01
梅雨は嫌いだ。
大体、黴が多く生えるために黴雨と呼ばれているんだ。
それなのにイメージが悪いからと梅雨に変えられたと言う説があるが――イメージで言葉を変える方が、言葉に悪いだろ。
結局はイメージが大事だと、昔の人が教えてくれている――いい例だよね。
『何をゴタゴタと言ってるのよ、要するに憶は雨が嫌いなだけでしょ? あ、だけだっぽ』
僕――伯耆 憶の肩に止まっている、一匹の白い鳩が呆れて首を振る。
一つ言わせてもらいたいが、僕は別に動物と話せる能力があるとか、一人で人形ごっこをしていると言う訳ではない。
この鳩は自らの意思で喋れるのだ。
二か月前――僕が高校3年生へとクラスアップした時に出会った鳩。
その時はもっと生意気でダークな鳩だったのだが――何故か最近、語尾に『ぽ』を付けて喋り始めたのだ。
何でも鳩に見えると知ってから、そう心がけているらしい。
殊勝な心がけではあるけど……。
「雨が嫌い? 勘違いしないで欲しいかな。別に雨は大好きだけど――雨でも何でもね、僕は続くものが嫌いなんだよ」
『ほほう、例えば……ぽ』
「君のその、いつまでたっても語尾に『ぽ』を付けれない鳩語とかね。無理して付けた所で、大したキャラづけにならないと思うんだけど?」
『そ、そんな事ないっぽよ』
「やっぱ、僕は普通にしゃべった方がいいと思う。折角可愛い女の子なんだから」
『か、かか、かかか、可愛いっぽ? な、何いってるのかな?』
照れながらパタパタと空を飛ぶ鳩――彼女の名前はメロ。
本当は【Memory】と言うらしいのだが、言いにくいし、鳩っぽくないので【メロ】と名付けた。本人は気に入ってくれたみたいで良かった。
『もう、照れもなく憶はそう言うこと、言えちゃうんだから。少女漫画の主人公かって』
「残念ながら僕はそんなイケメンではないね。脇役にすらなれないよ」
雨の日曜日。
レイン・サンデイ。
英語にすると晴れてるのか雨なのか、はっきりしろと言いたくなるが、それは僕が馬鹿なだけ。
きっと本場ではしっかりとした使い方があるのだろう。
まあ、間違っていても脳内独り言なので、訳が分からなくても気にはしない。
恰好よければそれでよしだね。
『ところでさー。今日はどこに向かってるの?』
メロは僕の肩へと戻り、ちゅんちゅんと頬をつつく。
あれ、ちゅんちゅんは雀の鳴き声だっけ。
メロは実際、鳩でも雀でもないし――鳥ですら無い。
「この市が唯一誇れる洋菓子店――【S・Rock】」
洋菓子とRockの合体を目指すと言う、斬新な洋菓子店ではあるが味は一流。今まで食べたスイーツの中で最も美味しく、観光客からも人気がありお土産に持って来いなそのケーキ。
日曜日なら行列も出来るだろうが――雨ならばその数は少ないはず。そう踏んでの行動だった。
ちょうど自分にご褒美を挙げたいと思っていたからね。
『何がご褒美よ。特に変わった出来事も何もなかったと、私は記憶しているわよ?』
「いいんだよ、暇なら」
『だったら雨に文句を言わない』
「はいはい」
『はいは一回て教わらなかったの?」
「そう言うメロだって二回いったじゃん」
『うん?』
翼で器用に腕を組んで首を傾げる。
メロに何か芸でも仕込んでテレビ局にでも持っていけば遊んで暮らせるんじゃないか?
『はいはいっかい……って、そんな屁理屈言わないでよ。感じ悪いよ?』
「僕は梅雨じゃないからね。イメージなんてどうでもいいのさ。とか言ってみたり」
『もう。相変わらずの捻くれね……まあ私も【S・Rock】のケーキが食べられるのなら文句は言わないけど』
「現金な鳩だ」
『ノンノン。元気な鳩だよ』
「……」
『もう、黙っちゃて。ほらもうすぐ着くよ』
確かにもうすぐではあった。
店の距離までは確かにすぐだ。
歩けば一分もかからないだろう。それは何もなく、一定の歩幅で進めた計算だ。だが――そこに行列があれば?
最後尾、一時間待ちと書かれたプラカードが表示されていた。
◎
「完全に計算が狂った…」
『狂ったって……皆考える事が一緒だっただけじゃない』
【S・Rock】は4階建てビルの一階にある。
一階が洋菓子店。
二階はRockの何恥じないライブハウス。【S・Rock】の店長が昔はRockerだったらしい。何が転機となって洋菓子店を開いたのか、それは僕の中での、永遠の謎となっている。
三階、四階が自宅になっているようだ。
「一時間待ち――屈辱だ」
待ち時間は僕が上げる、嫌いな物の一つだ。何で一時間も待たなければいけないんだ。
皆、雨の日曜日に並らぶなんて暇なのか?家でイチャイチャDVDでも見てればいいのに。
「一時間あれば最も有意義な時間を過ごせたのに」
『有意義ねぇ』
「何? 凄い何か言いたそうじゃん」
『別にないわよ?』
「本当に?」
『本当よ?』
「いや、絶対何か思ったね」
『まあ、どうせ家にいても何もしないでポケーっと、してるんだから、と思っただけよ』
メロは羽で頭を掻きながら答える。
いつまでも店の前で鳩とおしゃべりしてもしかないので家に帰ろう。
時間はかかったが、目的であるケーキは買った。
今日買ったケーキは、プリンタルトとバナナケーキ。
僕はプリンが大好きで、メロはバナナが好物。だが、これを買うのにもメロとひと悶着あった。
鳩に見えるメロ。
店内では放し飼い? には出来ないので、僕の服の中へ隠したのだが――ケーキが見えないと文句を言いだした。
数あるバナナが使われたケーキ。その形状、クリームの種類など細かく説明を求めてきた。
最終的に面倒くさいので適当に決めた。
あ……それで怒ってるのか。
「あ、憶くーん」
店の中から僕を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると――クラスメイトである卯月 一瑚。
「よかった~。間に合って」
「間に合った?」
「うん。厨房から憶くんが見えたから慌てて追いかけてきたの」
わざわざ追いかけてくるくらいなら厨房で話しかけてくれれば良かったのに。
ピンク色の傘を差した卯月は呼吸を整えていた。
「本当は店ですぐ話しかけたかったんだけど、作業の途中だったから。ゴメンね」
「気にしなくてもいいって。こうして追っかけてくれただけで嬉しいよ」
『やっほー。ベリーちゃん!』
「メロちゃんも、こんにちわ」
羽をはためかせて、メロは卯月の頭に止まった。メロの姿は全ての人に見えているが、会話を出来るのはメロと僕が〈直結〉した人間のみ。
メロと出会ったとき――卯月も巻き込まれたのだった。
『今日はバナナケーキ買ったのよ。早く食べたい』
「本当! 実はそれ私が手伝って作ったんだ。えへへ」
三つ編みを一つにまとめた髪型、眼鏡に白い調理服を着た少女。
将来は父が作った【S・Rock】を全国に展開するのが夢らしい。その夢を叶えるべくして休日は必ず厨房に立っていた。
真面目だね……。
『そうなの。じゃあ食べなくてもおいしいから……もう一つ別のでも買おうかしら。ねえ、憶?』
「買うか馬鹿鳩。それよりもわざわざ追ってきたんだから重大な用事があるんじゃないの?」
卯月の頭に止まっているメロを鷲掴みにする。何とか手から逃れようと暴れるメロだが――所詮小型の鳩だ。僕の腕力には勝てない。
「あ、えっと……」
「何故、今考える?」
「あ、そうそう」
ポン。
と、手を叩いた卯月は、スマホを取り出してある画面を見せる。その画面に映っていたのは、今度実写映画化が決まった、少女漫画のポスター。
確かこの物語の主人公がパティシエだった気がする。
「もしよかったら、一緒に観に行かない? 憶くんは少女漫画好きだったよね?」
「な……。勘違いしないでよね。僕は少女漫画が好きなんじゃない。純粋に優れている漫画が好きなんだ」
「うんうん」
卯月は楽しそうに相槌を打ってくれる。クラス内でも面倒見のいいおお姉さんタイプの彼女は、異性よりも同性からの方が人気が高いとか。
「だから、その映画の原作である漫画ももちろん読んだよ。主人公が好きなお菓子作りを通じて成長していく過程が素晴らしい」
「だよねー。時には友人たちに女々しいと馬鹿にされ、それでも好きな物の為に、頑張る姿。あそこは泣けるよね!」
「ああ。そして実写化のキャスティングも良い。これは絶対面白いから、僕も見に行こうとは思っているけど――映画とは一人で観る物でしょ」
『でた。憶の孤独論』
映画なんて一人で見た方がいいに決まっている。観おわった感想をカフェで言い合うなど馬鹿げている。
自分の中で起承転結を整理し、ちりばめられた監督の手腕。役者の表現。それを思い出して感動するべきだ。
面白かったねー。
の、一言で終わらす今の若者は映画館の雰囲気を楽しんでいるだけに過ぎない。
『ただ単純に語り合う友達がいないんだから、ベリーちゃんと一緒に行けばいいのに』
「メロちゃん……」
「分かったよ、たまには違う事もしてみるのも悪くはない」
『分かればいいのよ』
卯月が嬉しそうに「約束だよ」と、言いながら指切りをしてくる。高校3年生になった指切りとか恥ずかしい。
ふむ。確かにこういった恋愛映画は一人では見に行きずらいかもしれない。僕は行くけどね。
「わー、楽しみだな」
『ふふ。私もよ』
「はい、所でメロちゃん。何か新しい【記憶】は見つかったかな」
『全然。まだ、馴染んでないのかしらね……』
「そうなんだ」
「慌てても仕方ないから、気軽に構えるよ。どうせ対策なんて出来ないしさ。気合入れて待ち受けるよりも、のんびりケーキでも食べながら待ってた方が有意義さ」
この二か月――出会った【記憶】はほとんどない。
振り出から一歩も進んでいない気分だ。双六で言えば、皆が五とか六を出したのに自分だけ一。そんな気分である。
急がなきゃと思ってしまうが自分ではどうしようもない。犀が決める事だ――ならば、先は考えない。
「やっぱり憶くんは大物だね」
『憶が大物な訳ないじゃない。小さすぎて器が図れないだけよ』
「だれが、小物だ」
『誰だろうね。まあ、誰か分かって無いんじゃ、自分は小物です。って、アピールしているみたいなものよね』
「やっぱりメロちゃんと憶くんは仲がいいんだね。そうだ、ついでにこれも……渡そうと思ったんだ」
卯月が取り出したのは小さい袋に入れられたハート形のクッキー。
「ちょっと、余った材料で作ったから美味しくないかもだけど」
『余った材料ねぇ』
「な、何かな。メロちゃん?」
『いいえ』
なんだ?
メロの奴。
余った材料で作られたクッキーがそんなに嫌なのか?
何か言いたそうな表情だな。
そんな細かい事を気にするタイプでは無かったんだけどな。
僕はもちろんこんな美味しそうなクッキーを前にそんなわがままは言わない。
余り物とは思えない、コーティングされたクッキーだが、ケーキ屋だったらこれくらい普通だろう。本物は素人が作るようなクッキーとはレベルが違うんだよね。
「それじゃあ――ありがたく貰おうかな」
「うん! 食べて食べて!」
卯月はそのクッキーを手渡して仕事に戻っていった。
『もう……憶ったら』
「さて、僕たちも帰るとするか」