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第二十六話

心が溢れる想いでした。



十年振りに訪れた場所なのに、とてもとても安心出来たんです。



忘れていたと思っていた笑顔が自然に溢れました。



おじ様、おば様…確かおじい様も居た筈だったのですが、代わりに居たのは大きくなったあの子でした。



懐かしかった……



嬉しかった……



私の事なんか覚えていないだろうな……



…………



私は思いました。




この人に嫌われちゃいけない………



演じなくちゃ………




そうしないと嫌われてしまう………



愚かにも自分を一番苦しめていた品川の教えにすがってしまいました。









最初は好きとか、そういった感情ではなかったと思います。

ただ一緒に居たかったんだと思います。


一緒に働いているだけで幸せで……

常連さん達が呼ぶ恭ちゃんの名前を聴くだけで幸せで……

おじ様やおば様が作ってくれたご飯を食べれるだけで幸せでした。




変わってきたのは最初の定休日の日です…



私は屋敷に居るのが嫌で、定休日であるにも関わらずお店まで来てしまっていました。

お店を眺めているだけで安心出来ました。


しばらくそうしていると恭ちゃんが出て来ました。

桂さんも一緒でした。



私の中で何かが蠢きました。



私の方が一緒に居たいのに……

私の方が彼を必要としているのに……



嫉妬という感情を初めて知りました。




次の日から私は少し不安定になりました。



恭ちゃんに前日に食堂に来たか訊かれました、嫉妬という感情が恥ずかしかった私は嘘をつきました。

恭ちゃんが目を合わせてくれないだけで不安で仕方がありませんでした。


嘘がばれた?


嫌われた?


おかしな被害妄想が膨らみ、苦しくなってしまいました。



そんな時に思いがけない人に会ってしまったんです。


新都市化計画主任……

武藤さん……


お父様の部下である武藤さんとは、数回会った事がある程度でした。

以前、彼とお父様が話していた話を思い出してしまいました。


新都市化計画に向けての用地買収。


私はうろたえました。


武藤さんは買収交渉に来たに違いない。


不安で不安で胸が張り裂けそうでした。

その日、不安から具合が悪くなってしまった私を恭ちゃんが送ってくれました。


安心出来ました。


私の安心出来る場所である食堂を出ても安心出来ました。


私には恭ちゃんしか居ない…

恭ちゃんの側に居たい…

もっと安心したい……


都合のいい理由をつけて恭ちゃんに抱きつきました。


思った通り安心出来ました、恭ちゃんに触れていると本当に心から安心出来ました。



安心して冷静になれた私は調べました、もちろん都市計画についてです。

私の早合点であってほしかった。



不安は的中していました。


用地買収予定地―久住市新川町―藤村食堂…

まゆつばだとも思っていた私の妄想は本当だったんです……


不安の波に飲み込まれた想いでした。


私のせいではないだろうか……


おじ様、おば様、優しい常連さん達……

恭ちゃん……


私が何とかしないと……


お店を守らないと……

恭ちゃんの側を離れない様にしないと……



幼稚な妄想でした。



いえ、都合よく置き換えていただけですね……


私は恭ちゃんと一緒に居たかったんです。


この時既に私は恭ちゃんが大好きだったんです。




そして、私の想いが膨れ上がると気が付いた事がありました。



桂さん……



初めて身近に感じる同年代の女の子でした。


すごく可愛くて、優しくて、私みたいに嘘つきじゃなくて………


私より恭ちゃんの事知ってて………


私と同じ想いを持っていて………



純粋で親しげな桂さん…

対して私は陰湿で傲慢な心を隠していました…


私は自分が嫌になりました……


…私は何をやっているんだろう…桂さんは初めての同姓の友達になってくれる人かもしれないのに……


自己嫌悪に押し潰されてしまいそうでした……


これじゃいけない…


頑張って桂さんの優しさに応えなくちゃ…

頑張って桂さんに友達になってもらおう…


自分自身を戒めるつもりで自分自身に言い聞せました。



でも…みんなで行った別荘の時……


私は浮かれていました……

旅行が楽しくてじゃない、別荘が楽しみじゃない。


会えないと思っていたお盆休みにも恭ちゃんと一緒に居れるから。


そして私は戒めたつもりだった自分の陰湿な心に飲まれてしまったんです。


夜のテラス…


私は最初から最後まで見ていました。


何を話していたかはわかりません、でも簡単に想像出来ました。



そして……


……私は泣いている桂さんを…嘲笑っていたんです……



………死にたくなりました。


優しい桂さんを私の汚れた負の感情で汚してしまったと後悔しました。



もうどうでもよくなりました。



買収の事だって私なんかにどうにか出来る問題じゃない…品川の娘として、恭ちゃんに謝罪して諦めよう……



次の日…恭ちゃんに謝罪した後の事はあまり覚えていません…いえ、ちゃんと謝罪出来たかどうかも覚えていませんでした。




屋敷に帰った私は抜け殻でした……


終わった……


やっと安心出来る人に出逢えたのに……


大好きな人に出逢えたのに……


……………


怖い…また不安ばかりの毎日に戻ってしまうのが怖い……


安心したい…


期限はまだ少しある……


嫌われてしまっただろう……


でもあと少し…あと少しだけ……


一緒に居させてもらおう……


せめて私が壊れるまで………





お盆休みが明けて、慣れてきた道を歩きお店に出勤する私……

死の階段を上る想いでした、恭ちゃんに会いたいけど会いたくない……


恭ちゃん……


ごめんなさい……


ごめんなさい……


……………


助けて………





……絶望していました。


あれだけ安心出来たお店に居ても自分が保てなくなってしまった。


優しい恭ちゃんが何か言っていました、迷惑ばかり掛けているのに……

私に恭ちゃんの側に居る資格は無いのに……


ああ…私はもう駄目なんだな……


……そう…思った時でした……


『…一人にしないから…』


混濁とした意識の中で、恭ちゃんの言葉が私に染み渡った気がしました。


濁りきっていた世界が澄み渡った気がしました。



良かった。


私はまだ大丈夫…


恭ちゃんが居れば大丈夫なんだ………




今思えば全てまやかしに過ぎませんでした。



楽しい、嬉しい、暖かい、気持ちいい、幸せ、安心、苦しくない、怖くない、寂しくない………


…………


まやかしでした。


自分を偽り続けた代価を精算するにはあまりに遅すぎました。


一人になった時の重圧に耐えられなくなりました。


自己嫌悪、嫉妬、妬み、ひがみ、後ろめたさ、卑しさ、厚かましさ、図々しさ……


あらゆる嫌な感情が湧いてきました。



そうして不安になると思いました……



恭ちゃんは私を好き……



私?



私?



どの私?



偽り続けた私、人を見下し続けた私、嫌われたくなくて隠れ続けた私……



気が狂いそうでした。



恭ちゃんに会わないと……



恭ちゃんに抱き締めてもらわないと……



恭ちゃんは私を好きなんだから会ってくれる……



迫る期限の事など忘れていました。



そして恭ちゃんが倒れてしまったんです。




……………



後悔……



それだけが私を埋め尽しました。








「その後は屋敷に引き込もる日に戻ったんだと思います………はは……実はあまりよく覚えていないんです……」


長い朗読を終えた様に話を切る有紗。


どこか吹っ切れた様な表情だった。


「…でももう大丈夫です、恭ちゃんが思い出してくれたから……私はもう大丈夫です…」


「……………」



誰一人口を開かなかった。


俺も…いや、そうじゃないか……


俺は……



「……えーと……いろいろ言わなくてはならない事がたくさんありますが……まずは…」


「……いや、その前にちょっといいか?」


「えっ?は、はい…」


「お前…本当に大丈夫か?」


「は、はい…大丈夫…です、もちろん!」


「嘘つけ!!」


「……!う、嘘じゃありません!私…」


俺は怒っていた。


「俺と由に謝って、買収の話なんとかして、今までありがとうございました、はいさようならとか言うつもりだろうが!!」


「あ」


「図星か?……お前は本当にバカだな」


「あぅ…」


涙を溜めて苦しそうにうつ向く有紗。


「ふ、藤村様!何て事を」


「レオナは黙ってろ!」


レオナを一蹴し、有紗に向き直る。

肩を掴み顔を上げさせる。


「……いいか…有紗…悪いけどな、そんな事絶対言わせないからな!」


「?……恭……ちゃん?」


俺を見た有紗の顔は涙で一杯だった、吹っ切れた様に見えた表情は涙が混ざると少しも吹っ切れていなかった。


「…させるかよ…まだお前は……有紗は……」


「…恭…ちゃん?」


「ゆーちゃん……苦しんでんじゃんかよ……」


有紗に負けないくらい俺の顔も涙で一杯だった。


「きょーちゃん……!」


目一杯だと思っていた有紗の涙がまた溢れてくる。


「……有紗さん…恭介の言う通りだよ?有紗さんおバカさんだね」


「桂さん…」


「でもね…私の方がバカなの……でね、恭介はもっともっとバカなの……だから有紗さんの言う事なんて聴かないよ」


「桂さん…」


「…品川さん…大丈夫…恭介なら大丈夫だから安心して?」


「…土屋さん…!」



周りを見ると、みんな笑顔で見守ってくれていた。



「よし、有紗…携帯あるか?」


「えっ?いや、今は持っていません」


「じゃあレオナ、お前の携帯…有紗の親父に繋がるか?」


「えっ?は、はい…大丈夫…です、繋がります」


「恭ちゃん?何を?」


「いや、お前の親父呼び出そうかなって……」


「「「はあ!?」」」



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