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第二十四話

俺の声に振り向く有紗。



彼女に会うのは一週間振りだった。



彼女は別人の様だった。



長くて綺麗な髪は雨に濡れ、いつもの輝きは無かった。



清楚の見本の様だった真っ白なワンピースは艶めかしく肌を写し別人を思わせた。



大好きだった笑顔は無かった。



俺を見ている筈なのに、瞳は何も捕えていない様に虚ろだった。



触れただけで壊れてしまいそうな彼女は弱々しくて儚くてどこか幻想的だった。






「有紗!」


駆け出し、彼女を抱き締める。


「有紗!ごめん!ごめん!!」


彼女は冷たくなっていた。

彼女の服に染みた雨が抱き締めている俺の制服に伝わる。


「……恭……介…様…」


絞り出した様な声はかすれていた。

呼んでくれた名前に胸が苦しくなる。


「不安になる事なんて無いんだ!!俺が!俺が安心させてやるから!!」


俺の目から熱いものが止めどなく溢れてくる。


有紗は俺にすがってくれたのに…

俺に笑い掛けてくれたのに……

俺を……好きになって……くれたのに……


「有紗ぁ!!」


きつく抱き締める。


「………うぅ…」


有紗の手が俺の背中に回る…

痛いくらいに抱き締めてくる。


「……うぅ…うあぁぁ…うああああぁぁぁぁぁ!!」


泣き声では無かった…


それは彼女の心の悲鳴だった。







一分だったか、十分だったか、一時間かが経った頃…


俺の胸ですすり泣き続ける彼女に告げる。


「有紗、行こう」


「………?」


力無く見上げた有紗はぼろぼろだった。

優しく綺麗だった笑顔の面影は欠片も無い。

俺の言葉の意味がわからない様に表情を変えない。

まるで人間に脅える捨てられた子犬の様だった。



歯痒い…!やるせない…!もどかしい…!


……一緒に要る筈なのに……切ない……


有紗の手を掴んで走り出した。

頭で考えるより先に走り出していた。

早く有紗の安心できる所に連れて行きたかった。







驚く程簡単に連れ出す事が出来た。


有紗は糸の切れた人形の様に俺に手を引かれ走るだけだった。

胸が痛いくらいに締め付けられた、俺は夢中で走っていた。



店の扉を開ける。



「いらっしゃ〜い」


時間は昼近く、店は営業中だった。


「き、恭介!あんた何やってんだい!」


雨に打たれて水浸しの俺と有紗を見て酷く驚いているお袋、店内で昼食中のお客達も唖然としている。


「はぁはぁ……お袋……タオル…」


「ちょっと…有紗ちゃんじゃないかい…あんた…今日は学校だろ?どういう事なんだい?」


状況が全くわからないお袋は酷くテンパっている。


「恭介」


タオルを数枚投げ渡される、親父だった。


「…ありがとう」


急いで有紗を拭いてやる。


「…母さん…落ち着け…恭介…どういう事だ?」


あくまで冷静に訊いてくれる親父。


「いや、説明は後だ、テーブルを一つ貸してくれ、なるべく邪魔にならない様にする」


いちいち説明出来る事じゃなかった、予め説明出来る簡単な問題じゃなかった。


「………わかった……好きにしろ…」


ため息混じりに言う親父…


「…悪い…」


「あ、あんた!………まったく………しょうがないね……只事じゃないみたいだし、あたしも目を瞑ってあげるよ……はぁ…」


感謝した…店内の常連達も何も言ってこなかった…


「…ありがとう…」



…………



「よし…まずは……」


座らせた有紗に向き直る。

有紗はうつ向いて、体を少し震わせていた。


「久しぶりだな」


テーブルを挟み向かい合った彼女に言う。


「…本当に…久しぶり…だな…」


俺の声に全く無反応の彼女…


「……ごめんな…久しぶり過ぎて…忘れていたんだ……」


そうだ……忘れていた……


はっきり言って今もしっかり思い出せた訳じゃない……


でも、有紗が俺にすがってくれた理由はこれだけしか無かった……



だから………



「……ゆーちゃん…」



呼んであげないといけない……









まだ物心がついて間もない頃だったのだろうか……


幼稚園の年中、年長くらいの時だったと思う。


その頃は既に義人や由とは仲良しでいつも三人で遊んでいたと思う。


そして俺は二人と遊ぶ他に両親の仕事場である藤村食堂で遊ぶのが大好きだった。


『おお、恭ちゃん、小っちゃいのに手伝いして偉いねぇ』


『ま〜ね〜、おれはよんだいめだからとうぜんだよ〜』


今思えば店を駆けずりまわるだけで、手伝いなんて少しもしていなかった。

でも俺は気のいい常連達に褒められるのが嬉しくて、いつもいつも店に居たんだ。




そして、あの子が来たんだ。




『きみはだれ?』


『おれ?おれは恭ちゃん!』


『きょーちゃん?』


『うん、きみは?』


『わたし?わたしは………えっと………ゆーちゃん!』


『ゆーちゃん?』


『うん、わたしはゆーちゃん!』


『おいおい……名前はちゃんと言わないと駄目だろう?』


『だってわたしのなまえむずかしいんだもん!わたしのかんじはゆーってよめるんでしょ?』


『そうだけど……はは…困ったな……』


いつも父親に連れられて店に来てくれていたゆーちゃん……


彼女は小さくて自分の名前をちゃんと言う事が出来なかった。


かわいくて人懐っこくて、俺はすぐに仲良しになった。


由と義人には内緒だった。




それから父子揃って毎日の様に来店して来る二人に会うのが一番の楽しみになった。



『ゆーちゃん、いらっしゃいませ!』


『きょーちゃん!きょうもいっしょにごはんしようね?』


『うん、もちろんだよ』


俺の両親も気を遣ってくれたのか、二人が来店した時は一緒に食事をとらせてくれた。


俺はゆーちゃんに会いたくて毎日二人が来る時間には店に居るのが日課になっていた。




そんな楽しい期間は小学校に上がってからも続いた。


『きょーちゃん!こんにちは〜』


『ゆーちゃん!いらっしゃいませ〜』


今思えば俺にとって一番大切な時間だった。






でも俺が二年生に上がったくらいの時から二人は店に来なくなってしまった。


突然来なくなってしまったゆーちゃん…


でも俺は毎日ゆーちゃんが来る時間には必ず店に居る様にしていた。



でも彼女が来る事は無かった……



俺は悲しくて悲しくていつも泣いていた。



でも店に居ればいつかは会えると思っていた。


いつからか店を手伝う様になり……


突然居なくなってしまったゆーちゃんの記憶は薄らいでしまった。



同じ父子家庭の由とだぶらせてしまった。




ゆーちゃんはゆーちゃん……




由ちゃんは由ちゃん……




違うのに……




悲しくて悲しくて……




忘れていたんだ…………




ゆーちゃん………




ゆうちゃん………




有ちゃん………




有紗…………









「……きょーちゃん……」


伏し目がちにテーブルを眺めていた有紗が顔を上げる……



かわいくて人懐っこくて………



懐かしい女の子が俺だけを見つめていた………




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