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08

 授業が終わり帰宅しようとした僕の元に一通のメールが来た。

差出人は蛙声さんであって内容は話したいことがあるから放課後、例の公園に来るようにとの事だった。

 僕が公園に付くと既に彼女はいて一人演技の練習をしていた。

「あなた、朝早くからこそこそと卯月さんと微笑ましく話していたみたいだけど、私の事ばらしてはいないのよねぇ?」

「それは当たり前だよ」

「あら、証拠はあるのかしらね。人を信用するには証拠が必要だと私は思うのだけれどどうかしら?」

「証拠なんてないよ……」

 いちいち会話を録音している訳ない。

「でしょうね。まあ、卯月さんなら大丈夫かしら……」

「へ?」

「彼女は良い人だもん」

「良い人だっけどさ……じゃあ、もしも僕が違う人と話してたら――証拠が本当に必要だったの?」

「当然じゃない」

 卯月は何故こんなに評価が高いのだろう?

 だけど、その人徳のおかげで僕は助かった。

「卯月を信用してるなら何で僕をここに呼んだんだ?」

「一応、脅して置いた方がいいと思ったので」

 蛙声さんは無表情でそんな恐ろしい事を平然と言う。

「と、言うのは冗談で」

「絶対本気だったね、今の」

「失礼ね。それで何だけど……」

 急に改まってもじもじと蛙声がしだした。

「どうしたの急に」

「あのね……私やっぱりお父さんに養成所通いたいって言おうと思って」

「いいんじゃないの?」

 むしろ通った方が自分の夢の為になるんだから――あ、でも、やっぱりそう言うのってお金がかかるから。蛙声さんの家はどうなんだろう。

「うちお父さん一人で私を育ててくれたから……。ただですら今まで迷惑かけてるから言い辛くて」

 蛙声さんは申し訳なさそうに自分の胸を押さえていた。

 そうだったんだ……。人の家庭事情なんてやっぱ分からないモノだ――お父さん一人で大変だっただろうに。

「お母さんは私を生んですぐ事故で死んじゃったみたいで……」

「そっか」

 美人で何でも出来る様に見える蛙声さんでも、そんな壮絶な人生を送って来たんだ。

 それに比べて僕は……。

「そんな時にアニメを見て元気貰って……。それ以来私も成りたいなって思う様になったんだ」

「そんな小さい時から成りたかったんだ」

「ええ」

「てっきり今はやりのアイドル的な声優になりたいのかと」

「勿論そっちにもなりたいわよ? じゃないと、せっかくの美人が台無しじゃない」

 そう言って彼女はステップを踏んだ。

素人目から見てもおかしなそのステップは面白くて、可愛らしかった。

「おお、凄い自身だ」

「ええ。私はこう見えても自信だけで生きてきたのよ?」

 蛙声さんは髪をかき上げて胸を張る。きっとこの態度もお父さんを心配させない様に身に着けたんだ。

「な、なに泣きそうになってんのよ。気持ち悪い……」

「だって、だって」

「あー、ストップ泣かないで。私すぐもらい泣きしちゃうのよね」

 泣くなと言われてもこんな昂った気持ちをどこにぶつければいいんだ?

「そんだけ感情があれば、はい」

 蛙声さんが薄い冊子を僕に手渡す。ペラペラと軽くページをめくっていくとこの冊子の正体が分かった。

「これは……」

「台本よ? ちょうど相手が欲しいと思ってたから付き合いなさいよ」

「は……」

 僕は固まるしかなかった。

 生まれてこの方何かを演じるた事の無い僕――幼稚園の時の演芸ですら、やりたくないと断った子供だ。

 そんな僕がやる訳ないだろう?

「いいからやりなさい」

 睨まれた。

「はい、やります」

 こうして僕は生まれて初めて演技を体験したのだった。


 台本を一通り読み終えた僕は、力尽きてブランコへと倒れこんだ。その衝撃で僅かに揺れるブランコが気持ちいい。

「うーん、これで伯耆くんも私の仲間ね」

 錆びたブランコに並んで腰かけた蛙声さん。蛙声さんはしてやったりと体を伸ばし、自分の胸ポケットからある物を取り出した。

 それは手に収まる程度のコンパクトな長方形。僕の目が間違って居なければそれはボイスレコーダーと呼ばれる声を録音するための物――それを今この場で取り出すその意味は――。

「ま、まさか。録音してたわけじゃないよね?」

「にっこり」

 蛙声さんが再生ボタンを押すとそこから聞こえてくるのは幼い子供にしか聞こえない蛙声の台詞と――くぐもった棒演技の僕の声。その声は自分で思っていたよりもひどいもので、悪い意味で別人の様に聞こえる。

 そう言えばさっき証拠がなければ信じないとか言っていたが――こういう事か。

「し、死にたい」

 最悪だこの女は。

 人じゃない、人の形をした悪魔だ!

「証拠と言うのは作る物よ」

「いーや、この証拠は偽装されたものです。私は認めませんぞ、裁判官!」

「認めないなら、クラスの皆に聞いてもらおうかしら? 手始めに伯耆くんと仲良しな卯月さんにでも聴いてもらおうかしらねぇ?」

 蛙声さんの表情はとても生き生きしていた。むしろ行き過ぎて犯罪者の顔になっている。今、蛙声さんの顔を写真に収めて、賞金をかければ、違和感なく逮捕されそうな顔だ。

「あ、ちょっと……それだけは勘弁して貰えないかな?」

 それは絶対にまずい。卯月にそんな事言ったらほとんど100%の確率で面倒臭い事に成る。

「ふーん。やっぱり仲いいんじゃない」

「まあ、2か月前からの腐れ縁って奴だよ……あれ? 2か月だとそんな腐さってないな?」

「はあ。伯耆くんは腐れ縁の由来も知らない訳? よくそれで高校に入れたわね」

「残念だがら、それくらい知ってるよ」

 僕は意外や意外に成績は中の上なのだ。

 平均点しか取れない男と家族からは呼ばれている。勉強の出来る兄、勉強をしない姉からは、普通すぎて逆に凄いと褒められるくらいの平均点だ。

 しかし、普通が一番。

 そんな内容が最近僕が、褒められた出来事である……最近と言っても3年前だけど。

「腐るくらい長い期間一緒にいるからでしょ。これくらいは常識だよね?」

 僕のその回答に嬉しそうに蛙声さんが答えた。

「はい、残念。腐れ縁は切っても切れない鎖の縁が元になってるのよ? 勘違いしないでよね。腐ってる訳じゃないんだからね」

 何故かツンデレって説明してくれる蛙声さん。しかし話の内容は、僕を馬鹿にしているので、全然萌えない。

「言葉の由来でツンデレっても――全然萌えない。むしろ、勉強にしかならないね」

 でも、何か売れそうだね。『萌えないツンデレ言葉辞典』。

間違えやすい言葉の意味を載せてその言葉を擬人化させれば完璧だ。

「ふん。まあ、私が声優になった時は、そのキャラのCVを当ててあげるわ」

「それは嬉しいけど、僕は絶対作らないからね。そんなものは」

 作ってたまるか。

そんなふざけた辞典作るくらいなら、もっと便利な辞典を考える。

「うーん、やっぱり良いわよね!」

 蛙声さんはブランコを軽く漕ぎ始めた。錆びているブランコは、「ギィギィイ」と嫌な音を立てながら少しずつ振り幅が大きくなる。

「え、『萌えないツンデレ言葉辞典』が?」

「違うわよ、馬鹿!」

 彼女は軽やかにブランコから飛び降りた。

 月に映える長い黒髪。彼女を照らすわずかな光。ふわりと地面に降り立つ姿はとても綺麗で――力強い夢に向かう覚悟がそう見せるのだろう。

「こうして心を開いて、正直に夢を話せる相手がいることよ」

 月を背にした彼女。

 そんな風に言ってもらえるのは嬉しいけど――あくまで【記憶】が付いているからこうして一緒にいるだけ。【鍵】が分かればそれでいいんだ。

 誰かと一緒にいる意味なんて――僕にそんな資格はない。

「それは光栄だね」

「ええ。光栄に思いなさい」

 僕は蛙声さんとは違い、普通に立ち上がる。

「さてと、もう遅いから送っていこうか?」

「別にいいわ。私は一人で帰れるし」

「それは帰れるだろうけどさ……そこは素直にありがとうでいいんじゃない?」

「そうね。だけど、あまり男の人を家に近づけたくないの。ごめんなさいね」

 こうしてまた日曜日にこの場所に来る約束をして帰っていた。

 だが、彼女は――その次の日曜日も、その日曜日も公園に来なかった。正確には公園どころか学校にも姿を見せなかった。


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