのかまでは、今の私じゃあ分からないわ』

「気にしなくていいよ、メロ。これは僕の責任だ。もっとしっかり話していれば良かったんだ」

 【記憶】がどれだけ危険か知っていたのに。

 メロは危険じゃないとは言ったが――それはメロだからだ。人間の僕がしっかりしなきゃ駄目だったんだ。

『彼女の様子なら分からないんだけど、大体の場所なら【記憶】の気配で分かるわよ? どうせ行く気なんでしょ?』

「ああ、一か月待ったんだ――ここからは僕の番だ」

 蛙声さんには弱みを握られているから、それを握り潰しに行くためにね。

「べ、別に蛙声さんが心配なんじゃないんだからね」

『へ……急にどうしたの憶?」

「いや、ちょっと気合を入れようとね」

『相変わらず変わってるのね』

「変わってるのか変わってないのか……」

『両方にきまってるじゃない。憶は憶よ』

 そうだね。

 僕は僕で――僕のやるべきことは僕が決めるんだ。

『憶には夢はないの?』

「ないね……。それどころか最近は眠っても夢が見れないから、大したもんだ」

 僕はメロの気配探知を頼りに蛙声さんの自宅を探そうと思った、思ったんだけどメロが協力をするにあたって一つ条件を出して来た。

『女の子の家を訪ねるのよ? お土産位持っていきなさい』

 そんな訳で僕は【S・Rock】に寄るハメになったのだ。

 夕方なので既に行列はない。

 それもそのはずだ――この時間にはもう閉店している。本来なら人気の高いケーキは売り切れているが、僕はこの店の店長の娘――卯月一瑚と友人なのである。

 事前に連絡をしてケーキを残して置いてもらう様にお願いしておいた。それもメロの提案だけど。

「なんで急にそんな下らない事を聞いたの?」

『いや、クラスメイトであるベリーちゃんも蛙声ちゃんも夢に向かって頑張ってるじゃない?」 

「そうだね。だから僕も頑張れってか?」

『そうは言わないけど……。夢を見たいとか思わないの?」

「思わないね」

 僕はもう子供じゃないから知っている。

「夢を見るにも権利があるんだよ、メロ」

『権利?』

 僕は【S・Rock』が見えた所で足を止めた。それに合わせて空を飛んでいたメロも僕の肩に止まる。

「うん。僕はそれを経験しちゃったから夢が見れないのかもね」

 小学生の時にね。

 小さく純粋だったからこそ心の傷は大きく抉られ涙を流した――否、違う。その大きすぎる壁を僕は見上げるだけしか出来なかった。

『へー。そんな風には見えなかったけど?』

「何言ってるんだか……。あんまり遅くなってもあれだから、早くいくよ」

 卯月待たせても悪いし。

 僕が店の中に入ると、その奥に

「あ~、遅いよ憶くん。いきなりケーキ残しておいてなんて、私でも無理なんだからね」

「だよね……」

 売り切れが当たり前の【S・Rock】だ。それでも卯月なら何とかしてくれると思ったが駄目だったみたいだ。

「もう、私のお父さん怖いんだからね」

『じゃあケーキ食べれないの……』

「メロ、やっぱり自分が食べたかっただけか」

『当たり前じゃない。何言ってんの、憶?』

 言い切ってくれたな、この鳩さん……。分かってると思うけどさ、あの公園からここまで自転車で30分かかるからね。

 それでいて公園の方に蛙声さんの家があったらかなりの遠回りになる。インドア派の僕にはかなりの重労働だ。

『大丈夫よ。【記憶】の気配はこの近くにあるわ』

 嘘つけ。

 だとしたら蛙声さんは一体あの公園までどうやって向かっていたのだ。自転車は置いてなかった――となると残るは徒歩。一時間かけてわざわざあの公園に通っていたのか。

『本当よ』

「ねえ、憶くん。【記憶】ってどういう事かな?」

 店のカウンターの中で――卯月が笑顔で僕とメロを見ていた。顔は笑っているが目が笑っていない。

「あ」

『あ』

 僕とメロはお互い横目で目を確認する。今回の【記憶】については卯月に――いや、これからも関わって欲しくない。

 卯月は僕よりも熱い女であるり、自己犠牲を物ともしない女だ。下手したら人の為に自分の死をも厭わない。

「あ、今回はそんな凶暴な【記憶】じゃないみたいで……。なあ、メロ?」

『そうよ、ベリーちゃん。これくらいなら――』

「ベリーってやめてくれるかな?」

『は、はい……』

 メロにはすこぶる甘い卯月が――呼び方を注意した。今までの付き合いでそんな事は一回も無かったのに。

 やばいな、これは相当お怒りになっていらっしゃる。

「例え凶暴じゃなくても私には何も教えてくれないの?」

「ほら、お前も夢に忙しいだろ?」

「夢が大変なのは当たり前でしょ。身近な人を救えない人間が夢を叶えられると思う?」

 表情を変えずにそんな素晴らしい思考を僕に教えてくれるが、凄すぎて意味がよく分からない。

「いやいや。それは言い過ぎだと僕は思うけどな」

「とにかく。今の現状を私に教えなさい」

『これはどうする?』

「メロが欲を出すからこうなったんだからね」

『はあ? 私が悪いの? 私は常識を教えてあげただけじゃない』

 僕は横にいるメロをと取っ組み合いを始める。

 鳥が相手だから組めないけど。

「やめなさい!」

 カウンターのテーブル上に、保冷用のケーキ入れを出した。オレンジ色のその箱は、いつもと咎うデザインだった。

「これ……?」

「私が今日作ったケーキ。売り物じゃないから味は保証できないけど――あげる」

『いいの?』

「ただし」

 卯月は小さいメモ帳とボールペンを僕に差し出した。

「これに一筆書いてもらうわ」

「は?」

「【記憶】を追う場合は、私にも教える事を契約して欲しいかな」

『……』

「僕、伯耆憶は、卯月一瑚にケーキを頂き、代わりに【記憶】を追う場合。その際は必ず一緒に行動する事を誓います。

 そう書いてもらっていい?」

 うわー。

 今日一番の笑顔が怖い――怖良い笑顔だよ卯月。この笑顔を見せたら何を言っても無駄だ。

「分かったよ」

 僕はボールペンのキャップを外して、その小さなメモ帳に書くには少し長い契約内容を記入していく。クラスメイトに契約させるさせるなんて……。

「ほら、これでいいでしょ」

「うん。じゃあこれ」

 僕は卯月からオレンジの箱を受け取った。卯月は味は保証しないとか言ったけど、その味は僕とメロが知っている。プロにも引けは取らない。

「いい? 約束だからね?」

「はーい」

『やる気の無い返事』

「メロちゃんもよ?」

『はーい』

「あなた達ねぇ……まあいいや」

 卯月はカウンターから出てきて僕の背中を押した。店の外へと僕を押し出して、ぴしゃりと扉を閉めた。

「今回が最後。次からは私も一緒だからね」

 扉越しに見えた彼女の背中はたくましかった。


『いいの? あんな約束しちゃって』

「ああ、気にするな。約束は忘れる為にある」

『だから、それが出来ないんだって』

 約束は破る為にあるとは僕は言わない。破るつもりは無いんだけど忘れちゃう。僕はそう言う人間だ。

 まあ、一筆書こうとも【物語の記憶】を教えなければいいだけだ。

『そっちの方が人としては駄目だよね。駄目人間だよね」

「駄目人間ねぇ。あ、じゃあさ。人間失格な人間は人間なのかな? それとも別の何かかな?」

『何がじゃあさ、よ。人間失格も駄目人間もいい意味ではないわよ』

「そもそも人生はゲームじゃないなら――失格ゲームオーバーは無いよね」

 失格ゲームオーバーはないかも知れないけど、降参サレンダーはある。負けを認めてしまえば僕の様になってしまう。

 卯月も蛙声さんもそんな風にはなって欲しくない。

『どうかしらね――。この辺から気配が強くなってるわ』

「じゃあ、ここいらの表札見ながら回ろうか」

 時間は掛かるかも知れないけどこうするしか僕には出来ない。

「メロはそうだね。空から【記憶】を探してくれ」

『空からでも気配は変わらないわよ?』

「分かってる。だけど探し物は手分けした方が早く見つかるでしょ?」

『そうかも知れないわね』

「それにいざとなったら【直結リンク】するから――準備しといてね」

『そうなんないように一生懸命頑張るわ』

 メロは羽を細かく動かして空へ飛んでいった。口では文句を言うがしっかり動いてくれる。一人では心細くてもメロがいれば大丈夫。

 死線を超えて僕たちはここに立っているのだから。

「さてと、それじゃあ探しますか」


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