第五話
目の前には無駄にはだけた格好の女。
俺は躊躇っている。
いつもなら強制的に叩き起こすのだが、今日は違った。
「…………」
昨日の義人の言葉が頭の中でぐるぐるしてる。
昨日の夜11時頃…
「お疲れ様、恭介」
店を閉めて掃除も終わり、自分の部屋でくつろいでいると義人が来た。
「義人、珍しいな」
夏休みだからといって、この時間に義人が来るのは珍しい。
「うん、由の事なんだけどさ」
なるほど、昼間の由とのケンカの事らしい。
只の口喧嘩だけど、俺と由が言い合ったのは随分久しぶりだった。
恐らく小学校以来だと思う。
義人も稀に見る俺達のケンカを気にしているみたいだ。
「由さ、夏休みになるの楽しみにしてたんだよ。」
「そりゃそうだろ、由が夏休みを楽しみにしない訳がない」
「そうじゃなくて、由は夏休みに入れば恭介と遊べると思ってたんだ」
「はあ?」
どういう事だ?別に由とは毎日の様に会ってるし、それは遊んでるのと変わらない様な気がするけど。
「夏休みに入った途端、店がすごい忙しくなったでしょ?」
「ああ、品川さん目当ての客が来る様になったからな」
そう、夏休みに入った先週の土曜日から店は大繁盛している。
それも品川さんがバイトに入ったお陰だというのは間違いない。
「由なりに色々計画してたみたいなんだよ…恭介の休憩時間に合わせたりして」
「えっ?」
「その事は夏休みになる前から訊いてたんだ。でも夏休みに入った途端に店は大繁盛…だから品川さんの事が気に入らないんじゃないかな…由は」
……………
由の考えそうな事だ…
本当に由の頭の中はガキだ。
自分の思い通りに行かないとすぐに機嫌を損ねる…
「…ったく、しょうがねぇなぁ…あいつ…」
でも、俺の顔は緩んでしまう。
由が近くに居たら、頭をがしがしと撫でてやりたい気分だった。
もちろん品川さんには謝らせるけど。
「ははは、由は素直じゃないからね。でも恭介、わかってるよね?」
「何がだよ?」
「丁度明日は定休日でしょ?由と遊んであげなよ?」
ニコニコと言う義人。
「ええ?明日かよ?」
ここ最近の店の大繁盛振りで、俺は正直体を休めたい気分だった。
由と二人だと絶対にあちこち振り回される。
「ダメだよ、由、傷付いてるよ?」
真顔で真っ直ぐに言う義人。
「じゃあ義人も一緒に…」
「僕は部活、週末に大会があるんだ。それに由は恭介と遊びたいんだからね」
義人は真面目で素直な性格だが、少々頑固なところがある。
言い出したら聞かない。
そして怒らすと怖い。
「くうぅ…仕方ない…」
「朝も優しく起こしてあげるんだよ?朝一番からご機嫌にしてあげなよ」
「ああ…わかったよ…」
俺はこうなった義人には逆らわない様にしている。
素直に頷く。
「うぅん…」
由の声で現実に引き戻される。
仕方ない…優しく起こす…
実践してみよう。
「由…ゆ〜い」
なるべく優しく肩を揺すりながら、声を掛ける。
「ん…ぅん?」
もぞもぞと身じろぎしながら薄く目を開ける由。
「おはよう、由」
「えっ?」
ぱっと目を開ける由。
「おっ、起きたか?」
由が一発で起きるとは…実に珍しい…
布団ごとひっくり反してもまどろみながらグズる癖に…
「恭介…どうしたの?」
目をしばたきながら言う由。
俺が普通に起こしたのが珍しいらしく、不思議そうな顔をしている。
「あ〜、えーと…昨日は…ごめん」
とりあえず謝っておく。
俺が謝っちまうのが一番早そうだ。
「えっ?えっ…う、うん…」
一瞬、驚いた顔をしてすぐうつ向く由。
「私も…ごめんなさい」
下を向いたまま、謝り返す由。
う〜む、しおらしい…こんな由は本当に珍しい。
「よし、仲直りって事で、今日はどこかに遊びに行くか!」
「いいの?」
「もちろんいいぞ!定休日だしな、一日中付き合ってやるぞ!」
「――うん!」
俺の家で朝食を済ませてから出かける事になった。
食べ終えた途端。
「恭介、早く早く!」
すっかりご機嫌の由。さっきのしおらしさは欠片も無い。
「焦んなよ、時間はいっぱい有るから」
もう引っ張り回されるのは分かっているので諦める事にした。
ぐいぐいと引きずられていく俺。
「あれ?」
店の前の道路、俺達が向かう駅に続く方向とは反対側の方…
品川さん?
「恭介?どうしたの?」
「あ…いや、なんでもない」
かなり遠くなのではっきりとは分からないが、道路の先に品川さんが居た様な気がした。
気のせいだろう…
そして。
「由〜、待ってくれぇ」
「またぁ?さっきから休憩ばっかじゃん」
「そんな事言ったって…朝の9時から今まで動きっぱなしじゃないかぁ」
時刻は夕方6時。由に一日中振り回された俺は、最早ボロボロのくたくただった。
午前中は市民プール、午後からは買い物にカラオケ、また買い物とかなりハードだ。
「ほらぁ、あとちょっとだよ〜」
ようやく解放される事になったのだが、家を目前にして俺はヘバってしまっていた。
両手に抱えた買い物袋も大きな要因だ。
「つ、着いたぁ〜」
ぐずぐず言いながらもやっと家に着く事が出来た。
「じゃあ荷物置いたら恭介の部屋に行くね〜、さっき買ったゲームやろぉよ〜」
なんと…まだ解放されないですか?
「もう休みたいんだけど…」
「今日は一日付き合ってくれるんでしょ?」
「……はい」
そう言うと、たったかと桂家に駆け込んで行く由…
ものすごい体力だ…
「ふぅ……えっ?」
踵を反して振り向いた視線の先…
今朝も見たの道路の先に…
「品川さん…」
間違い無い…
今朝と同じ所に品川さんが立っている、見間違えじゃなかったんだ…
「あっ…」
俺と目が合うと品川さんは行ってしまった。
???
どうしたんだろう…
今日は休みなのに…
っていうかまさか朝からずっと居たのか?
そんな訳無いよな。
たまたま通りかかっただけだろう…