第二十三話
午前9時、打ち付ける温い雨を抜け、歩く。
何度も有紗を送って行った道、否応にも感慨しく気持ちが浮き沈みを繰り返す。
いや、そうでは無い。
俺は昂ぶる気持ちを抑えるのに必死だった。
逸る足を抑えるのに必死だった。
自分自身を憤り、蔑み、罵っていた。
仕方の無い事だったのかも知れない……
しかし、俺を選び、頼ってくれた彼女を想うとやるせない気持ちが溢れてくる。
早く彼女に会いたかった。
早く彼女を安心させたかった。
「ほらほら〜、恭介〜濡れてるってばさぁ」
「恭介…僕…何だかドキドキしてきたよ…」
なぜか着いて来た義人と由……
「お前らまで着いて来なくて良かったのに…」
少し苛立たしく二人を見やる。
「……恭介…私言ったよ…力になるって…」
「僕も同じだよ……」
「由…義人…」
レオナの話を訊いた後……
家に戻った俺はいつもの様に二人の朝食を作り、三人で食べていつも通り着替えて学校に行こうとした。
『由、義人、俺…忘れ物したから戻るわ』
別に二人に気を遣うつもりは無かった、ただ自分の問題は自分で片付けるつもりだった。
『……ふ〜ん……じゃあ私も付き合ってあげる』
『しょうがないね…僕も付き合うよ』
『はあ?いいよ…俺だけ戻るから学校行けよ』
『う〜ん……却下だね…』
『却下だね』
事情を全く話していないのに、半ば無理矢理着いて来た二人…呆れて諦めたつもりだった……
いや、もちろんわかっている。
二人の心遣いに感謝の心で一杯だった…
「藤村様……」
「レオナ…待たせたな…」
屋敷の少し手前で待ち合わせていたレオナと合流した。
「桂様と土屋様もご一緒でしたか」
「レオナ〜、久しぶりだね〜」
「レオナさん、おはようございます」
「……はい、おはようございます、お二人ともお元気そうで何よりです……しかし…よろしいのですか?」
「…気にするな…戦闘員1号2号と思ってくれ」
「うわ〜、なにそれ!私達かなり重要なんじゃない?」
何を勘違いしたか、目を輝かせてやる気を見せる由。
「由…今のは恭介の皮肉だと思うよ……」
「とにかく…さっさと有紗を連れ出しちまおう、レオナ、どうにか中に入れないか?」
「…はい、入るだけなら問題ありません、私のIDは残っているので、それを使います」
裏手の使用人専用の入り口から入れるらしい、四人で屋敷を回り込みそこに行く。
「…まずいですね…見張りが居ます…」
四人で隠れて使用人入り口を見ると、見張りらしき男が仁王立ちしていた。
「彼は強敵です、元某国の傭兵部隊出身であらゆる格闘技を極めた男です…」
レオナがぶつぶつと説明してくれた。
「どうでもいいがレオナ最初の頃よりキャラ変わってないか?」
「どうにか彼の気を引いて入り口から引き離しましょう」
スルーされた。
「私に任せて!」
戦闘員1号が何やら自信満々で前に出る。
「ちょ…由」
気遣おうとした俺を手で制し、ふって笑って歩み出す由。
なぜか着ている制服をはだけさせながらずんずん男に近付いて行く。
「…えーん……おぢさ〜ん…」
「は?」
何をやっているんだアイツは…
「ド…ドウシタ!ジャパニーズジョシコーセー?」
いんちきくさい片言の元傭兵。
「襲われたよ〜」
「ナッ!プリティガール!ダイジョブカ?」
「あんな事や〇〇〇事されたよ〜…うわ〜ん…」
「FUCK!ユルセン!プリティガール!キャツハ!」
「逃げて行ったよ〜、こっちだよ〜」
「OK!」
由の先導で物凄いスピードで駆けて行く元傭兵…
去り際にぐいっと親指を立てる由。
「…………」
「今の内です…」
あっさり無人になった入り口…
大丈夫か…品川家の警備……
…………
「お嬢様は間違い無く本館の自室に居られると思われます…」
屋敷に入るとレオナを先頭に本館へと進む。
とにかく広い品川家の敷地内…すでに5分以上走っているが、まだ本館には辿り着けない。
「皆さん!止まって下さい!」
先頭のレオナの指示に従いババッと停止、無駄の無い動きで茂みに隠れる俺達。
「…どうした?」
「いけません…本館入り口にも見張りが居ます…」
またかよ…
今度は金髪の女性黒服だった、手には日本刀?
「彼女は…最強と名高い柳沢一刀流の使い手……!何という事でしょう…相手が悪すぎます…」
はあ?
「…どうやら僕の出番だね…」
いつも通りおとなしくしていた義人がずずいと前に出る。
「よ、義人?」
「大丈夫…僕に任せて…」
余裕の表情ですたすた行ってしまう戦闘員2号。
「何奴……」
しゅばばっと女性黒服にあっさり捕まる義人
喉元に日本刀をつき付けられてしまっている。
「……うう…良かった……彼方だったんだね…」
「…???」
意味不明の事を女性黒服に囁きだす義人…
彼女も呆気に取られている。
「…彼方に逢えただけで僕には想い遺す事は無いよ……」
な…何?義人?
「……まさか…剣二なのかい?」
はあ?
「…うん…逢いたかった…」
はあ?
「…剣二……剣二…!」
あっさり刀を引っ込める女性黒服。
「うわあぁ〜ん」
がばっと抱きつく義人…抱きつき返す女性黒服。
「はあ?」
「さあ、今の内です…」
がっちり抱擁する二人を見ながらレオナに引きずられて行く俺。
何だかみんなキャラ変わってないか?
…………
「あの部屋がお嬢様の部屋です…」
「ああ、見張りは?」
「居ない様ですね…」
よしっと身を乗り出して驚く。
音も無く現れた黒服の爺さんが通路を塞いでいた。。
「い…いつのまに…」
「ふっ…甘いですね、少年…」
「ア…アルベルトさん…」
レオナは爺さんを知っているらしい…
どうやら元上司らしい…
「レオナさん…彼は?」
威圧感たっぷりのじじい…
「彼は……お嬢様の彼氏様です…」
半ば諦め気味で言うレオナ。
「ふむ…確か…恭ちゃん様ですな……」
「はあ?」
「アルベルトさん?」
「よくぞおいで下さいました…私は本館の管理を任されておりますアルベルトと申します……」
「えっ?」
「どうぞ…お嬢様のお部屋はこちらです…」
如何にもジェントルな仕草で部屋への通路を明け渡す黒服じじい。
「ア、アルベルトさん?」
レオナが意外そうに驚いている。
「レオナさん…今朝はサボりですかな?…まあお客様をお連れしたと多目に見ましょう…さあ午前のお掃除を始めますよ?」
「えっ?あっ…はい!」
おろおろと黒服じじいに連れて行かれるレオナ。
去り際ににこりと笑う黒服じじい。
「………何だよ…とりこし苦労もいいとこじゃねぇか…」
嬉しくなりながら有紗の部屋の扉に手を掛ける。
「……有紗」
さっきからのやりとりで誤魔化されてしまったが、いざ有紗に会うとなると昂ぶっていた気持ちが蘇る。
泣いているだろうか……
怒っているだろうか……
俺に会って喜んでくれるだろうか………
静かに扉を開く……
部屋の中は広かった。
ベッド、テーブル、机、本棚……無駄の無い部屋……高級そうな家具で統一されているが…寂しい部屋だった。
もう何年も誰も住んでいない様な寂しさ……
有紗は……居ない?
いや………
風になびくカーテン……
開かれた窓の向こう……
「……有紗……」
西洋風のテラス……
そこに今にも身を投げ出しそうな有紗が居た……