表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/30

第十六話

お盆明け、営業再開初日の朝。



俺は彼女を待っている。

旅行の後、彼女には会っていない。

今日はちゃんと来てくれるだろうか…


そう思っていると店の扉が開いた。


「…おはよう…ございます…」


弱々しく店の扉が開き、伏し目気味の彼女が出勤してきた。


「おはよう!品川さん!」


相変わらず元気の無さそうな彼女が気になった、でも元気に挨拶してやる。


「は、はい、おはよう…ございます」


驚いて顔を上げた彼女だったが、すぐに目を反らされてしまう。


……本当にどうしたっていうんだろう…

…………


でも……

義人…由…


俺はやるぜ!


「ふははははははは!」


「ひぃ!」


あ…思わず声に出して笑ってしまった…

品川さん怯えてるよ…





午前11時、開店。


「ぃらっ…しゃぃ…ませぇ…」


どよ〜ん…


「う、うわぁ!どどどうしたんですか?」


元気が無いどころか、四谷怪談ばりに怖い品川さん…

お客がビビるからやめてくれ。


「品川さん、大丈夫?俺が配膳やるから奥で休んでてもいいよ?」


「…大丈夫です…ごめんなさいごめんなさいごめんなさぃ…」


ふらふらと注文を訊きに行く彼女…

うわぁ…重症だよ…


「…品川さん…」


…俺が元気付けてあげないと…

旅行2日目の午後…あの時の彼女に何も言ってあげられなかったから…


彼女の笑顔が見たい…

彼女の不安を取り除きたい…


最早、俺は使命めいたものを抱いていた。






午後3時、今日は平日、絶賛営業中。

混雑時を終え店は閑散としている。


彼女は先ほど食べ終えた団体客のテーブルを片付けている。

力無く食器を集め、テーブルを拭いていた…


もう見ていられない…


「品川さん?手伝うよ」


「…恭介さん…私がやりますので…」


目を合わせてくれない…

俺は構わず手伝う。


カチャカチャと食器を集める俺…

彼女は下を向いてテーブルを拭いている。


「あのさ…俺なんかがこんな事言っていいかわからないけどさ…」


昨日、義人と別れてからずっと考えていた…あの時何を言ってあげるべきだったか…



「品川さんの家がどんな家かわからないし、家の人がどんな人かもわからない…」


「……?」


ゆっくり顔を上げた品川さん…あの時見た瞳と違いその目は暗くくすんでいた。



「俺が何をすればいいかとか、何を言ってあげればいいかとか…わからない…」



彼女の顔は蒼白…元々白い肌は生気を失い、表情は絶望を思わせる様に悲しい色をしている。


「でも…俺は……」



寝ないで散々考えたが、行き着く答えは一つだった。


難しくなんて言えない…


一言だけ…



「…一人にしないから…」



彼女の瞳に光が挿した気がした。



「…恭介さん…」



やべ…止まんね…



「俺は品川さんが…好きだから…」



「…………」


しーん


あ…言っちゃった…


店内の少ないお客達が『うわ、やっちゃったよ、恭ちゃん』って顔してる。


品川さんを見ると、真っ直ぐに俺を見つめて固まっている…


??


「恭介さん!!」


俺に飛び付く彼女…


えっ?


「えっ?」


「不安でした…嫌われてしまったと……あの事は言わなければなりませんでした……でも…後悔して……不安で……不安でしたぁ…うぅ…」


「………品川さん…」


店内のみんなの視線がすごい気になったが、それどころではない…


「うぅ…恭介さん…恭介さん…」


泣いている彼女…

これでもかって位に俺に体を擦り寄せてくる…


「し、品川さん?」


この反応でわかる。

彼女も俺と同じ気持ちでいてくれていた。


嬉しい…すごい嬉しい…いろんな意味で嬉しい…


しかし…

しかしだよ品川さん!


店内のお客全員が口を開けて愕然としている。

厨房から出てきたお袋と親父もお客と同じ顔をしている。


どうすればいいんだ?

こんな時はどうすればいいんだ?


「こんにちは〜、恭介〜」


義人来店…後ろには由も居た。


「「あ」」


二人して絶句。


「義人…由」


罠に掛った野生動物の様な視線を送ってしまう俺…


「は…ははは…取り込んでるみたいだから、後にしようかな…ははは」


引きつった笑いで後退りする義人。


「うゎぁ〜ん…恭介のばかーーー!」


由は目に涙を溜めてスタコラッシュするし!


「待ぁ…待ぁってくれぇー!」


「恭介さん…恭介さん…」


すりすりしてくる品川さん…


「ふおおぉぅ!」


いろんな意味で俺が限界だった。






夕方の混雑時を終えた頃、俺は品川さんを送っている。


結局、あの後品川さんは小一時間離れなかった。

混雑時になっても注文を取ったり、配膳をこなした後は俺にべったりだった。

流石にお袋の激が飛んできて、まとめて追い出されてきたところだ。


信じられない事だが、かなり愛されてるみたいだ。


「恭介さん…」


今も初めて送った時の様に俺の左腕を抱え込んで超密着している。


「あ、あの…品川さん…俺は別に逃げないから…その…あんまり…近いっていうか…いや…嫌じゃないんだけど…俺…あんまり免疫無いっていうか…」


というより理性が持ちそうにない…


「いやです!」


「えっ?いや、あの…品川さん?」


「いやです…有紗とお呼び下さい…」


あ、そっち?


「う、うん…あ、あ、有紗…さん…」


き、緊張するぅ!


「有紗です」


「えっ?…有紗さん?」


「有紗です」


「……あ、ありさ…」


「はい、恭介様」


恍惚の表情で微笑み、また俺の左腕に体を埋める彼女…


な……なんか同じ様な問答があった気がする…

っていうか恭介様って…




という訳で俺と有紗は付き合う事になった。


俺は浮かれていた…



しかし……



夏休みが終わるまであと十日…


隣で微笑み掛けてくれる彼女…


執拗なまでの彼女の行動…



俺にすがった悲痛な訴えだった…




この時、彼女はすでに限界だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ