第四話
「有紗ちゃ〜ん」
「は〜い、只今参りま〜す」
品川さんが働き始めて三日。
平日になったという事もあるが、店は明らかな大混雑に襲われていた。
外には軽く行列が出来ている、こんなに混む事はまず無い。
「有紗ちゃん、こっちも〜」
「はい〜」
常連客の緩みきった顔を見て容易に想像がつく。
こいつら、品川さん目当てだ。
品川さんはとにかくかわいいし、ニコニコと丁寧な接客をする為たちまち人気者になった。
噂を聞き付けて来た奴や、一日に2〜3回来る奴まで居る。
繁盛するのは良いが、何考えてんだ、このオッサン達は…
「有紗ちゅわ〜ん」
品川さんばかりを呼んでいるので彼女は大忙しだ。
「はいよー、恭介ちゅわんで〜す」
代わりに行ってやる。彼女は明らかにテンパってたし。
「恭ちゃん…はは…チャーハン大盛りね…はは」
「かしこまりましたあ」
配膳も追い付かず大変だが、厨房もかなり大変みたいだ。
常連達がこの有り様でもお袋の激が飛んで来ない。
パリン!
驚いて音のした方を見てみると、品川さんが真っ青になっている。食器を落として割ってしまった様だ。
「大丈夫?」
直ぐに駆け付ける。
「恭介さん、ごめんなさい…私…私…」
品川さん、今にも泣きそうだ。
まだ三日目だし、さっきの状況からじゃ仕方が無いのに…
「大丈夫だよ、怪我は無いね?片付けは俺がやるから」
「ごめんなさい…」
しゅんと、項垂れてしまった。
「大丈夫かあ!有紗ちゃん」
「俺が拾うから、下がってて、有紗ちゃん」
「大丈夫か?」
「大丈夫か?」
「大丈夫か?」
「大丈夫か?」
「ひぃぃやああ、みなさん、ごめんなさいごめんなさい」
わらわらと店内の男共が、食べるのそっちのけで群がって来た!
「な、何やってんだよ!みんな!品川さん、脅えてるだろ?おとなしく食ってろよ!午後の仕事間に合わなくなるぞ!」
「恭ちゃんばっかずるいってぇ」
「うるさい、徳さんは奥さん居るでしょうに」
やんややんやと騒がしくなる店内。
そんなこんなで品川さんを中心に男共の熱気が最高潮に達した頃、急にものすごい勢いで店の扉が開いた。
グゥワララララー!!!
驚いて店内に居る全員が注目する。
ものすごい形相の由が仁王立ちしていた。
静まり返る店内。
「ゆ、由、どうしたの?」
俺が問い掛けると、ズカズカと突進してくる。
なんだなんだ?
途中、品川さんを威嚇しながら睨みつける由。
「おいおい、ゆいでででででででで」
耳を引っ張られた!
痛い!
「恭介さん」
心配そうに声を掛けてくれた品川さんをまたしても睨みつける由。
「ちょっと由、痛ってぇって!」
結局、店内のみんなに注目されながら外まで引っ張られてしまった。
外に並んでいた人達もびっくりしてる。
「…………」
外に出ると、ようやく放してくれた。
「くあぁ、痛かった…何すんだよ〜」
かなり怒ってるみたいなので、控え目に訊いてみる。
それにしても俺、由に何かやったか?
「あの人誰?」
「はあ?」
やっと口を開いた由。
「さっきのエプロン女は誰なんだって言ってんの!」
ああ…黙ってたのを怒ってるのか…
土曜日からドタバタしすぎて忘れていた。
「彼女は新しくバイトに入ってくれた品川さんだよ」
「なんでバイトさ?」
「なんでって…俺達だけじゃ大変だからだよ」
「今までは居なかったじゃん!」
「はあ?だからぁ、今まで居なかったから大変だったの!何怒ってんだよ?由」
「……………」
訳わからん、今度は黙っちまった。
唇を噛み締めて何かを堪える様にうつ向いている。
こんな由を見るのは初めてだ。
「はぁ…由、明日の開店前に店に来いよ?義人も連れてさ、品川さんを紹介するから」
「…………」
返事無し。いい加減店に戻らないと、品川さんが心配だ。
「じゃあ、明日な」
俺は立ち尽くす由を残して店に戻った。
次の日
「こいつら俺の友達、二人とも両隣に住んでるんだ」
開店30分前、出勤して来た品川さんを二人に紹介した。
品川さんはキョトンとしている。
「この二人ここで飯食う事も多いから、これからちょくちょく顔を合わせる事があると思うんだ。紹介しとこうと思って」
「あっ、はい。わかりました。お二人とも、私、品川有紗と申します。」
「は、はい。僕は土屋義人です。よろしくどうも」
品川さんの登場から放心状態だった義人があたふたと反応する。
「由?」
由はテーブルに座って頬杖を着いて明後日を向いている。
今朝、一緒に朝飯を食べてからずっとこの調子だ。
「…桂……由」
そっぽを向いたままぼそっと呟く由。
「はい、土屋さんに桂さんですね。こちらでアルバイトとしてお世話になっております。よろしくお願い致します」
由の無愛想のお陰か、品川さん独特のかしこまった雰囲気のお陰か、微妙な雰囲気になってしまう。
「……じゃあそういう事で…」
さっさと切り上げて開店準備をしてしまおう。
「恭介さあ、この品川さん?…が居れば、お店を手伝わなくてもいいんじゃないの?」
「えっ?」
やっとまともに話をしたかと思ったら、妙な事を言い出す由。
「やっと普通に遊びに行ける様になれたね、良かったね」
明らかな嘲笑を含めた笑顔で言う由。
カチンと来た。
「何言ってんだよ、別に手伝いを辞めるつもりはねえよ!」
本心だ。給料が出なかろうが、ここで働くのは俺の日常なんだから。
それを否定された気がして少しムキになる。
「どうして?自分の時間が無いっていつも言ってたじゃん」
「言ったけど誰かに押し付けるつもりなんかねえよ。だいたい俺はここの息子なんだから手伝うのは当然なんだよ!」
「ちょっと二人とも、やめなよ!」
半ばケンカ状態になってきた俺と由を義人が慌てて止める。
品川さんはひたすらオロオロしている。
結局、やたらと挑発的な由を義人が無理矢理家に連れて帰った。
「私、嫌われてしまったのでしょうか…」
「そんな奴じゃないよ由は…」
口ではそう言うが、俺は初めて見る由に苛立ちを抱かずにいられなかった。