第十一話
午後。
ある程度、日が落ちるまで自由行動になった。
由は別荘内を探検。
義人はその由に引きずられて行った。
レオナは清掃作業に戻った。
品川さんはダイニングに残っている。
俺は…
もちろん彼女のところに居る…
由にも誘われたが、義人に押し付けてやった。
「よくここには来るの?」
「えっ…あ、はい……中学生までは毎年来ていました」
ダイニングルームの窓から外を眺めていた彼女が、わざわざ向き直って答えてくれる。
「すごいよな、こんな城みたいな別荘、それに専属のメイドだもんな」
「……は…い…」
えっ?
哀しそうにうつ向いてしまった。
「ど、どうしたの?」
「……………ごめんなさい、何でもないです、恭介さん、午後はどうしましょうか?」
数秒の沈黙の後、普段よりも明るい表情で顔を上げて言う。
「―――っと…そうだね、掃除を手伝ってもいいし……外を散策とか面白そうだ…」
その明るい表情に引き込まれたのか、少し言葉を飲んでしまう。
「散策…ですか?それは楽しそうですね……あの……よろしければ…私もご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、もちろん!」
照れ隠しに適当に言った事だったが意外にも彼女は乗ってくれた。
「おお…」
一度別れて、外を歩く準備をしてから、玄関ホールに集合になった。
遅れて来た彼女を見て唸ってしまう。
白いワンピースに白いサンダル…白い日傘…加えて白い帽子…
彼女以外の人が着たら嫌味にしか見えないだろう。
「白い服…好きだよね?」
綺麗過ぎて、直視できない俺は明後日を向きながら問いかける。
痒くもない頬を掻いたりしてるし。
「……はい、好きです…持っている服の9割が白です」
はい、清楚日本代表決定!
二人で小川があるという所を目指して歩く。
午後の日差しは凄まじく、照り返す熱も強い…
……はずなのに、二人で歩く林道には、優しい木漏れ日が降り注ぐだけだった。
そんな中を歩く彼女は、綺麗というか…最早神々しいくらいである。
「ねぇ、恭介さん?」
彼女が前を向いたまま俺に問いかける。
「何?」
「さっきはありがとうございました」
??
「えっ?何のお礼?」
「昼食の時、レオナさんを食事に加えてくれましたよね?」
「うん、いや、あれは当然だろ?」
「…………私…夢だったんです…」
「夢?」
「レオナさんは私が中学校に上がった時から一緒でした…私付きという事で……いつもいつも一緒に居てくれました……」
「へぇー、付き合い長いな、姉みたいな感じか?」
「……はは…そうですね……でも……私は………」
「………?」
話が途切れる。
「……あ…いえ…何でもありません…ほら、見えてきましたよ?」
「えっ?」
話を中断して、前を指さす彼女。
俺の少し先を歩いていた彼女に追い付かんと歩を進める。
「おお、すげぇ!」
眼前には、陽光を受け光輝く清流が拡がっていた。
「別荘にはしばらく振りですが、ここには来たかったんです…」
どうやら、ここは彼女のお気に入りの場所らしい。
先ほどまで沈んでいた彼女の声も、元に戻っていた。
確かに、さらさらと流れる綺麗な水を眺めているだけで、癒される気がする。
陽光を優しく遮ってくれる木々達の匂いも芳しい…
「あはは、冷たいですよ、恭介さん」
小川にしゃがみこんで、ぱしゃぱしゃと水をしぶき上げる彼女…
俺は笑顔で語り掛ける彼女に、精一杯の作り笑いを返すだけだった。
さっきの話を訊いたからか…?
夢?
でも……私は……
さっきの彼女の言葉の続き…
一人なんです…
そう続いていた様な気がする……
夢……レオナと食事をとる事…
俺の想像に過ぎないが、彼女の憂いを含んだ笑顔を見ていると、あながち間違いでは無い気がする…
そうだとしたら、細やかすぎる…
好きな人の笑顔を見ているはずなのに…
俺の胸は痛いくらいに締め付けられた。
太陽はまだ高く、夕方には少し早い時間に別荘に戻って来た。
戻って来た途端…
「どこに行ってやがった!掃除はとっくに始まってンだよ!サボり恭介!エロ恭介!」
玄関ホールに入った瞬間、由にモップの柄でこ突かれる。
「痛!痛!痛ってぇよ!っていうかエロ恭介って何だよ?」
「有紗さん連れ出して何やってた!このエロ介!」
バシバシとこ突きながら逃げる俺を追い回す由。
「エ、エロ介?何もしてねぇよ!散歩してただけだって!っつーか痛い!」
「桂さん、やめてください!本当に散歩してただけなんです!」
「有紗さん、気を付けてね!恭介はむっつりスケベだかんね!」
「むっつりすけべですか?」
くはぁ…由のヤツ、何て事言ってやがる…
「ばっ―由!何を根拠にそんな馬鹿な事を!」
「うるせー!このエロ本収集オタクめぇ!しかも巨乳物ばっかり!きーーーー」
バシッバシッ
「テメェ痛!どうして痛い!それを本当に痛い!っつーか論点ずれてるやめてー!」
ようやく収まった由、騒ぎに駆け付けた義人とレオナ。
「まぁ、健全な男子であれば、そういった物に興味を持つのは普通でしょう」
レオナが真顔で品川さんに講じている。
「は、はい、それは知ってます…」
恥ずかしい…ちょっと遅れただけなのに、どうしてこんな目に…
「安心して恭介?僕も巨乳は好き―ふごっ」
落ち込んだ俺を慰めようとした義人の腹ににモップの柄が炸裂した。