第十三話
目覚めは最悪だった。
あの後、由を部屋まで送って、自分の部屋に戻って来た。
しかし、強い罪悪感からほとんど眠れなかった。
眠れなかった俺は、由の事を考えていた。
明け方に少し眠れたが、すぐに目を覚ましてしまった…
気分は最悪…さっきと同じ様に思考を廻らす事にする。
生まれた時から隣に住んでた由、仲良くなったのは幼稚園から…もうずっと昔だ。
由には母親が居なかった。
加えて父親は料理の出来ない無器用だった、だから父子揃って隣家であるウチの店に来る様になった。
俺はいつも店に居た。
小さくて、まだ手伝いなんて出来なかったけど、店が俺の遊び場だった。
だから、いつも来る同年代の由とは、すぐに仲良くなった。
由は女の子だったけど、義人より先に仲良くなった。
いつも父親に手を引かれて、店に来ていた小さな由。
ごめんな…ガキは俺だったよ…
時計を見ると、7時。
同じ思考を廻らせば、眠くなれるかと思ったが、鬱になるばかりで眠くなってはくれなかった。
「はあ…」
嘆息…
目を閉じる…
ああ…そういえば朝食を作らないと…
……………
ドスン!
「げっふーー」
痛ってーー!!
腹部に激痛、目を開ける。
「起きろー!朝ご飯にしようよー!」
由が乗ってた。
「…ゆ…由」
やたらとハイテンションな由にたじろんでしまう。
「レオナがね、今日の午前中は掃除無しだって!みんなで川に泳ぎに行こうって!だから早くご飯にしようよ〜」
ぐいぐい俺を引っ張る由、為すがままの俺。
どうなってんだよ……
由……
ジリジリと肌を焼く陽光、8月も半ばの太陽は凄まじい威力だ。
これで暦の上では秋だってんだから、納得いかない。
朝食を済ませた俺達5人は泳げる川があるという所に向かっていた。
今日も快晴、太陽も蝉も、何だかヤケクソの様に自己主張している。
そして由だ。
いつも通り…いや、いつもより、やたらとテンションが高い。
今も困った顔のレオナの手を引いて、先頭を楽しそうに歩いている。
どうやっても昨日の由とはだぶらない…
夢でも見てたのか?
いや、そんな筈ない…
ふと、頭上から降り注ぐ陽光がやわらぐ…
?
「あの…恭介さん…」
「えっ?」
振り返ると、品川さんが泣きそうな顔をしていた。
手に持った日傘を俺の頭上に構えてくれている。
「な、どうしたの?」
「いえ、私ではなく、恭介さん、少し調子が悪そうですけど……大丈夫ですか?」
どうやら俺を心配しての表情だったらしい。
「いや…大丈夫、大丈夫、ちょっと眠れなかっただけだからさ」
「そう…ですか…お布団が合いませんでしたか?」
本気で心配してくれている。
その純真で綺麗な瞳を見ているだけで、疲れがほぐれていく気がする。
俺だけに向けている、その表情が堪らなく、いとおしい…
やっぱり俺はこの人の事が好きみたいだ。
「大丈夫だって!多分わくわくしすぎて寝れなかったってやつだから」
「えっ……ああ、ふふふ、そうなんですか?」
俺からのやんわりとした流しは、攻撃力299のクリティカルな笑顔で反ってきた。
赤面してうつ向いてしまった俺は、何も喋れなくなってしまった。
微笑む品川さん。
少し離れた所から、由の楽しそうな笑い声が聞こえる。
「あはははははははは」
浮き輪に収まった由を高速で引っ張ってる義人。
水泳部だけあって、何だか無駄にすごい。
昨日、品川さんと行った小川の上流には、四方を岩場で囲んだ広く浅い天然のプールがあった。
由と義人は到着するなり飛込んで行った。
俺は一応持ってきた水着を装着しているが、岩場に腰掛けて由と義人を眺めていた。
「恭介さんは泳がないのですか?」
後ろからの声、振り返ると木陰に優雅に座る品川嬢が微笑んでいた。
隣にはこのクソ暑い中、メイド服のままのレオナが涼しい顔で立っている。
「ああ、今行くとこ。品川さんは?」
彼女も水着は来ていない。
いつもの様に白いワンピース姿だったが、念の為訊いてみる。
正直、非常に残念だったのは内緒だ。
「私は…その…泳げないですし…みなさんを見ているだけで楽しいですから」
「ほぅ…それはそれは……レオナは?」
「人間は浮く様には出来ていません!」
不機嫌そうに言うレオナ…どうやらレオナも泳げないらしい…
「恭介さんは泳げるんですか?」
「ふっ、小さい時には久住ヶ丘の河童と呼ばれたこの俺を……水泳部に入る前の義人に泳ぎを教えたのは俺だよ?」
俺は運動神経に自信がある、今でこそ敵わないが、ちょっと前までは水泳部の義人といい勝負くらいだった。
「では、お披露目と行こうかね…レディ達…」
二人の視線を感じながら、水面に向き直る。
「はあ!!」
ドボーン
……………
……………
「痛ったーーー!」
足が攣った!
やばいやばいやばい!
ざぶざぶと溺れる久住ヶ丘の河童。
「恭介さん!」
「ふ、藤村様!」
二人の慌てふためく声が聞こえる。
「恭介ーーー!!」
水泳部義人の声も聞こえる、バシャバシャと泳いで駆け付けてくれる。
やばい……死ぬ……
あ
足付くし…
ざぶっと立ち上がる。
「恭介!大丈夫かい?」
義人が俺にギュウッとしがみつく。
「何だよ、キモいな…」
ぴしっと凍りつく義人。
「恭介〜、大丈夫?」
浮き輪に収まったままの由もバシャバシャと駆け付けてくれる。
「ああ、足付くし大丈夫だ」
「ここは僕の見せ場じゃなかったのか…ここは僕の見せ場じゃなかったのか…ここは僕の―」
何やらぶつぶつ言ってる義人は無視して、由の浮き輪にしがみつく。
「体操しないで飛込むからだよ、バカだね〜」
普段と変わらない由に嬉しくなってしまう。
「お前だってそうだろが、その浮き輪貸してくれよ、足の痺れが取れるまででいいから」
陸に上がって休めばいいのだが、由と遊びたかった、由を楽しませたかった。
「やだよ〜、一回上がって休憩しなよ〜」
「何だよ…由らしくないな、そんな事言うなよ」
いつもなら休憩なんか許されないはずだ。
「いいから、今は上がって休んで?………ほら、待ってるよ?」
「えっ?」
由の即す方を見ると、品川さんとレオナがおたおたと右往左往していた。
「チャンス!」
ぐいっと親指を立てる由。
「……由…」
いつも通りの明るい由に戻ってくれたと思っていた。
違う。
俺より大人なだけ…
由がどこか遠い所に行ってしまった気がした。
寂しかった…
でも…
ありがとう…由…