第十四話
…………
何だろう……
ふわふわする…
あと…いい匂い…
何をやってたんだっけ?
っていうか、ここはどこだ?
青空…?雲…?品川さん…?
「えっ?」
意識が覚醒する。
「おはようございます、恭介さん」
「お、おはよ…」
俺は寝ていた、目に映るのは青空とちょっとの雲……
視界の隅に品川さん…
頭の下に、やたらとやわっこい感触…
…………
「だあああああぁぁ!!」
がばっと体を起こす!
膝枕だ!膝枕だよ?品川さんが膝枕だよ!!
「ふわぁ!き、恭介さん?」
「ごごごごごめん!ひひひひひ膝枕ああぁぁ!!」
何だか、もう訳がわからない。
「恭介さん?どうしましたか?しっかりして下さい!」
完全に錯乱状態の俺を必死になだめてくれる彼女。
「本当にごめん!」
手を付いて謝る俺。
「――ですから、私が勝手にやった事なんです」
さっき川に飛込んで溺れた後…
陸に上がった俺は、品川さんとレオナにやたらと献身的に介抱された。
それで、気持ちよくてついうとうとと……
「って、あれ?みんなは?」
見回すと品川さん以外のみんなの姿が無い…
「みなさんには戻って頂きました。恭介さん…気持ち良さそうでしたので…」
着替えのズボンから携帯を引っこ抜いて、時間を見る、
午後1時…
「あぅ…ごめん…」
もう謝るしかない…
「い、いいんです…私が無理に残っただけですから…」
俺の為?…に決まってるよな…
「レオナ…よく反対しなかったね?」
「しました……でも…桂さんが…無理矢理連れて行ってしまいました…」
……由…
「…そう…か……」
「…はい……」
会話が止まった。
至る所から聞こえてくる蝉の声。
避暑地の高原、水際の木陰は涼しい。
彼女は少し視線を外して口を開かない…
俺は考えていた。
これはチャンスではないか…
由が作ってくれたチャンスに違いない…
わざわざ俺の為に残ってくれた彼女…
俺に好意を持ってくれているのか?
少なくとも嫌われてはいない…
それは間違い無い…
綺麗な彼女…優しくて…ちょっとだけドジで…笑顔がかわいくて…ちょっと胸が大きくて…
………
あれっ……
他は?
俺は彼女の何処を好きになったんだ?
容姿?
店の客にも見せている笑顔?
同じ様に誰にでも振る舞う優しさ?
少し不安になった…
彼女を見てみる。
――目が合った。
澄んだ瞳に俺が映っている。
いや、理屈じゃないんだ…彼女と出逢ってからの、数週間…かけがえの無い物である事は確かだ…
告白…告白するぞ…
口の中に溜った唾を飲み込む。
「……恭介さん…私の話を訊いて頂けますか?」
「――あの…えっ?」
「私の話を…訊いて下さい…」
言葉を繰り返す。
「う、うん…」
彼女の真摯な瞳と態度にのまれてしまう…
「ありがとうございます…」
うつ向き、体をこわばらせる彼女…
言葉を選んでいるのだろうか…
俺はうろたえたまま、彼女を凝視してしまう…
そして…
懺悔…
彼女の行動にそう連想してしまう。
「……恭介さんも、もうご存知だと思いますが………私は……財閥令嬢です。品川グループ総帥…品川光一郎の…一人娘です」
驚いた。
金持ちの娘とは思っていたが、想像以上のスケールの大きさの様だ。
「品川グループは私達の住む町…久住市を担う大型の企業集合体の一つです…そう…国内でも有数の財閥の一つです…」
「……………」
彼女が何を言いたいのか、わからなかった…
でも自分の家の豊かさをひけらかしている訳では無いと思う…
彼女は今にも泣きそうな顔をしているから…
「その娘である私は籠の鳥でした…」
「…籠の鳥?」
「はい…一人娘として両親の期待を背負った私は、屋敷で…学校でとこれ以上無い程の教育を受けてきました…」
どこか遠い目をした彼女は、自分自身を嘲笑うかの様に薄く笑っている。
「学校に行くと誰もが私に挨拶をしてくれます……ひれ伏しながら…クラスメイトも…先生でさえも…」
「…………」
水際の木陰といっても夏、暑い筈なのに、彼女の顔は青白かった。
でも淡々と話す彼女に気遣う隙は無い。
「彼方からは歩み寄ってはくれなかった…怖かった…何か別の生き物を見る様な目が怖かった……」
がたがたと奮える彼女…普通じゃない。
「ちょっと!大丈夫かよ!」
「……?」
俺が声を掛けると、ぴたりと奮えが止まる。
首を傾げて俺を見つめる彼女…
「……続き…訊いて頂けますか?」
「う、うん…」
少し…怖かった…
「屋敷でも同じでした…何人居るのかわからない使用人…誰も彼も…人形の様…レオナでさえも…怖かった………ふふ…」
ついには、声に出して笑いだす彼女…
目は虚ろ…虚空を捉えた彼女の視線が痛々しい。
「そしてお父様…優しかったお父様は変わってしまった…あの人を表現するなら……品川家の娘がこの様な言葉を使う事は許されないのですが…他に言葉が見つかりません……あの人は…金の亡者……うぅ……」
泣き出してしまう彼女…
わからない…
どうして彼女は俺にこんな話をしたのか…
「…うぅ…ごめんなさい…ごめんなさい…」
???
「い、いや、品川さんは悪くないでしょ?謝らないでよ」
「…籠の鳥の私には…何も…うぅ…ごめんなさい…ごめんなさい…」
謝り続ける彼女…
小さくなって奮える彼女は痛々しくて見ていられなかった…
うだる様な暑さの夏…
照り付ける太陽を背中に受けた俺は…
泣き続ける彼女に何もしてあげられなかった…
彼女の見せた涙の理由も…
彼女の心の深淵に広がる、もっと暗い悲しみも…
理解してあげられなかったんだ……