第二十八話
更新が遅れてしまって申し訳ありません。
「断言するぜ、アンタ間違ってるぜ」
源さんだった。
さっきまで普通に日替わり定食食ってた源さんが箸を止めて有紗の父親に向き直っている。
意外な人物の介入に俺も有紗も絶句してしまった。
「事情は知らねぇけど恭ちゃんの言いてぇ事はなんとなく解んぜ、アンタてめぇの娘追い詰めてちょっとおかしいぜ」
「失礼な…追い詰めているなどある筈がない、私は娘の為を思って言っているのだ」
煩わしそうな表情で反論する有紗の父親。
「だから間違ってるって言ってるんだよ、アンタの娘はアンタが怖ぇから恭ちゃんに隠れてんじゃねぇか?」
背中の有紗が体を強張らせたのが伝わる。
「下らんな…世間に有りがちな思春期の異性への憧れと親への反抗期が重なっただけですね」
「な!違うだろ!そんな簡単な言い方で片付けんなよ!」
「……そうだよ恭ちゃん、違うんだ、親がそんな事言っちゃいけない」
話を割った俺を制したのは徳さんだった。
「俺も源ちゃんと同じ意見だよ、有紗ちゃんのお父さんの言ってる事は間違ってるよ」
有紗の父親と向き合う源さんに並ぶ徳さん。
「アンタさっき言ってただろ?有紗ちゃんの事は人任せだって…そんな事言っておいて世間がどうとか言っちゃいけないよ」
いつもちゃらけている徳さん、真っ直ぐに有紗の父親に言い放つ。
その通りだと思う、有紗の父親がさっき言ってた事は有紗の事を想っているなら絶対に言えない筈だ。
「下世話が過ぎますよ、無関係な人間が人の家の事情に口出ししないで頂きたい」
さも下らないと言った様子の有紗の父親、この人は完全に自分と周りの人間を別に考えているのだと思った。
「無関係じゃないってばさ、有紗ちゃんはここの人なんだからね」
今度は永井さんだった。
「所詮はアルバイト、それに既に有紗は辞めている筈だ、無関係以外になんと言うか…」
鼻で笑う有紗の父親。
「そうじゃないってばさ、毎日顔合わせて、毎日飯の世話になってきたんだ、店のバイトだからって情もあれば恩もある、ましてや恭ちゃんだって絡んでりゃ尚更だってばね」
「永井さん……」
背中に居る有紗の小さな声、嬉しいんだろう…俺も同じ気持ちだ。
「いい加減にしてくれませんか?たかがアルバイトの有紗にそこまで肩入れするのは理解為かねますよ」
「理解してもらおうって訳では無いんですよ、ただ恭ちゃんの話を聞いてあげて下さいよ」
宮田さんだ。
嬉しかった、ただ昼飯食いに来ただけの常連達はみんな俺達の味方だった。
有紗の為とはいえ暴走気味だった俺に自信を与えてくれた。
「………いいですよ、少し時間を掛けすぎたお陰で商談には間に合いませんからね…」
ため息混じりに肩をすくめる有紗の父親、どうやら諦めて話を聴いてくれる気になったらしい。
「……さぁ、恭ちゃん…言ってやんな」
「ありがとう…みんな………有紗…いいよな?」
ずっと俺の背中に隠れたままの有紗に訊く。
「……はい…」
相変わらず俺の制服を掴み終始顔を伏せたままの有紗…
大丈夫……
どうなろうが俺が何とかしてやる…
味方も居る……
よし…!
「さっきは失礼な事言ってすいませんした、今言わないと一生後悔すると思って少し感情的になってしまいました…」
「……構いません……早く本題に入って下さい…」
話は聴いてくれるみたいだが煩わしそうな表情は変わっていない。
「まず十年前…有紗とここに来てくれていた時に居た俺を覚えてくれていますか?」
「……ああ…記憶している…いつも一緒に食事もしていた…」
「はい、そうです……俺もちゃんと思い出したのはさっきなんですが……有紗は…違うんです…」
「……?どういう事ですか?」
「有紗にとってその十年前の記憶はかけがえの無いものなんです……」
「…恭ちゃん…」
背中の有紗が俺の制服を強く握りしめてくる。
「有紗に再会して一月半……笑顔はたくさん見ました……でも……」
そうだ……
思えば俺が有紗に惹かれた一番の理由はこれだったのかもしれない……
不安から救ってあげたかった……
優しくて綺麗な有紗と一緒に居たかった……
それもある……けど…
「あの時に俺が毎日楽しみにしていた、無邪気な笑顔は見ていないんです……」
思い出した今だから解る、俺は心のどこかで覚えていたのかもしれない…
大好きだったゆーちゃんの笑顔を…
「…………」
静まり反っている。
背中に顔を伏せている有紗の体温が熱い…
泣いている……
「幸せそうに……有紗は笑ってたんです……きっと毎日が楽しくて……優しかったんだと思います…」
「…馬鹿な…あの時の私達の生活は地獄だった……貧しいばかりで楽しい優しいなど皆無だった筈だ…」
「違――」
「――違います!お嬢様にとって品川の生活こそ地獄だったのかもしれません…」
俺の声を遮って荒げた様な声を上げたのは品川の屋敷で会った黒服じじいだった。
「…黒服じじい……どうしてここに?」
「アルベルト……」
「旦那様……話を割ってしまいまして申し訳ありません……恭ちゃん様……じじいは余計ですぞ?」
ジェントル全快で有紗の父親に向き合う黒服じじい。
「藤村様……私がアルベルトさんを呼んだんです…」
「レオナ…」
「実は午前の時にレオナさんから全て訊かせて頂きました…恭ちゃん様…私共が至らないばかりでご苦労をおかけしました…」
やはりジェントル全快で俺に頭を下げる黒服じじい。
店のみんなも唖然としている。
「アルベルト…貴様先ほどの発言は聞き捨てられないぞ?」
明らかに苛ついた声を上げる有紗の父親。
「旦那様……失礼ですが私やレオナさんは旦那様よりお嬢様に接する機会が多くございました……心苦しいですがお優しいお嬢様の我慢なされたお姿ばかり思い起こされます…」
終始頭を下げたまま進言する黒服じじい。
「…たわけが!そうならない為に貴様達を付けておいたのではないか!」
「……違います…旦那様……」
「違うんだ!アンタじゃなきゃダメだったんだよ!有紗は変わっちまったアンタの事を嘆いていたんだ!」
別荘の時に見た有紗の悲痛な表情が蘇る。
「俺も知ってる優しい父親に戻って欲しかったんだ!」
「…何を…戯れ事を…有り得ないんだ…有紗は…苦しんでいたんだ…」
??
なんだ?少し様子がおかしい……
「有り得ん!戯れ事ばかり並べおって……!」
さっきまでの余裕な態度が感じられなくなっている。
「……お父様…」
不安そうな声の有紗…
「…はぁ…」
疲れた様なため息を吐き、嫌味に肩をすくめる有紗の父親……
?
「………まぁいいでしょう………ここは新都市化計画に飲まれる筈ですから……」
「―――!」
そうだ……忘れていた……
新都市化計画……
「知っているみたいですね…市民に必要な高速道路です…拒否しようとしても市民団体による組合に圧力を掛けられてしまうかもしれませんが…」
「きたねぇ!そんなの脅迫みたいなもんじゃねぇか!」
「失礼ですね…市民団体の事実を述べただけです…」
「…恭ちゃん…今の話マジかよ?」
みんなも不安そうに表情を強張らせている。
背中の有紗はガタガタ震えている。
回り込ませて正面から抱き締める。
クソ……
「あ〜〜それなんだけど、ちょっといいか?」
呑気な声は親父だった。
「親父……何だよ?」
余裕の表情の親父、後ろに居るお袋も同じ表情だった。
「まあ待て、お〜い入って来ていいぞ〜」
?
店の入り口に声を掛ける親父…
「…こんちは〜」
店の扉が開くと現れたのは武藤さんだった。
「えっ?武藤さん?」
「やあ恭ちゃん、社長も…って今は総帥だったね…」
「……武藤…」
有紗の親父も困惑気味だ、俺もこのタイミングで呼ばれた武藤さんに疑問しか無かった。
「……きょーちゃん…」
既に有紗は全員から身を隠す様に俺の胸で小さくなっている。
「……有紗ちゃん…悪かったね…俺…知らなかったんだよ、有紗ちゃんがここを大好きなのも…都市計画を知っていたのも…」
俺の腕越しに有紗に語り掛ける武藤さん…
まるで小さな子供に話し掛ける様に優しい声だった。
「おじさんもね…ここの食堂が大好きなんだ…もう二十年くらい前から通ってるんだよ…」
「…えっ?」
俺も有紗も驚いていた。
ずっと隠れていた有紗が少しだけ顔を出した。
「武藤君は父ちゃんの同級生なんだよ…父ちゃんが恭介みたいに店を手伝っていた時からの付き合いらしいよ…さっき電話して来てもらったんだよ…」
「…そ…そうなんだ…」
お袋の補足に納得するが、頭が着いてこない。
「買収の話はもちろんあったね…でも俺はそんなの聞く気は全く無かったんだよ…夏の間は高速道路の迂回の詮索で大変だったけどね…」
「……あ…」
有紗の小さくてかすれた声が洩れた。
「…だから大丈夫…有紗ちゃん……俺は味方だよ?」
とても分かりやすくて優しい一言だった。
上げていた顔を再び伏せる有紗…
「………あ……ぁぅ……私……何て事を……」
散々武藤さんを嫌っていた有紗…激しい後悔の声を上げる。
無理も無い、俺だって疑っていたくらいだ。
「いいんだって有紗ちゃん、俺も誤解が解けて良かった」
むせび泣く有紗に優しい顔で微笑む武藤さん…
「都市計画の話は前から聴いてたんだ…武藤は真っ先に俺に言ってくれたんだよ…そんな事させないってな…」
「…親父…」
「すまなかった…恭介にも伝えておけば良かった…」
俺と有紗に頭を下げる親父…
「武藤さん…おじ様…私……ごめんなさい…ごめんなさい…」
涙でいっぱいの有紗…
「だからいいんだって…泣かないでくれよ…はは…困ったな…」
「武藤……貴様……」
「総帥……申し訳無いが新川町の買収の話は消滅しています、既に迂回路にて工事は着工段階まで進んでいます」
「……何という事を……」
大きく落胆した様子の有紗の父親。
「…覚悟は出来ています、やるべき事は終わりました…悔いはありません…」
「武藤さん…」
「恭ちゃん…大丈夫…こうなってしまうのは解っていたんだ…俺の事はいいから…な?」
小さく頷いて、再び有紗の父親に向き直る。
胸の中の有紗は嗚咽を洩らしているが安堵と感謝と武藤さんへの謝罪の涙だろう。
「都市計画を知った有紗は一人で苦しんでいたんです……武藤さんが来店した時も買収交渉に来たと不安に飲まれていました…杞憂に終わってくれたみたいすけど……」
「…………」
無言で有紗を見つめる有紗の父親…
「解って頂けましたか?有紗がここにすがっていた理由…」
「……有紗……」
威圧的だった表情が緩み、ひどく疲れた様に体を虚脱させている。
「解らんよ………私はどうすればいいんだ……解らない……」
虚空に問掛ける様に呟く有紗の父親……
「千鶴……美和子……私は…間違っていたのだろうか?……」
それを聞いた有紗の嗚咽が止まった。