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後編


本当に来るのか怪しかったが、もし待ちぼうけにでもしてしまったらと思うと気も引けて、正直に待ち合わせに向かっている自分がいた。

この時の私は、男の子とデートする高揚感なんて皆無で。

ただ、あの意味不明な男と今日一日をどう過ごせばいいのだろう、なんて不安感しかなかった。

待ち合わせ場所に先に到着したのは私で、彼ではなかった。

私が到着したちょうど十分後に、「いい天気だね」なんて言いながらやってくる。

これは最初のデートから、最後まで変わることはなかった。

水族館に着いても、お互いに意味のある会話は生まれなかった。

彼がどうでもいいことを呟いて、私がうなずく。

私から話しかけることはあったが、大抵興味なさそうに流されたため、私はすぐに会話を楽しむことは諦めた。

はたから見れば、ただ黙々と魚を眺めるカップル。

異様な男女かもしれないが、それは当事者である私ですら同様に感じていたので、仕方ないことだと思った。

普通なら、こうゆう機会に色々な話をして、友達になるんだろうな、と考えていた。

友達になることも、彼を知ることも、水族館の半分を回りきるころには諦めていて。

明日のバイトは誰と一緒だったけ、なんて、彼のことですらない、くだらないことを考えていた、そんなとき。

「俺は君のことが気になっているんだと思う」

と、まるで何でもない風に彼は呟いた。

それはいつもの「今日の学食カレーは甘口だよ」とどうでもいいことを呟くときの口調と同じで。

思わず「そうなんだ」とうなずいた。

そんな私を見て彼は

「本当に君は面白い」

と、やはり興味がなさそうに私を見て、呟いた。


なぜ、あの時の私が彼と一緒にいることを選んだのか。

それは私にもわからない。

ちょうどその頃、付き合っている人もいなかったし、恋すらしていなかった。

それが理由なのかはわからないが、デートをしてもろくに会話が成り立たない、私に興味があるとは到底思えない男と。

私は付き合うことに決めた。


私たちが一緒にいるときは、大抵会話がない。

彼が本を読み、私は昼寝をしている。

そんな風に、同じ空間で、いつも別のことをして過ごしていた。

普通のカップルみたいに愛をささやきあうこともしなければ、毎日連絡を取り合うこともしない。

私はなんとなく気が向いた時に彼の大学のアドレスにメールを送り、彼は気が向いた時に返信をした。

呼吸が合うのか、行動が似ているのか、学校内で会うことは多々あった。

偶然にお互いを見つけ、さらに偶然にお互い予定がない放課後に、私たちは一緒にいる。

それが私たちの付き合い方だった。


「バイトの子が無断欠勤してさ」

たまに私が愚痴を言うと、彼はちらりと私を見て、読みかけの本に目を戻す。

「大変だったのよ」

それでも続けると、なにも答えず、背中を私にすりよせてくる。

それが彼なりの慰めであり、愛情表現だと思っていた。

それで十分だった。

私は彼がいなくては生きてはいけないと思うほど、彼を愛してはいなかったし。

私自身、彼の興味を欲してはいなかった。

お互いの体温を求めるでもなく、お互いの情報を共有するでもなく。

同じ時間を共有するなにかが、欲しかっただけなのかもしれない。


そんな関係が壊れたのは、私が彼との関係に疑問を持ってからだった。

まわりの友人は、彼氏ができた、キスをした、喧嘩をした、と全力で恋をしている人間が多かった。

私たちにはどれもないもので。

では、これは恋ではないのだろうか、と。

私の疑問は焦りに変わり、いつしか無理にでもまわりと同じ『恋』をしようとした。

「今日のご飯はなんだった?私はミネストローネを作ったよ。」

と、どうでもいいことを何度も問いかけ、そして返事がないことにいつも落ち込んだ。

一緒にいるときは常に寄り添い、話しかけ、知ろうとした。

「ねぇ、昨日はなにをしていたの?どうして返事をくれなかったの?」

知ろうとする言葉は、いつしか彼を責めたてる言葉と変わっていった。

そしてそれと並行して、彼と一緒にいる時間は減っていった。

もともと連絡も取り合わない二人。

終わりの時間が近づいているのだと、気づくのにそうかからなかった。


お互いがそれぞれのことに忙しく、会わずに一か月が過ぎた頃。

珍しく彼からメールが来た。

『もう別れようか』

彼らしい一言。

私は、わかっていたはずなのに涙が出た。

忙しいと言っていた彼を疑っていたわけではない。

けど、私のことを煩わしく感じているのは確かだった。

だから、どうでも良いことを理由に私と会うのを拒んだ。

私は、どう接すればいいのかわからなかった。

忙しいから、と彼に連絡しない自分に何度も何度も言い聞かせた。

大粒の涙をこぼしながら泣きじゃくり、大声で意味のない言葉を叫びながら

『ああ、私は彼のことが好きだったんだ』

と、思った。

そして、どうすれば彼とこんな終わり方をせずにすんだのだろう、私はなにをすればよかったのだろう、と。

答えの出ない疑問にわんわん泣いた。

たくさんたくさん泣いて。

ご飯も食べず、ただただ泣いて。

丸二日経ち、枯れない涙に関心すら覚えた頃。

『彼は、彼に興味がない私が好きだったのだ』

と、ぽっかり空いた心にひとつの答えが落ちてきた。

そう考えると、自分が彼と一緒にいるためには、私が彼を好きになってはいけなかったと。

でもそれなら、そのうち私は普通の女の子みたいにもっとキラキラした恋に憧れて、彼との別れを選んで他の人に恋しただろうと。

結局、彼と一緒にいるための方法などなかったのだ。

欲しかった答えは、どこにもなかったのだ。

あの時彼が言った、コップの話を思い出した。

抱えるには限界がある大切なもの。

きっと私達は、お互いのコップの一番上に浮いていたのかもしれない。

ぷかぷかと、落ちてしまわぬように、バランスをとって。

けど、バランスをくずしたのは私。

彼のコップの底からあふれてくる大切なものを受け流せず、流れに飲み込まれ、こぼれ落ちてしまったのだ。

こぼれ落ちた水は、もうコップには戻れない。

コップは、こぼれ落ちた水には興味はない。


好きになって終わる恋と、興味がなくなって終わる恋。

いったいどちらが寂しいのだろうと、それこそ答えがない疑問にぼーっと心をゆだねた。

もし

彼と私が逆の立場だったなら。

彼も泣いてくれたのだろうか。

薄暗い部屋の隅でじぃっと涙をこらえる彼を想像し、それがあまりにも似合わなくて、少し笑えた。

よかったじゃないか、それが私で。

私なら、大声でわめくこともできるし、友達に愚痴と共に泣きつくこともできる。

彼ならプライドを傷つけられたと、私を避けるかもしれないが。

私なら、癒えない傷を隠して彼の前に立つこともできるのだ。

そうだ。

今度会ったら、何食わぬ顔で声をかけよう。

まるであのゼミ塔で、彼が私に話しかけたように。



「ねぇ、桜が綺麗だよ」



大好きな君に、この気持ちがばれないように。


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