ふるさと
ふるさとへ帰ってきた。
此処は東北の谷間町。日暮は早く、朝日は遅い。闇は深く、彩りは妖しい程に鮮やかである。
【ふるさと】
私が帰るとふるさとは丁度紅葉の頃であった。紅くもえた山々は妖しいほどに鮮やかで、その腹から薄い霞を立ち上がらせている。その霞を眺めていると、口の中に土の薫りが広がった。枯れた木の葉のような、乾燥して芳ばしいそれは、きっとあの楓の薫りなのだろう。ただ理由もなく、私はそう感じたのだ。
何をしに帰ったわけでもない。なんとなしに戻ったふるさとであったが、その景色は優しかった。
私の狂いかけた思考をそのまま受け止め、優しく笑っている。私は妄想の中で殺めてきた人たちの幻影を、ふと忘れることができた。それは望ましく、また、狂おしい想いに駆られることでもあった。昔、私を狂わせたのは、このふるさとであるのに、私はここに癒されている。不思議なことだ。これは産道と似ている。産まれゆく私の頭を締め付け、酷く苦しめた産道は、今となっては厭らしく絡みつき、一時の快感と安らぎを与える。
穢らしい。そんな思考を繰り返していると、頭の奥が酷く響いてくる。秋の山は、女に似ているのだ。優しくて、穢らしい。
風が少しばかり冷たくて、上着の襟を立てる。息は白くならないが、もうそこまで冬は来ているようだった。ひと月もすれば、あたり一面雪に覆われるだろう。
冷えた空気に乗って、どこかの民家から赤子の泣く声が伝わってくる。産毛だった桃肌に守られたその甘く柔らかい血潮を想うと、唾液が溢れた。何処にいようと、何をしようと、本質は変わらない。このふるさとが、季節を移ろうとも、年月を経ようとも、いつまでも変わらぬように、私の本質も変わらないのだ。いつだって。
いつの間にか、夕暮れ時になっていた。赤々とした日差しが、山の斜面を一層染め上げている。山並みに沈む太陽に伴って、端の方から闇がやってきた。妖しいほど鮮やかな紅葉が、徐々に闇へ飲まれていく。闇が、呑み込んでいく。
それがじんわりと私の心に入ってきて、いつの間にか泣いてしまっていた。産声にはしてはあまりに静かな、泣き声であった。