一
そんな少女が初めて真珠の涙を流したのは、父と母を土砂崩れで亡くしたとき、丁度彼女が十歳の誕生日を迎えたばかりのことでありました。
葬式の場は、悲しみの場でありました。参列者たちのすすり泣く声や、天国の道へと誘う司祭の言葉を聞きながら、少女は両親の死の悲しみに必死に堪えておりました。
何故そんなに必死になって堪えていたかと申しますと、涙を流してしまえばきっと感情を抑えることが出来なくなり、自分は取り乱してしまうだろうと思ったからです。そんな姿を皆に見せてしまうのは、よくないことだと少女は思っていたのでした。
心の思うまま流されてしまえば少しは楽になれるのに、少女は両手をぎゅっと握り、意固地に涙を流すのを拒んでいました。ですが、この深い悲しみにいつまでも耐えることが出来る訳がありません、到頭我慢できず少女はほろりと一滴、白い涙を流しました。
はい、これが最初の一粒となる真珠の涙でございます。それから後はやはり、もう止めることは出来ず、堰を切ったよう悲しむ少女の眼から、ポロポロと真珠がこぼれ落ちていきました。
それにまず気付いたのは、少女ではなく、少女の隣にいた参列者でした。カツンカツンと音を立てて落ちていくモノに不思議に思って見やれば、少女の目から、涙とは違う白い粒が落ちていくではありませんか。足下に散らばるその美しい玉を拾ってみれば、それは真珠だったから見つけた人の驚きようといったらありませんでした。
周囲はざわめきました。そしてその驚きはすぐ全体に広まり、場内は騒然としました。
ざわめくそんな会場の中で、漸く少女は自分が注目されていることに気付きました。何がそんなに周りを騒がせるのかと、少女は自分の姿を改めて見遣りました。すると足元には大量の真珠の粒、そしてポツリポツリとそれが落ちてくる場所は……そうして少女は自分が真珠の涙を流していることに気付いたのであります。
ですが、なぜそんなことが起こるのか、少女にも周りの人にも全く検討がつきませんでした。ただ皆、その目から落ちてくる真珠の涙に驚くばかりでありました。
その後、親戚一同はまだ幼かったこの少女を誰が引き取るかでもめました。厄介を押し付けあったからではございません、皆が皆、自分が引き取ると言って譲らなかったからでございます。それは、親を亡くした少女を気遣っての事ではなく、ひとえに、彼女の流す真珠に欲が沸いていたからでありました。
そして結局はくじ引きで、少女の母親の、姉夫婦が彼女を引き取ることに決まったのであります。姉夫婦は大喜びでした。
暫く、少女は両親を失った悲しみのために、泣き暮らす日々を送っておりました。それは、度が過ぎればたしなめられようものでしたが、姉夫婦にとってはたとえようもなく喜ばしい事でありました。なぜなら、少女が泣けば泣くほど、高品質な真珠が沢山手に入るのでしたから。
ですから姉夫婦は、少女が泣き暮らすことを奨励し、それを煽るようなことさえしました。そして流した真珠はすべて横取りしておりましたから、そのお陰で、姉夫婦の懐は次第に肥えていったのであります。
ですが、時というものは、人にもよるのですが、流れれば心の傷を優しく癒してくれるものなのです。彼女の場合はそうでした。
やがて、泣き暮らした日々は去り、涙を零さずとも両親の死を受け止めることができるようになると、少女の表情は泣き顔から笑顔へと変わっていきました。
しかし姉夫婦にとって、少女の立ち直りは金脈の喪失でもありました。
姉夫婦は何とか少女を泣かせようと、あの手この手を尽くしました。
巧みな語り部がいると聞けば連れて来て悲しい話を語って聞かせ、それでも涙を流さなければ、両親の思い出話を持ち出し、またあるときなどは涙がよく出るというあやしげな薬まで使用して、少女の涙を引き出そうとしました。
やがて話のネタも尽き、少女も悲しい話に慣れて涙を流さなくなると、今度は意地悪をするようになりました。
ある時は、少女が大切にしていた母親の形見の服が破かれたり、櫛が折られたりなどしておりました。それにさめざめと少女が涙すれば、これしめたりと味をしめて何度か行うのでしたが、形見は数に限りがございます、壊す物が無くなってしまえばそれまででした。
ならばと更に考えた姉夫婦は、意地悪を更にエスカレートさせることで涙を得ようとしました。子供にはきつすぎる労働を休み無く課し、罵声を浴びせ掛け、食事もろくに与えず……酷いときには折檻さえ行いました。やはり涙を流すまで叩き続けるのです。
少女が憎くてやっている訳ではございません、ただ、真珠にしか目がなかっただけのことでございます。そうやって何とか真珠を得ようと姉夫婦たちは躍起になっておりましたが、無理やり流させた真珠の涙は、その形もどこか歪で商品になりませんでした。