第十九話
2007年の8月は31日が金曜日、1日2日が土日ですが、この小説はそれを無視した仕様になっております。
よろしくお願いします。
「―――…ああ…今は眠ってるよ………ああ…勝手に上がってもらって構わない……ああ…………」
携帯を切って視線を落とす…
「……はあ……」
俺の膝で眠る有紗を見ると、深いため息を洩らしてしまう。
今は深夜1時。
エスカレートした有紗は真夜中であろうと俺の側に来る様になっていた…
慌ただしく過ぎていった夏ももう終わる…
8月31日…夏休み最後の日が始まってすぐの事だった…
「お邪魔致します、藤村様…」
「ああ、レオナ…こんばんは…」
さっきの電話の相手はレオナ、有紗の携帯を拝借し、事情を話して来てもらった。
「…お嬢様……」
有紗を見て悲しそう顔を歪める…
「レオナは…俺達の事…知ってるの?」
「……存じております…お嬢様の行動…携帯の履歴……失礼ですがそれらから判断させて頂きました……」
「…はは……そっか……すごいな……」
流石は品川家…籠の鳥か……
「…申し訳ありません……」
俺に深く頭を下げるレオナ。
「…俺は別にいいよ…でもやっぱり…有紗が可哀想だ…」
「………はい…申し訳ありません…」
「だから俺はいいって…機会があったら有紗に言ってやってくれ……それより今は有紗だよ……レオナ…」
布団に座る俺の膝の上で眠る有紗…
連日連夜の電話…それは別によかった…
でも眠ってた俺の前に彼女が現れた時は本当に驚いた……
夜に付き合ってる男の部屋に来る彼女…
夢みたいな状況だが、これは違う…
異常だ…
「驚きました…有紗お嬢様の行動とは思えません……」
「…有紗とは思えない……か……とにかく…連れて帰るか?俺が消えてもいいけど…」
有紗はレオナに任せて、俺は義人の部屋にやっかいになればいい…
「いえ…藤村様はお嬢様のお側に居てあげて下さい……私もお付き合い致します…」
「…それはそれで、また問題があるんだが……」
朝になったらお袋に殺される……
「しかし藤村様……大丈夫ですか?」
「ん…何が?」
「…藤村様の事です」
俺の事らしい…
寝不足に加え、ここ数日は心労から食事も喉を通らない。
見た目にもわかる程、俺の状態はひどいらしい…
親達も心配してくれて店を休む様に言われたが、何かしてないと落ち着かなかった…悪循環だ…
「…俺は…大丈夫だよ…それよりレオナ…有紗…」
「……藤村様…」
かなり心配してくれるレオナ、有紗も似た様な状態だから重なってしまうんだろう。
「……藤村様………少しお話ししたい事があります」
何か決意めいた表情のレオナ。
「……?」
「お嬢様は藤村様を一番に信頼していると思われます……」
さっきも見た悲しそう顔をして俺を真っ直ぐに見るレオナ。
「藤村様も…有紗お嬢様を信じる事が出来ますか?…」
…………
レオナの真摯な態度…レオナが話そうとしているのは有紗の話だ。
それもかなり深いところの……
レオナも話すのを躊躇っている感じだ…
それでも話そうとしてくれている…
レオナは俺を話すに値する人間であると信用してくれている…
それに対してただ相槌を打つだけなんて嫌だった。
「レオナ…………俺さ……異性を好きになった事がなかったんだよ…」
「…藤村様?」
見当違いの返答に目を丸くするレオナ。
「…一番身近に居た由に振り回されていたからかもしれない……ちょっと異性とは一線引いてたんだ……」
話の脱線に驚いていたレオナも俺の真剣さを察してか真面目に訊いてくれている。
「だから有紗に告白しようとした時も少し不安だったんだ………」
旅行2日目の時…
告白しようとした時に感じた自分の感情の違和感…
「綺麗な有紗を好きになったのか…優しい有紗を好きになったのか……それもあると思う………でも…一番は…」
有紗が不安定になればなるほど、その答えは明確になっていったと思う。
膝で眠る彼女に視線を落とす…
安心した様に眠ってくれている…
「……有紗を安心させたかったんだ…」
自分で自分の言葉に納得してしまう…
有紗が時折見せていた悲しい表情…
俺はそれを取り除いてあげたかったんだ…
「だからレオナ……愚問だよ?俺は有紗を…信じるよ……でないと有紗が安心出来ない…」
「……はい…藤村様…よく……わかりました…」
少し嬉しそうに言うレオナ。
「では藤村様…心して訊いて下さい……お嬢様のお話です…」
視線を有紗に向けるレオナ、その表情が再び悲しく歪む。
「…………」
「お嬢様が清海女子学園の三年生である事はご存知ですか?」
「……?…ああ…」
「……7月19日…未明…期末考査終了の日…」
???
悲しそうな表情を崩さないまま語る。
「……お嬢様の退学が決定しました…」
「――えっ?」
「……お嬢様は……不登校でした……一年生…二年生…除々に登校される日が減っていき……三年生になると…全く登校される姿を見る事は……無くなりました……」
…これは驚いた…
レオナの感慨な様子から覚悟をして訊いたがかなり驚いた…
「進学校である清海学園…単位不足からの留年は認めていないのです…」
有紗と会った初日、彼女は言っていた。
『進学は予定していないんです』
そりゃそうだろう…
卒業すら出来ないのだから…
「品川家の力で復学させる事も可能でした…しかしお嬢様の頑な反対があり……退学を止む無し…となりました…」
「……どうして不登校なんて………」
……言ってから気付く…
有紗は言っていた…
怖かった…と…
「わかりません…自室に籠られるばかりで…教師達の落ち度も見受けられませんでした…」
どうだかな…
「…私のお話できるお嬢様のお話は以上です…」
話は終わりか……
レオナには悪いがこれを機に、もう少し話を訊いてみよう…
「……少し質問していいか?」
「……私に答えられる事でよろしければ…」
「…ああ、構わない…」
俺が訊きたいのは二つ。
「レオナは武藤さんを知ってるか?」
「武藤様ですか?………品川建設の武藤氏の事でしょうか?」
「それだ、その人と有紗の繋がりは何だ?」
「…繋がり?いえ、特に無いと思われます…いつもお嬢様のお側に居る私も、屋敷にご挨拶に来られた武藤氏を数回拝見した程度です…」
「………そうか…」
レオナが言うなら間違い無いだろう…
じゃあどうして有紗は数回会っただけの武藤さんにあそこまで敵意を向けるんだ?
……わからない…
「わかった、もう一つだけ質問だ…期限って何だ?」
以前レオナの口から洩れた期限という言葉…
俺はどうしてだかとても気になっていた。
「…………」
「レオナ?」
目を反らして答えようとしないレオナ。
「申し訳ありません…それにはお答えする事ができません…」
「はあ?…どうして?」
「…お嬢様に口止されておりますので……」
「…有紗に?…………」
眠っている有紗に視線を向ける。
静かに眠っている…
「…わかった…ありがとう…レオナ」
「申し訳ありません…」
「いいんだ…時間はある…有紗にゆっくり訊くさ…」
「……藤村様…」
それ以降、話は途切れ…静かに朝を待つ事になった。
俺はまともに寝ていないのに一睡もできなかった。
膝の上で眠る有紗を見ると、とても眠る気がしなかった…
その日の開店直後…
俺は倒れた…