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 それから少女には城での生活が待っておりました。


 そこでの生活は、今までのような意地悪もなく、意外にも心安らかで穏やかな日々でした。

 

 それもその筈です、少女は王が目をかけた人物なのですから、真珠の涙を欲するがために意地悪をしようなど、王の怒りを考えたらとても出来ないことなのでした。


 平和に流れ行く時、普通の人が送る普通の生活を、真珠の涙を流したあの日から、漸く少女は味わうことができたのでした。それは少女にとって、幸せという言葉で括ることのできるものでした。


 過酷な日々から解放されて、漸く少女は幸せを噛み締めることができたのであります。

 

 そして少しでもこの恩に答えようと、服を揃え、部屋を整え、花を活け、甲斐甲斐しく少女は王のお世話を致しました。

 

 王もそんな少女を快い気持ちで見ておりました。ですが、王が少女に求めていたものは、そのような甲斐甲斐しさではありませんでした。王が求めていたものは、やはり白く光り輝く真珠の涙なのでした。悲しいことですが、これは事実なのです。

 

 ただ一つ、王は今までの人間と違うところがありました。


 それは、今までの人間は少女の流す真珠に興味を惹かれておりましたが、王は真珠も他の宝石も腐るほど持っていたのでしたから、少女の流す真珠にではなく、真珠の涙を流す少女自身に興味を惹かれていたということでありました。真珠自身ではなく、目の前に繰り広げられる神秘の光景を欲したのであります。

 

 真珠が流れるあの素晴らしい瞬間を、もう一度見ることはできないかと、否、あの美しい真珠が、一粒でなく、幾粒も幾粒も流れる光景を見ることはできないかと、王は思案しておりました。 

 

 あれほど鞭打っても流したのはたった一つの涙だけだったのですから、いたずらに少女をいたぶっても、あまり効果がないことは証明ずみでした。

 

 王は考えあぐねたまま、とりあえず悲しい話を聞かせてみたり、涙がよく出るという噂の薬を使用してみたりと、もう既に使い古された手を用いてみましたが、固く涙を胸の内にしまい込んだ少女の目に、やはり涙が浮かぶことはありませんでした。

  

 他に効果的な方法はないものかと、王は更に頭をひねりました。そして王は人をやり、少女の身辺を調査させました。すると、少女にはとてもかわいがっている弟がいることが分かりました。両親が亡くなったとき、一緒に姉夫婦に引き取られ、少女が城にくるまで一緒に育った、ただ一人の弟でありました。

  

 王は思いました。少女が大切にしている弟を亡き者にしてしまえば、悲しみのあまりに泣き出すのではないかと。

 

 それはあまりに残酷な考え方でありました。ですが、誘惑は強力なもので、ポロポロと幾筋もの真珠の涙を流す少女を想像すると、王は興奮でゾクリと背筋が震え、それを抑えることができないのでありました。

 

 そしてある日、王は少女に言いました。おまえの弟は亡くなったと。火事で燃えている家の中に残っていた人を助けようとして、炎に巻かれて亡くなったのだと言ったのです。

 

 両親と共にあったときは喜びを、姉夫婦に引き取られてからは苦労や悲しみを、幼い頃からずっと二人で分かち合ってきた弟でした。真珠の涙に惑わされず、少女自身を見つめてくれた数少ない一人でもありましたから、悲しみはひとしおでございました。

 

 そして少女が再び会うことになった弟は、その顔もよく分からぬほど真っ黒く焼け焦げた、あまりに無残な亡骸でありました。

 

 少女はこのいたましい姿を悲しみ、巻かれたであろう炎の熱さを憎み、かつての日々を思って涙しました。久方に幾粒もの真珠の涙が、ぽろぽろぽろぽろとこぼれ落ちました。

 

 その姿はたとえようもなく美しく、王は魂を吸い取られたかのように、しばし見とれておりました。そして思いました。この策は、やったかいがあったものだ、と。

 

 皆さんは、このような王をどう思われますか? 非情ですか? 確かにそうです。ですが、非情と思われた王にも情はございました。

 

 実は、これは背格好の似た別人でした。流石に、少女の涙のために本当に弟を殺すのは人非人な行為と思われましたので、偶然火事でなくなった者を少女の弟と偽って目の前に差し出したのです。本当の弟は、お金を握らせて遠くの地へと追いやりました。

 

 ですが、少女はこれを弟と信じました。焼けただれて顔など全く分からなくなっている死体でしたが、少女はその話を信じました。

 

 それからというもの、少女は毎日泣いて暮らしました。大粒で良質な真珠が、少女の目から次々とこぼれ落ちていきました。それは、ベッドが真珠で埋め尽くされてしまうほどで、少女はその真珠に埋もれるように身を伏せながら毎日泣き続けました。

 

 少女が泣けば泣くほど、心地よい陶酔感に包まれて行ったのは王でした。

 

 この姿こそが自分の求めていたものだと、王は悦に入っておりました。

 

 その神秘を皆に披露したくてたまらず、王は諸公を呼び集めては、度々宴会を開きました。実家の身分が低いような侍女では、裏方以外で参加することも出来ない宴会でしたが、少女は別でした。

 

 王は少女を着飾らせ、その宴会に連れて行きました。そして吟遊詩人に美しい姉弟愛の歌や、不慮の事故で亡くなった悲しい少年の歌を、彼女に聴かせるよう歌わせるのです。するとその歌は、傷の癒えぬ少女の心に深く染み入り、堪え切れずその目から真珠の涙がこぼれ落ちるのでありました。会場にいた人々はその神秘的な光景に皆うっとりとし、ほう、と陶酔のため息が漏れるのでありました。

  

 王は得意になっておりました。

 

 このように皆を魅了させる少女が自分の手の中にあるのですから、どんな宝よりも得難いものだと得意になっておりました。

 


 

 ですが、こういった底の浅い謀は、いつか破綻をきたすものなのです。

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