第十話
午前9時、早朝の内に出発していた俺達は午前の早い時間に到着する事が出来た。
車を降りて、そびえ立つ別荘を見上げると呆然としてしまう。
「でかい…一泊二日で終わるのか?」
「年に3回の清掃を徹底しているので、それほど大掛かりな清掃は必要としません。しっかり予定を組んでこなせば十分完遂も可能でしょう」
「ねぇねぇ、ちゃんと遊べる時間はあるの?」
「ご安心下さい、予定通りにいけば大丈夫です、空き時間は十分にご用意させて頂いております。品川家の有する保養施設としていくつかの娯楽もご用意出来ると思います」
淡々と講じてくれるレオナ、人懐っこい由に迫られても動じないのは流石プロか…
「とりあえず中に入りましょう?」
門の前でウダウダやっている俺達を品川さんが即す、ごもっとも。
「き、恭介…」
「ん、義人?」
振り向くと、蒼白でこの世の終わりの様な顔をした義人がハアハアしていた。
「な、何?」
「ハアハア…僕…もう駄目だよ…うう…おんぶ…おんぶしてよ…恭介…」
いつも冷静で頼りになる真面目1号義人…
どうやら車酔いしたらしい…
「さ、さっきからおとなしいと思ったら…」
仕方なく義人を背負う俺、それを指さして大爆笑する由…
心配そうにしている品川さん、真顔のレオナ…
「はあ…」
いろんな意味のため息を洩らしながら門をくぐった。
「早速ですが、分担を申し上げます。私と藤村様は台所の清掃及び昼食の準備、土屋様と桂様はリビングとダイニングの清掃をお願い致します。」
まず俺達は、リビングで今後の予定を訊いていた。
予めレオナが決めてくれていたらしい。
「品川さんは?」
レオナが挙げた名前に彼女の名前が無かったので訊いてみる。
「お嬢様は二階のテラスにて、紅茶など召し上がって頂きます」
「は?」
「ひゃあぁ、レオナさん!私にもお掃除をお手伝いさせて下さいよぉ」
遮光器土偶の様な顔になった俺達を遮る様にあたふたと言う。
「お嬢様にその様な事をして頂く訳にはいきません」
…………
最早、俺達の中では品川さんの普段の生活は、セレブというより何やら得体の知れないものになっていた…
「素晴らしいです……藤村様」
「い、いや…俺も和食か店のメニューにある物しか作れないよ」
結局、料理が出来る俺とレオナは台所担当固定のままだった。
掃除も終わり料理に取り掛かると、レオナに絶賛されまくってしまった。
ちなみに品川さんは義人達を手伝う事になったらしい…
「料理の腕ももちろんですが、手際の良さは最早神業…私、洋食は問題無いのですが…和食は手間が多くミスの許されない作業が大半…尊敬します藤村様」
「い、いやあ…レオナも流石だよぅ」
照れる、そりゃ照れる。
レオナ持ち上げ過ぎ!
しかし隣に銀髪のメイド…しかもハーフ?…二十歳くらいに見えるけど…年齢不詳だし…
うーむ…あり得ない状況だ。
「…という訳で藤村様のお手並みを見せて頂きながら作りましたので、昼食は藤村様お得意の和食…お米に合わせた物中心になりました」
アンティーク家具で統一された、広大なダイニングルームで昼食となった。
とにかく広いこのダイニングルーム、とりあえず学校の教室よりはずっと広い…
その中央に設置されたクソでかいアンティークテーブルに並ぶ俺製の昼食…
………すごい合ってない…
茶碗などの食器が普通にあったのが不思議だ。
「何だよ〜、いつもと変わんないじゃ〜ん」
「うるさいな、仕方ないだろう」
いつも由達に食わしている物とほとんど変わらないので、由がぶーたらゴネる…
「私、羨ましいです…」
品川さんがちょっと寂しそうに呟く。
「同感です、お嬢様、藤村様の台所での立ち回りは、称賛に値する素晴らしい絶技でした」
「僕も恭介のご飯は大好きだよ」
由以外に誉めちぎられる…うわ…ちょっと感動しそう。
「…とにかく、冷めないうちに食べてーな?な?な?」
くすぐったくて、みんなを即す。
「って、あれっ?レオナの分が無いじゃん」
いざ、いただきますの号令を掛けようとして、食卓に並ぶ料理が一つ足りないのに気付く。
レオナの分だ。
レオナはなぜか立っていて、彼女の分の昼食は用意されていない。
「えっ?俺ちゃんと人数分作ったぞ」
ちなみに作ったのは俺をメインに二人でだが、配膳はレオナがやった。
「いえ、私は後程いただきます」
「何で?」
「私の様な端女が、お嬢様やお客様と食事を共にする訳にはいきません」
はあ?何だよハシタメって…(召し使いの女って意味)
「駄目駄目、却下却下、何だか知らないけどご飯はみんなで食うの!俺の作った物を冷まさすなんて許さんぞ?レオナ」
「い、いえ…しかし…」
「待ってろ、今よそってきてやる」
ダイニングルームを出て、いつも店でやってる様に、ダッシュで台所とダイニングルームを往復する。
「はい、お待ちどうさん」
「…藤村様、私は有紗お嬢様に仕える身です…どうかご容赦を…」
さっきまでの、毅然とした態度は消え去り、俺と品川さんを交互に見ながらうろたえている。
「レオナさん、私からもお願いします、一緒に食事をとって下さい」
「早く食べようよ〜」
「レオナさん、僕も恭介の言う通りだと思うよ」
「…………」
諦めたのか、しずしずと席に着くレオナ。
「よし、いただきます」
ようやく昼食を食べ始める。
みんな黙って箸を動かす。
レオナは明らかに遠慮しているが、品川さんを気遣いながらどうにか食べてくれている。由と義人も慣れない場所だからか、黙って食べている。
品川さん…すごく嬉しそうな顔で食べてくれている、俺の料理を気に入ってくれたのだろうか?
昼食後、俺に料理長のポストが与えられた…
レオナは私がやりますと言っていたが、品川さんの熱い推薦から、デモクラシーにより俺に決議した。
結局、盆休みだがいつもの食堂の手伝いの延長になった様な気がする。
正直げんなりしたが、彼女の綻んだ顔をみたら、悪くないと思った。