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ゲーム戦争

作者: 珉珉×打破

 これは復讐である。

 この戦い、我々は絶対に勝たねばならない。

 突如として、どこからともなく押し寄せてきた奴らに、仲間達の尊い命が奪われてしまった。その中には妊婦や、年端のいかない子供たちもが含まれていた。彼らの獰猛さ、残虐さは、決して許されるべきではない。

 既に交渉の余地はない。

 我々は身を守るために、奴らを徹底的に殺さなくてはならない。

 さもなくば、我らが同胞の魂は、一体どうして報われるというのか。

 これは、過去に死んだ仲間達に報いるための復讐であり、未来に生きる我々が活路を開くための戦いである。



 電子音ビーッ)電子音(ビーッ

 アラート。アラート。

 地下にある薄暗い部屋に、けたたましい警告音が響く。

「おいおい、丈。また死んだのかよ。まったく、お前は本当にへたくそだな」

 それを聞きつけたレンが顔を覗かせて丈をからかう。

「うるせえよ。レン。俺が下手なんじゃねえよ。この機械のほうがおかしいんだ」丈はヘッドホンを外して文句を言う。

 画面は血に見せかけた赤い飛沫で覆われている。デッドエンドの証だ。お粗末な演出だが、少しだけ臨場感がでていて楽しめなくもない。

「おいおい、お前のは一番新しい奴じゃねえか。そんなわけないだろ? 大体、機械のせいにする奴は総じて下手くそなんだよ。ほら、一つ賢くなったついでにもう少し賢くなろうや。俺が手本を見せてやるから、その細い目をよく見開いて見ておけよ。ここの敵を倒すには少しコツがいるんだよ」

 街外れにあるゲームセンターのように薄暗くて汚い部屋。幾つも設置された筐体に多くの人が向かい合っている。

「やだね。俺と大して変わらない腕前だってことは知ってるよ」

「お前、残機幾つだ?」

「二つ」

「俺は四つだ。なんなら、対戦でもするか?」

「やめとけよ。隠してた実力がみんなにばれるぜ? そうなっちゃ、まずいんじゃないの?」

「どっちが」

 レンは鼻で笑い、すぐに顔を見せなくなった。ミッションに戻ったのだろう。丈は残機を確認し、ヘッドホンを被り直すと、再びミッションを開始する。

 のスクリプトが表示された後、画面に古びた街並みが映し出された。

 今、流行りかどうかは知らないが、どこのゲームセンターにも必ず設置してあるガンシューティングゲーム。簡単に言えば、次々に出てくる敵を操作キャラでやっつけていく、他愛もないゲームだ。

 この筐体は実際の臨場感を追求した、というコンセプトで製作されたのだが、丈にはそれが面白くなかった。実際の様子を追求しすぎた結果の、鈍くて淡白な動作、エフェクトのないガンアクション、煩しい電子音。思わず欠伸が出てしまう。気乗りしないのもしょうがない。

「そこいらの敵は倒しておいたからよ、さっさとこっちまで来いよ。さっきのお前は先行しすぎてたんだ」

 ヘッドホンからレンの声が聞こえる。何人かがチームとなって敵を倒すので、ゲームには通信機能が備わっているのだ。返事をして丈は画面に集中する。



 急に、敵の強さが上がった気がする。精鋭班も何人かやられてしまった。けれど、我々には奴らを倒すしか道は残されていない。ここで負けるわけにはいかないのだ。

 散っていった仲間のためにも、我々は奴らを倒さねばならない。



 。

 画面の左上にスクリプトが明滅して、次のステージに移行したことを告げる。

 ステージ1、2の敵はあまり強くなかったのだが、どうやらここから敵のレベルがぐんと上がるようだ。こちらの攻撃はなかなか当たらないのだが、向こうの攻撃は次々に当たる。視界が狭く、その死角から相手は攻撃してくるので、こちらは避けようがない。みるみる体力ゲージが減少していき、さっきはそれでやられてしまった。

 丈は出発点となる基地から再び辺りを警戒しながら進み、やがてさっき自分がやられた地点まで戻ってくる。確かにレンの言う通りだ。何人かの敵が既に倒れている。

 俺はさっきこの敵にやられたのか……。

 既に動かないその敵を苛立たしげに蹴飛ばすと、丈は再びミッションに戻る。画面の右上に表示される地図を頼りに、レンがいる場所に向かう。

 このミッションはシングルプレイではなくマルチプレイで行うため、自分が敵を全滅させなくとも味方が全滅させてくれればそれで勝利となる。また、全滅させる必要もなく、敵のボスを倒せばそれでミッションは終了だし、上手く敵を追い詰めれば、投降してくるかもしれない。それはそれで、勝利である。仲間は自分とレンの他に六人。それぞれが散らばって行動しているが、その位置は地図に緑のポインタで表示されている。

 丈はレンのキャラクタと合流する。

「こっからが本番だぞ。油断するなよ」

「ああ、分かってるよ」

「ガム食うか?」

「くれ」

 筐体の外側から手を伸ばすと、丈の手にブラックミントガム渡される。口に含むと軽い刺激が走り、少し眠気が醒めた気がする。

「敵は、どれくらい?」

「分からないが、そう多くはないはず。みんなが敵のボスを目指して多方向から攻めてるからな。敵も戦力を分散せざるを得ないだろう」

 画面内の扉を開け、銃を連射する。すぐ反撃が来るので深入りはせず身を翻し、銃声が止んだら再び丈が銃を連射する。その隙にレンが手榴弾を投げ入れる。

 ささやかな爆音。そして静寂。

 気を抜かず部屋に侵入し、敵の様子を観察。まだ反撃してくるなら念のため何発か撃ってとどめをさしておく。敵を倒せば倒すだけポイントが高くなるので、仲間の中には動けない敵を見つけたら、必ず頭を打ち抜く奴も居る。敵が死んでいるか否かはこちらからでは判断できないので、それは賢明な行為だといえるが、丈はあまりそういったことはしたくない。動けなければ、それで十分だろう。

「やっぱり、一人より二人だろ?」

 笑いを帯びたレンの声がヘッドホンから聞こえてくる。

「それだと、簡単すぎて面白くない」

「それで死んでたら世話ねえよ」

「別に俺が死ぬわけじゃねえけどな」

 そう呟いて、丈はレンに見えないよう肩を竦める。レンからの返事はなかった。

 二人は同じようにして部屋を次々と制圧していった。そしてひときわ大きな部屋の前に辿りついた。どうやら、このステージのボスらしい。部屋の周りには緑のポインタが集まっている。味方だ。この部屋以外の敵は、全て倒したのだろう。

 ボスは強い。ボスの直属の部下の強さも相当だが、ボス自身もかなりの強さを持っている。しかも、こちらが下手に行動すると、自爆を仕掛けてこないとも限らない。前回のミッションでは、それによって、メンバの半数以上が残機を減らしてしまった。

「また、自爆なんてしてこないよな」と丈。

「それは分からん……が、たとえされたとしても、問題はないだろう。こちらの被害は軽微だ」

「そんなもんかねえ」

 やれやれと丈は首を振る。

「全員同時に多方向から突入するぞ。敵に考える暇を与えるな。一気に制圧する。ただし、あまり深入りしすぎるな。もし自爆を仕掛けてくるなら、全員即座に退避できるようにしておけ」

 レンの言葉に味方が頷く。

「よし、行くぞ。3、2、1……」


 ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピッ。


 筐体からの電子音、ではない。

 誰ともなく漏れす息が、現実に意識を引き戻す。

 レンが近くにある時計を叩くと、電子音は止まった。

「……午後五時だな。定時になったので今日の業務はこれで終了とする。以上、上がっていいよ」

 レンの言葉にメンバは筐体の電源を次々に落とす。椅子にかけてあった背広を着なおし、彼らはすぐに荷物をまとめ、挨拶を交わし、退社していく。

 丈も身なりを整えて、黒いサラリーマンバッグを持つ。

「丈……、ジョウ。どうだい、ドーラス通りのバーに行かないか? 今日は寒いから少しひっかけて帰ろうや。冷えた体を少しでも温めないとやってられん」

 レンは歯を見せて笑いながら丈を誘う。

「今日も、だろう。まったく、この仕事、定時に帰れるのはいいけど、もう少しあんたがその酒癖を控えてくれたら最高なんだけどな。妻に言われたんだよ。〈あなたの仕事は早くに終わるのに、どうして私の仕事は夜中にならないと終わらないのかしら〉ってな」

「でも、来るんだろう」

「一杯だけな」

「それでこそジョウだ。今日の君は少し変だったからね。悩みがあるなら聞こうじゃないか」

「ふんっ、随分と似つかわしくない台詞を吐くじゃないか。そんな手には乗らないよ。優しい振りで話を長くして、少しでも酒を飲もうってんだろう。君の魂胆は見え見えだ」

「おいおい、あまり俺に酒好きのレッテルを貼らないでくれよ。この仕事、辞めていくやつが多いから君もそうなんじゃないかって心配になっただけさ。少々、勝手すぎる行動が多いけど、君の実力は高く評価してるからね。これからも我が軍に貢献して欲しい」

「辞める? 冗談じゃないね。こんなに給料が良くてボーナスもはずむ待遇のいい仕事、どうして辞めるんだい? たとえこの仕事が人を殺すものだったとしても、定時に家に帰れるんなら俺はこの仕事を続けるさ。君もそうだろう? レオナルド」



 私の仲間達はみんな殺されてしまった。

 見たこともない奴らに、あの敵国が開発した殺戮自動機械に、級友も、隣人も、友も、兄弟も、両親も、恋人さえも殺された。

 私も死を覚悟した。逃げ隠れた部屋を奴らに取り囲まれたときに、私は死を覚悟した。

 しかし、奴ら私には何もせず、そのまま帰っていった。一体、何だと言うのだ! どうして奴らは私を殺さなかった! 私以外の仲間達はみんな殺されてしまったというのに……。

 しかし、落ち込んでいる暇はない。早く我らがボスに連絡しなければ。戦いの決着は未だついていないのだ。我らの魂が安寧に暮らすためには、一人でも多く奴らを討つ必要がある。

「あれだ……」

 私は崩れ落ちそうになる膝に鞭を打ち、そこまで歩いた。同胞の血と硝煙の臭いで充満した通路を抜け、辿り着いたそこには動けなくなった奴らの一体がいた。砂に薄く塗れたそれは夕暮れの光を微かに反射し、自身が人工物であることを証明していた。

「これを……これをボスに届けるのだ……。我が軍でもこれを開発し、奴らに対向するのだ……」

 私はその機械に手を突き、奥歯を噛み締めながらそう呟いた。

 暫く待つと、銃器を積んだ味方のトラックが数台走ってきた。

「こりゃ酷いな……。奴らは? 生き残りはお前だけか?」

 そのうちの一台が近くに止まり、声をかけてきた。

「ああ。奴らは急に引き上げていった。なぜかは分からんがな……」

「そうか……」

「だがこれを見ろよ。奴ら、こいつを置いて行っちまいやがった。見たこともないタイプだな。どうやら新型らしい。こいつを使わない手はないぜ」

「何? 兵器の回収もしないで帰っていったのか? よほど重大なことでもあったのか……」

「そうだろうな。そのこともボスに報告しないと……。とにかく、これを積んじまおう」

「そうだな。しかし、重そうだなこれ。クレーンが必要じゃないか? まあ、とうにかくみんなで上げてみるか」

 トラックに乗っていた男が一緒に来た連中に声をかけると、十数人の男たちが集まってきた。トラックの荷台扉を外し、機械が載るスペースを空ける。

 私たちは機械の周りに散らばってそれに手をかけた。

「よし、三、二、一で持ち上げるぞ。三、二、一……。」


 男が言い終わった直後、目の前の空気が膨らむのを感じた。

 視界が暗くなり、焼けるような痛みが全身を襲った。

 耳の奥が弾け、三半規管が狂ったように警鐘を鳴らした。

 機械が自爆したのだ、

 と思う前に私の意識は事切れていた。

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