07
「おはよー、憶くん……って、なんか眠そうだね?」
学校。
僕は学校にはSHRが始まる40分前には教室に入るよう心掛けているが――それよりも必ず先に卯月がいる。
卯月は眠そうに席に座った僕の元へ寄って来た。僕は夜遅くまで片づけをしていた為に、いつもよりも睡眠時間が取れなかったのだ。
その経緯を卯月に説明した。
「そうだったんだ。それで何時間寝たの? あ、ひょっとして徹夜とか?」
「え、6時間睡眠だよ?」
「…………」
卯月が何とも言えなさそうな顔をする。
「7時間が僕にとって一番いい睡眠時間だって、経験から分かってるからね」
一時間も部屋を片付けに時間を費やしてしまった。
ただ、起きてるだけでもきついのに、部屋の片づけなど、そんな肉体労働を夜中にやるもんじゃない。
「おかげで、筋肉痛だ」
「そんな激しく掃除したの?」
「うーん、どうだろう? きっちり寝れないから体に負荷がかかったのかな」
「まあ……寝る子は育つっていうしね」
もう子供って年齢ではないんだけど、そんな微妙な表情を浮かべて、フォローしてくれた。そのフォローも正しいか分からないけど、やっぱ優しいな卯月は。
「それで【記憶】については何か分かったの?」
「ああ……」
蛙声さんの事を隠し、とりあえず一つの【物語の記憶】を発見した事を伝えた。
誰にも言わないのは約束だ。
「他にも【物語の記憶】やっぱ、あれは現実だったんだね」
「うん」
「もしさ、私に手伝いが出来る事あったらいってね」
「いいって。もう前回で十分協力してもらった。こっからは僕の後始末だ」
これはメロと僕の仕事であって、卯月は巻き込まれただけ。
また、いつ危険があるか分からないんだ、そんな事に卯月をもう二度と巻き込めないよ。
「別に気にしないでいいのに。憶くんに巻き込まれるなら大歓迎だよ」
「大歓迎ってどれだけトラブルが大好きなんだよ」
「大好きなのはトラブルかな?」
現実からかなりかけ離れた体験ではあったがあんなのは、人生で一度きり。一回で十分だと僕は思ったのに――これが人格者と凡人の差かな。
自分の器の小ささを実感した時、蛙声さんが教室へと入ってきた。
「おはよう」
「……」
一応、声かけるのが礼儀かなと、思った、僕の挨拶に反応することなく、教室の一番奥にある机に座る。
なんだよ、お互いの秘密を教え合った仲なのに。
「あれ? 蛙声さんとそんな仲良かったけ?」
「いや、挨拶程度普通でしょ」
「そうかな……」
朝あったらおはようを言うのは人として最低限のマナーだろ。この高校の生徒会が掲げているモットーも、いい学校は良い挨拶から。
まあ、それを見た時は小学生かよと心の中で突っ込んだのだが。
「ま、いっか」
「それに今日はメロちゃんは一緒にいないの?」
「あ、本当だ」
普段は人が多くなるまで、窓の外からこっちを見ている。
しかし、今日は教室から姿を確認できない。
あれ?
一緒に家を出たんだけどな……。
「あのさ、憶くん……蛙声さんと何かあった?」
「え?」
僕は振り向いて蛙声さんの方を見る。
「怖っ」
なんと言う形相。
名前に蛙なんて入っているが、これは捕食者の目。美人がそんな顔すると半端じゃなく怖いんだな。
「私……あんな蛙声さんの顔見た事ないよ」
「僕もだよ」
「あんな絶対誰にも言ってない秘密をばらされているみたいな顔……」
「そ、そんな具体的な顔してるかな?」
卯月凄いな……。
こそこそ話していた僕と卯月を見張っているのか。
そんな目をしなくても話さないって。
僕はその目を正面から見据えていたが、一人、二人とクラスメイト達が登校してきた。流石にそんな目をクラスメイトに見せる訳にはいかないのだろう。
僕は自分から視線を逸らした。
「あ、もうすぐSHR始めるから後でね!」
卯月が自分の席に戻る。
ちらりと見えた蛙声さんは――蛇が獲物を睨むように僕を見ていた。